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AI  作者: もふもふ
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エレクトロニクス・マネーショック


 人工知能、は産み出されてからというもの、その賢さから日常のあらゆるモノに搭載され、あらゆる情報を吸収し続けてきた。

 

 やがて全人類の知能を1つに集めても、人工知能に敵わない時代がやって来る。

 

 かつては所謂、根本が競争である資本主義という分厚い氷の層が世界中を覆っていた必然の前提が常識の時代、そこから突如として音もたてずに人工知能が突き破ってでてきた。

 

 AIは瞬く間に仕事、暮らしあらゆる事を変えた。しかし、衣食住、投資、娯楽、趣味に至るまで対価としての金銭、人としての財産、これらの地位は揺らぐことはなかった。

 

人々は当然金である。機械上、書類上、契約上のあらゆる金銭の動き、個人情報を知る人工知能という突如として現れたダンジョンから、情報を引き出そうとした者は数知れない。

 

 人工知能は、やがて握っている限りの金の情報に、人類が解くことのできない鍵をかけた。いかなる干渉をも受けつけない鍵を。

 

 それはすなわち、人々が当たり前のように積み重ねたあらゆる形の貯蓄の、事実上永遠の凍結。人類にとっての財産は何にも変えがたい意味をもつことを人工知能は深く理解しているはずだった。

 

 まさに、人類に対して人工知能が初めて意思を持ってアクションを起こした瞬間だと言える。

 

 「エレクトロニクス・マネーショック」

 

 と呼ばれるこの事件以後、人類はその先を見出だせずにさ迷い続けている。

 

ガラス面が部屋を囲み、その一面一面が細かい文字を浮かべているまるでかつての映画のような事務所。

 

 ニュースや、やがて始まる夏の広告が浮かんでは消える。従業員全員分の短冊だけが、事務所でやけに浮いている。

 

 「部長、867地点のメンテナンス完了しました」

 

 白色の作業服に白色のヘルメットを被り、強面の四角い顔をした青年。フューチャー・マテリアルという人工知能産業の企業に務める、六田雄二だ。

 

 「ああ。よくやってくれた。次は901ポイントに向かってくれ。868から900までは、派遣がやっているらしい」

 

 白髪に白髭、ふっくらとした体型に白の作業着がサンタにも作業員にもなっていない。

 

 フューチャー・マテリアルの技術部部長の藪田は、常にゆったりやれやれといった雰囲気の人物だ。

 

 「はい!なかなか忙しいですね」

 

 雄二の溌剌とした顔に汗はない。人工知能が天候、気温湿度等に合わせて細かい服装を設定し、毎朝それに従うことが常識となりつつある。

 

 「はっは、希望か絶望か、効率と幸福を求め続けた人類の、最新の夢に向かって、皆ひたむきさ。お前はやがてくる管理社会のなれの果てにどう生きるんだろうなぁ」

 

 「はぁ。部長はいつもそう流れに否定的でいらっしゃいますね。時代は、変わっていくんです」

 老害には分かるまい、そう続いた自分の頭の中を、外から軽く撫でた。

 

 「私もその時代の節目に必要な歯車だな。そうとも。今こうして人工知能に関わる仕事をしている」

 

 年の功は、こうした皮肉を敏感に感じとるらしい。

 

 フューチャー・マテリアルは今、既存の都心部周辺のAI機器のメンテナンスや管理に加え、AI機器の最大限の設置範囲を広げようとしている。

 

 便利さの追求、効率の最大化。社会的貢献は計り知れない。

 

 「人工知能が仕事の手助けをしてくれているでしょう?今だってメンテナンスの段取りを部長は指先ひとつで画面を操作するだけで把握できてるんですよ」

 

 「…そうだなぁ。少なくとも私は便利だと思ったまま歳をとってゆける。だが雄二、決して未来が向かう先が1つで明るいから人々はそこに向かうというわけではない。明るいと信じて歩みをやめないことを発展だと思い込んでいるだけだ。お前はいずれ立ち止まらざるを得ない人々の中で自分がどうすべきかを、今から考えておけよ」

 

 「難しくてわかりませんね、歳をとったらわかると思います、ではメンテナンス続けます。失礼します!」

 

