表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暗黒神話  作者: トウリン
帰着

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
49/65

隠し事

 やがて日も高くなり、周囲に人のざわめきが感じられるようになり始めた頃、未明みあかは探索を開始した。とは言っても、潮流の速い海底を素人が潜水服を着てウロウロしてみても、何かを見つけられる筈がない。ここは彼女の本領発揮で、精神体となって潜ることになった。


「じゃあ、私の身体をお願いね」

 そう言うと未明は目を閉じて、康平には聞き取れない『呪文』を口ずさむ。

「おっと」

 唱え終えると同時に糸が切れた操り人形のように突然崩れ落ちた彼女の身体を、康平は間一髪で受け止めた。そのまま抱き上げ、ベンチに向かう。直で寝かせるには少々冷たく、康平は彼女を自分の膝の上にのせ、ジャケットで包んだ上から抱き込んだ。傍から見れば、寝てしまった妹を抱いている兄――あるいは、娘を抱いている父か――と思うに違いない。

 中身がないとはいえ少しでも未明が楽になるように身体の位置を調整し、康平はやれやれと息をついた。


 ベンチは海に向けて設えられている。

 目の前に広がるこの海の、何処ら辺に未明はいるのだろうか。

 そう思って目を凝らしてみても、見つかるわけもない。

 康平は小さく息を吐いて、視線を腕の中に落とした。無防備な彼女の顔を目にして、何となく、腕に力がこもる。

 そして、視線も上げずに、あからさまな溜息を吐いた。


「ここでやる気なのか?」


 それは、ゆるりとした足取りで近づいてくる者へ投げた言葉だった。


 康平は、目だけをそちらへ向ける。

 その先にあるのは、金髪碧眼、どことなく中性的な整った容貌。その細身の身体は黒いマントで包まれている。何か不思議な術でも使っているのか、普通であれば好奇の眼差しが集中するはずの格好だというのに、周囲を散策する人たちのうちの誰一人、その金髪の男をチラリと見ることもなかった。


 そして、また。


 その男が近付くに連れ、周囲の人々のざわめきも、壁を一枚隔てているかのような、どこか遠いものになっていく。


「あんたたちってさぁ、少しはこの世界に馴染もうって気が無いわけ? アイツもだけど、そのカッコ、浮き過ぎだろ」

 康平は顔を上げ、隙のない眼差しで真っ直ぐにその男――アレイス・カーレンを射抜く。この男は、未明を本来の名前であるミアカスールと呼び、彼女を生まれ故郷の世界から追いかけ続け、付け狙ってきた者のうちの一人だった。アレイスの目的は、未明の中に潜む『魔道書』とやらを奪うことである。そして、彼女を狙っている者のもう一人は、キンベル・ゲダス――未明を殺そうと目論んでいる者だが、この場に気配はない。しかし、いずれ彼も姿を現すことだろう。

 優しげな微笑を浮かべているが、この世界でアレイスが康平に見せた手口は卑怯の一言に尽き、今も何を企んでいるか判ったものではない。怪しい動きがわずかでも見られれば即座に息の根を止める心積もりで、康平はアレイスの一挙手一投足を油断なく睨み据える。どうせこの世界の人間ではないのだから、死体になったとしても、たいした事件にはなるまい。


 だが、無言で威嚇する康平に対し、アレイスは気安い調子で肩をすくめて見せた。


「そんなに警戒しないでください。何もしませんよ。まだ満月までしばらく日がありますし、今、貴方と戦ってミアカスールを手に入れたとしても、特に利点がないですから。魔力が枯渇している時ならともかく、今の彼女には手が出ません。貴方とやり合って私が無傷で済む可能性はとても低いですしね、むしろ損失の方が大きくなってしまいます」

 そう言いながら、彼は二人から三歩ほど離れたところで足を止めた。その動きをジッと目で追いながら、康平は問う。

「じゃあ、何の用だよ?」

「ミアカスールの様子を見に来たのですよ。まったく、彼女の結界のせいで、貴方の住処には手を触れることもできませんし。これでも、あの後どうなったかと、心配していたんですから……おや、何ですか、その顔は?」


『その顔』とは、胡散臭いものを見る眼差しを放つ顔である。

 言葉よりも雄弁に心の内を物語る『その顔』に、アレイスは苦笑した。


「確かに、私はミアカスールを追っていますが、元々は彼女の側の人間だったのですよ? 心配するのは当たり前ではないですか。何しろ、『グールムアール』を持ったまま彼女の身に何かあれば、かの魔道書は失われてしまうんですからね」

