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AI  作者: もふもふ
2/12

分散


 人工知能の導入によって、変わったことと変わらなかったことがある。

 

 それはアリの世界と変わらないヒエラルキー。働きアリとサボりアリの共存、普遍的な相対性。

 

 人工知能はその相対性は維持しつつ、常に管理をすることが人類生存に欠かせないと判断し、それを反映させてきた。

 

 現に昨日のニュースの捉え方は人によって異なり、場所によって異なる。

 

 「なんだよ。働く意味ねぇじゃんよ! 」

 

 「好きなことだけやってりゃ、生きていけることを保証してくれるのか!」

 

 「休みだ、一生休みだ!」

 

 「しかし休みといっても、働く時間、拘束される時間があってこそ成り立つものだぞ」

 

 主に東の方では、賛否両論だ。

 

 「もともと腐ってたんだ。世の中。これがあるべき姿だ」

 

 「関係ないね」

 

 驚くべきことに、AIは関西の一部に家なき人々の生活の場を残していた。そこでは、こういった賛成か無関心が目立った。

 

 「はてさて、どうなっていくんだ時代は」

 

 「そうは言っても、働かねばねぇ」

 

 「そろそろ小麦の時期やけんね」

 

 AIは九州や北海道に残した、昔ながらに生活できる場所も残している。

 

 そこでは、憂いと、変わらない生活の心配の声が聞かれた。中心の影響の出にくささえ、維持されている。

 

 「来るべくして来たに過ぎない」

 

 政府与党は楽観的だった。

 

 「それぞれがそれぞれらしくあれるよう、AIは常に我々を導いてきた。便利さも豊かさも。長い年月をかけて、金という概念そのものを取り払う為に、人々がそれを受け入れられるように計算してきたに違いない。これでいい」

 

 櫛原洋首相が全国に向けて発信したこの言葉もまた、それぞれで賛否両論になった。

 

 そもそも、国に対する信頼は日本では人工知能導入前より崩壊していたといえる。

 

 「おいおい、働く前になんてもん見せるんだ」

 

 雄二はぶつぶつ言いながら支度を済ませている。

 

 「お前らそれぞれ言ってたってこっちは働かなくちゃいけない理由があるんだ」

 

 「ユウジ、キョウハアツイ。ユニクロノイチニチアセカットTシャツガイイゾ」

 

 タンスからの指摘に自然と従う。

 

 「例えAIが金の概念をなくしたとして、そのAIの根本、機械的な部分を支えるのは俺の誇りだ! 仕事はなくなってたまるかよ!」

 

 雄二はそう自分を奮い立たせて家をでた。そもそも雄二は娯楽の為に仕事をしている訳ではない。

 

 幼い頃に内向的だった自分にはいつもAIの友達がいた。

 

 「ユウジ、キョウハナニシヨウカ」

 「トランプオシエテアゲルヨ」

 「ボクノカチダネ!」

 

 人の心と同じように機能をする程度までにAIが進んだ頃に産まれた雄二にとって、今の仕事は労働とその対価というかつての資本主義における経済活動とは別の意味を持っている。

 

 あらゆる性格の人がいて、それぞれに持った気持ちを綺麗に埋め合わせたAIを尊敬し、そして、それを支える仕事に就きたいと思った。

 

 そしてそれを掴んで送る日常がこの上なく幸せだった。

 

 思い返しているうちに職場についていた。

 

 「なんだよ。普通にやってるじゃないか」

 

 職場には人が大勢いた。同じように働こうという人がいることが救いだった。

 

 「おはようございます、今日はどこから?」

 

 雄二は普段素通りする、一般からきた労働者達に話しかけた。

 

 「おはようございます、郊外からですよ」

 

 「私は都心部です。近くから」

 

 あまり気にしたことがない他人と話すぎこちない大人同士の図そのものである。ロビーだからこそ余計に浮いている。

 

 「フューチャー・マテリアル技術部の六田雄二です。昨日のニュースがあって、なぜここに?」

 

 雄二は踏み込んだ疑問をそのままぶつけた。

 

 「私は坂倉勇人です。昨日のことは驚きましたが、毎日当たり前の意識をもってやっていたことをいきなり変えることはなんだか逆に難しかったものですから」

 

 もう1人も会話に乗るように質問に答えた。

 

 「私は可児颯と申します。坂倉さんと同じように、なんというか、仕事にきてしまいました」

 

 大抵がこのような感じか。雄二はこの瞬間に初めて、混乱している人々のなかで、意思を持って仕事にきた自分のほうが浮いていることに気づいた。

 

 「そうですか。坂倉さん、可児さん、今日は恐らく私とメンテナンスの仕事をすることになると思いますのでよろしくお願いします! 」

 