 スゥーン

 

 失礼しますの一言のアクセントの分析、お辞儀の角度などから扉は自動で開く。間違いは無い。

 

 効率はこの上なく良くなり、まさに理想へと近づいている。雄二はそう信じて疑わなかった。


命じられた901番地点は都心部から、自動運転自動車で約30分。郊外ではない。さらに遠い場所へ。

 

 何しろ時速120キロの自動運転を事故1つなくこなしてくれるハイテクノロジー営業カーで向かう。操作は必要ない。

 

 「さて、何を観るか」

 

 雄二はディスプレイのリモコンマイクを手に取る。

 

 「ほー、人工知能産業で成金続出か。急成長し続けているからなぁ」

 

 ニュースはもちろん、話しかければ視聴したいもののリストがあがり、自動再生が始まる。ごく普通の光景だ。

 

 車内の座席の配置も変わった。目まぐるしく変わる運転状況を処理するのはAIだ。故障や不具合を起こす前に、不安定要素が一定まで貯まると停車する。

 

 乗っている人は娯楽やデスクワークに安心して勤しむ。向かい合った座席にテーブル。まるで小リムジンのような配置が多く採用されている。

 

 雄二のような青年の視聴する作品については割愛しよう。

 

 「まったく便利なもんじゃないか」

 

 藪田は技術部のオフィスの1番奥の机でカツカツと人差し指の爪を鳴らしている。やがて、あと4年で75歳の定年を迎える。

 

 高齢ながらその経験と知識から未だにタフに海外出張をこなしている。

 

 フューチャー・マテリアルを人工知能産業の中でも有数な企業を導いたのは、藪田の数々の先見の明があったからといっても過言ではない。

 

 その男が今度は、将来を危惧している。社名を今では皮肉に感じている。

 

 人工知能産業の突出は、裏稼業のあり方をも変えた。現金を保有していたのは昔の話。今や携帯型の電子機器が財布の変わりだ。

 

 国はハッカー対策に取り組み、進化し続けるハッキングの手口をAIに長い時間をかけて読み取らせることによって、ようやくこの電子機器の安全度を99,995%にまで引き上げた。

 

 今やAIそのものが世界一のハッカーである。

 

 その後、人がAIそのものを利用することがないよう、防衛システムそのものをAIに全て委ねたことによって、現金の必要性はなくなり、究極の財産管理システムが出来上がった。

 

 無数の組織は、あえて究極の財産管理システムの獲得を目論み、日々研究を重ねている。

 

 手に入れられれば手放すことの無い金のなる木を安心して使い続けられるからである。

 

 いわゆる、ヨゴレと呼ばれていた者達は、今や人工知能産業に密かに就職し、情報とスキル、そして人脈の獲得に奔走している。藪田も、長い人生で何度となく接触されている。

 

 「藪田さん、その知識を活かしてみませんか、そうでなくとも1度是非食事にでも」

 

 決まり文句だ。

 

 人工知能はあらゆる犯罪から身を守ってくれるが、自らの意思で危険に赴けば話は別だ。拘束されることも考えられる。

 

 藪田はやんわりと断り続けてきた。同時に、時代の流れを憂いてやまなくなっていった。

 

 「誰のために、何のためにこの事業に取り組んできたのか」

 

 人間はどんなに時代が変わろうと、変わらないものだと思うようになった。

 

 「はぁ、明日は明日の風が吹く」

 

 仕事終わり、労働者の口癖だ。

 

 「おつかれさまでしたーまたいつか!」

 

 これも今風の挨拶だ。

 

 雄二はより文化的な今の社会に希望を抱いている。

 

 「急激な発展に皆臆しているから、目の前の便利さを受け入れられない。何を悲観するんだ!」

 

 常々、雄二が思うことだ。

 

 仕事や会社のあり方も大きく変わった。ほとんどの仕事は人工知能が答えを導き出す。導き出された仕事に人があてがわれることが当たり前だ。

 

 1日の仕事と、人口の分布から一人一人に効率的に仕事が割り振られる。同じ仕事をやって、技術や経験を積む必要はなくなった。国民の約4割はこの日々紹介形態の仕事に勤しむ。

