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暗黒神話  作者: トウリン
来訪
6/65

彼女の事情

「事情を話せ」

 康平こうへいが朝食の席でそう切り出すと、未明みあかはきょとんと目を見開いた。

「あいつは何なんだ?」

 続けて尋ねる彼に、彼女が口ごもる。

「……説明しても、理解できないよ。このまま、何も知らない方がいい」

「いいから、話せ。理解できるかどうかは、聞いてから判断する」

 さあ話せ、とフォークを突きつけて促す彼を、未明は眉根を寄せて見返してくる。


 しばらくは無言だったが、やがて小さな溜息をついて、未明が口を開いた。


「この世界でも、物語の中ではそういう概念が存在するみたいだけど……私はこことは違う世界から来たのよ。異世界、異次元、そんなところ」

 反応を見るように、ちらりと未明が康平に視線を走らせる。彼は、無言で顎をしゃくった。

「ここでは『科学』が発達したようだけれども、私が今まで渡ってきた世界では、『魔術』が力を持っているところが殆どだったわ。この世界でも魔術を習得した者がいたみたいだけど、主流にはならなかったみたいね」

「他にも世界があるのか?」

「あるわよ、たくさん。界を渡れる力を持った者はわずかだから、こうやって異世界の者と会うことは、滅多にないと思うけど」

「……そうだろうな」

 康平だって、今まで物語の中でしか『異世界』などという言葉は耳にしたことがない。実際、昨日の男が現れなかったら、そんなものが実在することなど決して信じなかっただろうし、一生知らずにいただろう。


「私はこれまでたくさんの世界を渡ってきたのだけれど、あの男は――アレイス・カーレンっていうんだけど、彼は、私が最初にいた……私が生まれた世界からついて回っているのよ」

「なんで、また? ロリコンってワケじゃないんだろ?」

「少女に性的衝動を覚える性癖のこと? そうじゃないわ。彼が狙っているのは私の身体そのものではなくて、私の中に眠っているものよ。彼は『求道者』と呼ばれる一派の者で、魔術を極めることのみを求めているの」

 イカレた狂信者のようなものだろうか。

 康平は未明の台詞のほとんどを聞き流し、一つだけ、気にかかったところを取り出した。

「お前の中に眠っているもの、とは?」

「『魔道書』よ。至高の魔道書『グールムアール』」

「『魔道書』……」

 まさに、映画の中の話のようだ。もっとも、康平はファンタジー映画など観たこともないが。狐につままれた顔をしている彼には構わず、未明は先を続ける。

「『魔道書』は術者の魔力を補完し増強するものなのだけれども、『グールムアール』はその中でも桁外れのものなの。多分、これ以上のものを創ることは不可能だと思うわ」


 つまり、未明は強力な武器を持っていて、それを欲しがる奴に追われている、ということか。

 それなら、康平にも理解できる話だ。


「で、それをアイツは欲しがっているのか……。けど、どうやって奪うんだ?」

 未明の『中』ということは、『物』として持っているわけではないのだろう。

 何気なく訊いた康平に、さらりと未明が答える。

「私が自分の意志で受け渡すか……満月の夜に私と契れば、いいのよ」

 淡々とした未明の言葉のその内容に、危うく聞き流しそうになった康平の顔が一拍置いて強張った。


「『契る』って……」

「『そういう』意味よ。言っておくけど、私のこの姿は、仮のものよ? 今は事情があってこの姿になっているだけなんだから。あなたも会っているのよ、本来の私に。満月の夜に『グールムアール』の効果が最大になって、次元を跳ぶことができるようになるの。あの日、私は、この世界に着いたばかりだった」

「あ……もしかして」

「そう、『姉』よ」

 なるほど、あの姿であれば、頷ける。


「今は界を渡って間もないから、魔力が回復していないの。でなければ、昨日、あんなふうに遅れを取ったりしない。私は特別仕様で、肉体が魔力に引きずられちゃうのよね。魔力が減ると若返っちゃうの。あと数日したら戻ると思うけど……それまで、この部屋に隠れているつもりだったの」

「どこかに閉じこもっていれば見つからないのか?」

「まさか。実は、この部屋、護符で結界を張らしてもらっているの。今の私の魔力なら、ここにいれば感知されることはないわ。いつもは回復するまでこうやって隠れているんだけど……油断したわ。今回は一気に遠くまで跳んだから奴らはついて来られないだろうと思っていたし、ついてきたとしても普通は追っ手もそれなりに魔力を使うから、同じように消耗してしばらく追ってこられないのよ。でも、どうやら今回はちょっと特殊な手を使われたらしくって」