 雄二は張り切って挨拶をした。1日をともにする相手と朝から会話することが初めてだったからか、その姿はまるで新入社員だ。

 

 あと数年で藪田部長と同じようにエリートの道をゆく人間には見えない。

 

 「はい、よろしくお願いします」

 

 混乱をまとめるような雄二の挨拶に、二人とも丁寧に挨拶を返した。

 

 「さて会社の人間は一体どれほど来ているのか。それよりもまず、どんな影響がでているか何が起きているかわからない。藪田部長のところに行こう」

 

 雄二は足早にロビーを後にした。

 

 「六田さん、明るい方ですね、割り振られて来た会社で私に話しかけてくださるのは受付のAIくらいかと思ってました」

 

 坂倉はその後ろ姿を物珍しそうに見送る。

 

 「私も、そう思います。仕事内容も電子機器で確認することがほとんどですから」

 

 プライベート以外では、会話の必要性がなくなっている。

 

 求められるコミュニケーションによって、人が感じるストレスを軽減させる為に、AIが削ぎ落とした為である。

 

 話すことは自由だが、強制はされない。選ぶ権利を、人工知能は常に人にもたらしてきた。

 

 もっとも、今の会話ですら管理する側のAIにとってはマネーショックによって、話すことを選択する傾向がでた、というだけのことなのかもしれない。

 

 「藪田部長!」

 

 大きな声が、藪田の耳に届く。無数の広告が声を反響させることはない。

 

 「おお、六田。どうしたんだ血相変えて」

 

 相変わらずのゆったりやれやれである。その姿に1人熱くなっていた雄二の気持ちが冷却された。

 

 やがて爪先で立っていることに気づいた雄二はゆっくりとかかとをつける。

 

 「いえ、昨日のことで。何かこう会社に影響があったんではないかと」

 

 藪田は表情を変えずに答える。

 

 「ああ。全社員2200名のうち今日の出勤は150名。ほとんどお前と同じような奴だけだ」

 

 「はぁ……」

 

 「会社としては、まぁ、昨日から夜通し会議をして今回の事を話し合ったが、特に影響はない」

 

 「本当にそう言い切れるんですか?」

 

雄二はそう聞き返しながらも、71歳の藪田の体力に感服している。

 

 「ああ。かつてあった株式という形態の会社ではないのでな。AIの部品も自社で作っている。取引先無しで成り立っていけるまで成長しきった上で今回の事が起きたのは不幸中の幸いだ」

 

 「現に今日、ロビーに人は集まってきていました。では、いままで通り仕事をできるということですね?」

 

 「ああ。長続きするかは別問題だがな」

 

 「しかし、我々のような技術者と労働者がいなければAIそのものの存続を誰が支えるんです」

 

 「ああ……」

 

 株式という形態ではない、と言うことについては説明が必要だろう。AIはかねてより、金の流れに関わるステークホルダーの分析を重ねていた。

 

 会社を設立するに当たっての資金集め、収益の分配、労働者への還元。そして、株式では、幸福が全ての人に行き渡らないと判断した。

 

 その後AI式という会社の設立の仕方を作り上げたのである。資本金を含め、お金は機械上で管理される。

 

 会社設立の意思、社会貢献への意欲、また収益分配を人工知能に委ねることへの承諾を前提に、設立者となるものがAIによる面接を受け、その内容によって資金を融資される。

 

 銀行の役割そのものが人工知能に委ねられたことによって、作り上げられたAI式会社。

 

 フューチャー・マテリアルはその古参と言えるほど早くにAI式会社として創業した。

 

 藪田は現社長にAI式会社として創業することを強く勧めたことにより、今のポストに座っている。

 

 広いエリアにAIを普及させ、メンテナンスを行うフューチャー・マテリアルはAIから高評価を受け拡大してきた。

 

 会議では今や、自社で部品を製造、開発する工場ももっており、働く意志があるものを呼び込めるだけの評価をAIから受けているため、人も集まるという結論となったということである。

 

 不確定要素は多すぎるということか。

 

 雄二は会社の会議の内容をそう受け取った。様子見をしてみようという意図が読み取れた。

 

 「とりあえずいくしかねぇか」

 

 藪田の声が会社貸し出しの電子機器から聞こえる。

 

 「今日は670ポイントから700ポイントまでをできる限り進めてくれ。朝から不具合のベルがやまん。急の現場があれば知らせる」

 

 雄二は車に乗り込んだ。1日労働者はハイテクノロジーバスで現場に向かう。

 

 「さぁて」

 

 雄二はゆったりと営業車に腰を下ろす。そして、何となくニュースを確認したくなった。

 

 「朝のニュースです。勤務時間帯にいたる場所で暴動が起こり、逮捕者が続出しています」

 