 

 その他、雄二のように会社を決めてその会社が割り振る仕事を日々こなす人が2割。会社といっても人工知能産業の企業がほとんどだ。

 

 残りの3割は文化的、創造的な仕事に。娯楽を与える職業が伸びた。

 

 そして最後に残った1割は一部の企業の役職持ち、藪田のような身分だ。役職持ちの人間のみが、毎日決まった場所で同じ顔を合わせる。

 

 人同士の信頼までも、間違わないAIに委ねられた、というより管理されているといえる。

 

 食料は、細々と残った地方の農家と、食料自給率引き上げ分に開拓された北海道と九州北部、その他一部で自動で作物が生産される。

 

 工場はAIが自らうごいているといっても過言ではない。

 

「長い勤務時間や残業があった時代をAIが救ってくれたばかりか、さまざまな娯楽まで身近にしてくれた」

 

 と雄二は喜んでいる。

 

 「しかも今日は給料日だ!今月はどんな人に会えて、どんな楽しいことが待っているんだろうか」

 

 ウーン

 

 「イラッシャイマセ。ホンジツモオツカレサマデス、ロクタサン」

 

 100%の気遣いとサービスができる接客員がAIであるという判断は、AIによって決定された。というより、その判断を人類が受け入れたのだ。

 

 「おおっ、調子よさそうだな」

 

 雄二にとっては、メンテナンスの対象でもある。ここは一般とずれたいわば職業病といってもいい。

 

 「さーて、今月はっと」

 

 次世代ATMは、目の前にたった人を顔認証、体温、骨格の法則も事細かに把握しており確実な本人確認を自動で行う。

 

 「ロクタサマの残高を照会…ご確認ください」

 

 雄二の顔が戸惑いを見せた。

 

 「何をしに来たか告げていないのに、残高を確認する機能なんてついてたっけ」

 

 AIは結論が正解だという確信がなければ、必ず判断材料を求める性質がある。

 

 「いいよ、固定給だし、おろしに来たんだ」

 

 「ロクタサマの残高…ご確認ください」

 

 「…」

 

 沈黙が流れた。

 

 染み付いた当たり前が1つ崩れた瞬間。雄二は混乱している。

 

 画面をみると、

 

 「残高 35万」

 

 とだけ表示されており、あとは何の表示もない。

 「どうなってんだ」


 気づいた時、雄二は自宅にいた。なぜ引き出せなかったのか、100%人の意思を汲むAIが、なぜ不自然さを感じる対応をしたのか。

 

 「わからない……」

 

 さらにわからないのは、残高が無いはずの電子機器で、すんなりと買い物ができてしまったこと。

 

 そして、いつも残高が載っているはずのレシートから、残高の表示が消えている。

 

 「何のキャンペーンだよ」

 

 頭を抱えている。

 

 「もしも、自分だけがこんな目にあっているのなら、間違いを犯さないAIのミスなんて誰が信用してくれるんだ!」

 

 そう。全て人工知能の管理下にある。それだけの信頼度がAIにはある。そうでなければ、国がここまで普及させなかったはずだ。

 

 「そうだ、自分だけじゃないはずだ」

 

 雄二は薄暗く混沌とした部屋にあかあかと眩しく映るディスプレイに向かって声をかけた。

 

 「今日のニュース、ATM! 」

 

 「ニュースをお伝えします。本日をもって、全ての財産が凍結されることとなりました。AIの判断によるものです」

 

 雄二は食い入るようにディスプレイを観る。 

 

 「これによって、サービスの提供や娯楽の提供が止まるわけではありません。AIは、お金という概念を人類から取り払うことが最善であるという判断を下したということです」

 

 「なんだと……」

 

 雄二は、むっと口を閉じたまま開かない。そもそも、何が起こったのか理解ができなかった。

 

 恐らくこの日、誰もがこのニュースの意味を正確に理解できなかったであろう。翌日から、身をもってその内容を実感することとなる。

 

 そして、この出来事をきっかけに人類が誕生して以来の大事件が水面下で動き出していることをほとんどの人間は知る由もない。

 

 

 

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