「あっちはエネルギー満タンってことか」

「そう」

 未明はうなずいて、肩を竦める。

 それなりにピンチだと思うのだが、悟っているような未明はさほど深刻そうに見えない。


「で?」

「……で?」

 康平の振りに、未明がきょとんと首をかしげた。

「お前のゴールは何なの?」

「……ゴール?」

 康平の言っている意味を理解できないでいるらしい未明に、彼はガリガリと頭を掻いた。

「三週間後に、ここを出て行くんだろ? その後、どうすんの? ずっと逃げんの?」

 康平に問われて、未明は顔を伏せる。

 彼は目を眇めて丸い頭の天辺のつむじを見遣った。

 未明の話を聞く限り、追っ手を殺そうと思えば殺せるのではないだろうか。

 だが、彼女はそれを望まない。だから、逃げ続けるしかないのだろう。


「お前の中の、その……『魔道書』ってのが問題なんだろ? それを何とかしたらいいんじゃないの?」

「それは……そうだけど……」

「手はあるんだな?」

「……うん。いくつもの界を渡ってきたのは奴らから逃げる為でもあるのだけど、それだけではないの。私はずっと、探してる――私の肉体の代わりに、この『グールムアール』を封じることができるものを。……『決して壊れることのないもの』を」


「そんなモンが存在するのか?」

 形あるものは壊れることが道理だ。康平は半信半疑の表情で尋ねる。


「私の世界の言葉では『普遍のもの』……『ユヌバール』と呼んでいるわ。この世界では、『オリハルコン』、『ヒヒイロカネ』なんて呼ばれているものと同じだと思うのだけど」

「オリハルコンってのは、何となく聞き覚えがあるような気がするが、多分、空想の産物だろ」

「そうなの? でも、魔術を学ぶ者にとっては、『ユヌバール』は実在すると言われてるわ。あなたが貸してくれたコンピューターで調べた限りでは、『ヒヒイロカネ』っていうのはこの国に存在してるみたいだけど」

「聞いたことねぇな」

 康平にしても、『オリハルコン』はゲームや物語の中では割合メジャーだと思うが、『ヒヒイロカネ』は耳慣れない。

「え……でも、存在したっていう文書があって、公的にも認められていたって……」

「トンデモ本が言ってるだけじゃねぇの? この世界は情報過多だからな。特に、そういうオカルト系の話は、ホントもウソも入り乱れてるぜ」

「そんな……」

 呟き、未明が肩を落とす。


「まあ、お前がこの世界にいるうちは、俺が面倒見てやるよ。取り敢えず、探すだけ探してみればいいさ。俺たち普通の人間には判らなくても、お前には判ることもあるかもしれないだろう」


「え?」

 顔を上げた未明が、眉根を寄せて康平を見た。

 彼はそれに肩を竦めて返す。

「乗りかかった船、だ。お前にもらった報酬、かなりあるからな」

 それは控えめな表現で、鑑定してもらって出てきたのは、一生遊んで暮らせる金額だった。金があるなら、別に働く必要はない。働かなくていいなら、することがない。だったら、しばらくの間はこの少女に付き合ってやってもいいだろう。


「取り敢えずは、その『ヒイロカネ』とやらの信憑性から調べようか」

「……『ヒヒイロカネ』」

 ポソリと、未明が康平の言い間違いを正す。

「でも、いいの……? あんな、変なヤツが追っかけて来るんだよ?」

「まあ、たまにはこういうのもありだろ」

 苦笑して、康平は彼女の頭をクシャクシャと掻き回す。


「で、お前の本当の名前はなんていうんだ? その未明ってのは、ここに来た時に考えた名前なんだろ? っていうか、なんでそんなに日本語ぺらぺらなんだ?」

「言葉は……あなたが寝ている間に、この世界に関する基本的な知識を吸収させてもらったのよ……あなたから。……勝手に、ごめんなさい」

 正直に言って、知らない間に何かされていたのは気分が良くないが、悪戯した猫のように項垂れている未明に、それ以上ネチネチ何か言うのも気が引ける。康平は肩を竦めて受け流した。


「ま、いいさ。で? 名前は?」

「ミアカスール……私の世界の言葉で、『希望をもたらすもの』という意味なの」

「それは、また、大仰な名前だな」

「ふふ、そうでしょう?」

 茶化すように康平が言うと、未明は微笑んだ。

「名前どおりの力を持ってんだろうけどさ、まあ、ここにいる間は、取り敢えず護ってやるよ」


「え?」


 康平の言葉に、未明は大きく瞬きする。まるで違う言葉で話しかけられたとでもいうような、面食らった顔だ。

 彼の台詞の何にそんなに驚いているのだろうと内心で首をかしげながら、繰り返す。

「だから、あんな変態野郎からお前を護ってやるって言ってんの。ま、『力』とやらが戻りさえすれば、あんなのを撃退するのなんて簡単なんだろうけどな」


「……ありがとう」

 繰り返されて、未明がうつむきながら、そう囁いた。


 どうやら、心底、護ってやるという康平の言葉が予想外だったらしい。


 戸惑いと困惑を隠せない未明のその様子に、こんな子どものなりをして、これまで誰からも護ってもらうことなどなかったのだろうかと、康平はわずかな苛立ちを覚えた。


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