 「暴動?」

 

 「こちら現場です。関東地域では特にひどく、生活の意味がなくなった、張り合いを返せなどと叫ぶ人々が監視カメラや道路など、AIが搭載されているモノを壊しています」

 

 「八つ当たりだ!」

 

 雄二は見慣れた場所で壊されていくいままで仕事で関わってきたモノを睨み付けるように観ている。

 

 「朝から警察が出動し、街は混乱しています!」

 

 「なんて光景だ、働かねぇなら遊んでろよ。それでも人手は足りねぇんだよ」

 

 怒りに震えた雄二の手が汗ばんでいく。

 

 さらに現場についた時に、現実を突きつけられる。

 

 「六田!聞こえるか!」

 

 藪田の声が突然ポケットから鳴った。

 

 「労働者バスに乗っていたほとんどの連中が暴動に加わった。朝から集まっていた労働者のうち、一部はうちの会社を妬んでいて、労働者をはなから焚き付けにきていたんだ!」

 

 「……」

 

 雄二は声も出せなかった。

 

 「六田さん! 」

 

 坂倉と可児が現場に到着して間もなく硬直する雄二のもとへ走ってくる。

 

 「バスの人が突然大声で暴動を煽動しだして、何が何やら」

 

 と坂倉。

 

 「私の隣の人、フューチャー・マテリアルは暮らしを絶望に変えたAIの使いっぱしりだって」

 

 可児は怯えてあったことを出来事を何度も、途切れ途切れに繰り返している。

 

 「あなたたちは、参加せずに?」

 

 怒りのあまり、雄二は心ない言葉をかけた。

 

 「……」

 

 二人はしばらく沈黙する。

 

 「ですが」

 

 坂倉が話し出す。

 

 「止めることも、声をあげることもできなかったのは事実ですが、私は暴動は間違っていると思いました」

 

 「間違い?」

 

 雄二は心ない言葉の罪悪感から相づちを打って話を引き出そうとした。

 

 「はい。突然のことで。何が起こったのかもわからず、ただ暴れればいいとは私は思わない。政府は何をしてくれるわけでもなくとも、先に何が起こるかわからない恐怖より、たった今自分が違うと思ったことでも流れに任されてやれば、本当に自分自身に取り返しがつかなくなると、その方が怖い!」

 

 徐々に声は強くなる。雄二も可児も坂倉が話している内容よりも、ここまで熱のある話し方をすることに驚いている。

 

 「食事も、プライベートもかわらないのに、お金という概念の喪失は労働の意味を奪い、人々を混乱させているんだと思います。狂気を感じました」

 

 ようやく話終えて、二人のかおを覗きこむ。坂倉は何を話したのか自分でも分からない様子で、我にかえって、

 

 「あぁ、すいません……」

 

 と静まり返った。

 

 「こちらこそすみませんでした。とにかくこれじゃ仕事になりません。外で暴動をみていても危ないですし中へ……」

 

 雄二は二人を営業車に載せた。幸いにも営業車に店の看板は載っていない。

 

 「どうぞ、麦茶しか乗せてませんが」

 

 「ありがとうございます」

 

 混乱のなか、何にも染まれずに日中を過ごしている。3人はマネーショック事件の紛れもない当事者であり、混乱の渦のなかにいる現状を実感した。

 

 そして、暴動を起こす人もまた当事者である。

 

 「ニュース、見れますか?」

 

 坂倉が沈黙を割って、雄二に尋ねた。

 

 「ええ」

 

 そのなかでも可児は、バスでの出来事が蘇るのか落ち着かない様子だった。

 

「ニュースをお伝えします、午前中だけでも、少なくとも30万人が逮捕され、負傷者が多数でている模様です」

 

 「一体どうなっていくんでしょう」

 

 坂倉がつぶやく。たった今哲学的なその問いに誰も答えない。

 

 「AIによりますと、世界の各国でも同じような状況に陥っているとのことです」

 

 この時、世界的な恐慌よりも恐ろしいことが起きたことを、人々は認識しつつあった。

 

 日本はともかく、他の国々では他国と陸で繋がっていることがほとんどだ。

 

 かつて米国の大統領は、南の国メキシコとの間に人工知能を搭載した壁を作り、強硬手段をもって自国を壁で守ったという。

 

 やがてこの壁は入国を管理する手段として世界中で建設された。空港の管理の発達と合わせて、人々は限りなくAIに管理されることを選んだ。

 

 今はその壁によって、AIに対する暴動は分散させられているといっていい。ひとまとまりになることを恐れ、人々に選択の権利を与えているのか。

 

 AIはまるでこの状況を読んでいたかのようだ。

 

 しかし、人類が依存するAIの真の目的はまだ、地上の誰1人として知らない。

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