 当然ではないですか、とアレイスは真顔で同意を求めてくる。


 結局、そこなのかと、康平は呆れると共に、ある意味感心する。ここまで徹底していれば、解り易くていい。何より、殺す時に躊躇わずに済むから、康平としても気楽だ。

「それなら、こいつの無事は確認しただろ? さっさと失せろよ」

 そう言って、犬を追い払うように片手を振る。だが、アレイスは立ち去るどころか、一歩足を進めてきた。


「何だよ?」

 アレイスは康平の腕の中の未明をしげしげと見つめている。

「へぇ……。随分と、貴方のことを信頼しているようですね、ミアカスールは」

「あ?」

「いえ、まさか、身体をこんな無防備に置いたままにするなんて……。いつも、要塞のような結界をこしらえていたものですよ。気配のけの字も漏らしてくれないので、探すのに苦労して。でも、この世界に来てからというもの、すぐに居場所が知れますね。貴方の住処でも、手は出せないものの、そこにいるのはわかっていますから」


 アレイスの言葉に、康平はイヤなことに気付いた。彼がここにいるということは……

「あのキンベルとかいうおっさんも、俺たちがここにいることを知ってるって事か?」

 あの男が来たところで負ける気はしないが、いささかうっとうしい。


 問われたアレイスは、肩をすくめて返した。

「まあ、そうでしょうね。そのうち姿を現すと思いますよ? 特に魔力が乏しい世界ですから……普段はミアカスールが覆い隠していますが、何かわずかでも魔力を使うようなことをすれば、『グールムアール』は灯台の光のように目立ちますね。ましてや、精神体になるなんて……。今は、彼女、あそこにいるでしょう?」

 そう言いながらアレイスは、何かに焦がれるうっとりとした眼差しで海の方を指差す。康平の目には、海以外何も映っていないが、アレイスには未明の放つ何かが見えているのだろうか。


 しばらく海面を見つめていたアレイスだが、やがてゆるりと未明に視線を戻した。

「ミアカスールは、いったい、いつまでここに留まるつもりなんでしょうねぇ」

 未明を抱える康平の腕に、無意識のうちに力がこもった。

「こいつは、もうこの世界からは動かないぜ」

「ほう……彼女が、そう言いましたか?」

「ああ」


 アレイスの目が何かを探るように細められる。その視線は未明に向けられ、康平に動き、また未明に戻った。

「それは、また……」

 含みのあるアレイスの声が、康平の気に障る。

「何だよ?」

「いえ、結局置いていかれることになるのに、酔狂な、と……」

「置いていかれる? 俺が?」

「ミアカスールが、ですよ」

「? 俺は、こいつを置いてどこにも行かないぞ?」


「……貴方は、彼女から聞かされていないのですか?」

 遠回しなアレイスの言い方に、康平は苛立ちを覚える。未明について、色々な意味で彼らの方が詳しいということは解っているが、それを見せ付けられるのも腹立たしかった。

 殴りつけられるとでも思ったのか、アレイスが一歩下がって苦笑する。


「そんな目で睨まないでくださいよ。彼女が『そのこと』を貴方に伝えていない、ということは、やはり、いずれここを去るつもりなのでしょうかね」

 自身も判断をつけかねているという面持ちで、彼は呟いた。康平は聞き捨てならない台詞にいっそう眉を逆立てる。

「どういうことだ?」


 康平の射貫くような眼差しもどこ吹く風という素振りで、アレイスは小首をかしげた。

 そして、サラリと告げる。

「ミアカスールの時は、ほぼ止まっているのですよ」


「はあ?」


 心底から訳が解らず、康平は眉をひそめた。アレイスは、そんな彼からまた一歩、後ずさる。そして、姿を消す――最後に一言を残して。


「……後は、彼女自身から聞いてください。私はひとまず退散します」


 意味深なその台詞は、いったい、何をしたくて置いていったものなのか。

 もやもやした気分が気に入らないが、今はその言葉について考えるよりも他にすることができてしまったようだ。


「ったく、何だってんだよ……キ・サム」


 ボヤキながらその『呪文』を口にした康平の左手に、しっくりと馴染むMk23が出現する。握ったそれを、威嚇の言葉も牽制の言葉も発することなく、流れるような動きで脇から背後に向けた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