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暗黒神話  作者: トウリン
変容

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22/65

力の賦与

 マンションへの帰り道、康平こうへいはむっつりと黙り込んだまま足だけを動かした。自宅へ着くと、開口一番、未明みあかを問い詰める。


「お前、どういうつもりだよ?」

「え?」

 康平が苛立っている理由が判らないのか、未明は元から大きな目をいっそう丸く見開いて見上げてきた。本気で思い当たらないらしい。

「四、五日後にはまた満月だろ? あんまりうろつかないほうがいいんじゃねぇの?」

「え? あ、ああ。そのこと……」

 他人事のような未明の返事に、康平がむっと眉根を寄せた。

「『そのこと』じゃ、ねぇだろうが。お前自身の問題だろう?」


 ――そう、未明には『問題』がある。


 彼女が実は他の世界の人間だということも『問題』だろうし、今の十歳程度の少女の姿は仮のもので、実は成人した女性だということも『問題』だろう。だが、一番の『問題』は、それぞれの目的で彼女を狙う二つの存在――『崇拝者』と『求道者』――があることだ。

 未明の本来の名前はミアカスール――彼女の生まれた世界では『希望をもたらすもの』という意味があるらしい。彼女の故郷は、かつて『旧き神々』と称されたものたちによって支配されていた。それらを封じるために創り出されたのが『グールムアール』――至高の魔道書である。あまりに強大な力を持つその魔道書を宿せるのは、全く魔力を帯びていないという、彼女の世界においては特異な体質を持つ、未明だけであったのだ。彼女が『グールムアール』をその身に宿し、『旧き神々』の封印の礎となることにより、世界は平穏を迎えた筈だった。


 しかし。


『旧き神々』による脅威が去った後は、『旧き神々』を崇拝し、未明を殺すことでそれらを解放せんと目論む『崇拝者』、未明の中の『グールムアール』を欲した『求道者』、そしてそのどちらをも防ごうとする者たちの三つ巴によって、新たな戦いが始まってしまったのだ。

 自分を巡って人間たちが相争う事態を憂えた未明は、その世界を離れることを決意する。次元を跳び越え、世界を渡るほどの能力を持っているものは極わずかだ。大勢が争うよりも、少数から逃げ回る方が得策と考えたのだった。そして、世界を渡る未明の放浪と、それを追跡するものたちとの攻防が始まる。『崇拝者』からの追っ手は、キンベル・ゲダス――黒髪、黒瞳の巨漢だ。もう一方の『求道者』からの追っ手は、アレイス・カーレン――金髪、碧眼の優男である。


 キンベルは時を選ばず未明の命を狙ってくるが、アレイスが『グールムアール』を奪えるのは満月の夜のみであるため、裏を返せば、多少なりとも余計な手間を省くには、満月にはジッと息を潜めている方が良い筈なのだ。

 それを踏まえて康平は満月を終えた一週間後を門屋かどやに提示したというのに、未明がそれを蹴ってしまった――せっかく康平が気を配ってやったにも関わらず。


 ずっと独りでやり過ごしてきた所為か、未明は他人の気遣いや助けというものに無頓着だ。それは、必要としていないからというよりも、多分、経験不足の為にしてもらっていることに気付かない為だろう。

 なまじ見てくれが年端もいかない少女なだけに、康平は未明のそんなところにジリジリする。甘やかすつもりはないが、少しくらいは頼ってくれてもいいのではないかと思うのだ。

 だが、そんなふうに苛立ちを見せる康平に、未明はくすぐったそうに笑う。


「ふふ。結構心配性だよね、康平は。大丈夫だよ。それに、かえって満月が近いのは好都合なのかもしれない」

「?」

「なんだか、嫌な予感がするの。何か大仕事をしなければならない事態になったら、満月の夜が最適だわ。『グールムアール』の効果が最大になる時だもの」

「まあ、いいけどよ、お前がそう言うなら。だけどな、一番の問題は、これから行く先が北海道だということだ」

「何で?」

 未明がきょとんと彼を見上げる。


「北海道へは、飛行機で行くことになるんだよな。車や電車で行けないこともないが……」

 飛行機であれば明日の朝に出発しても昼には目的地に着くが、陸路のみとなると半日かかる。疲労も入れると、時間のロスが大き過ぎるだろう。

 だが、飛行機で行くとなると……

「セキュリティチェック厳しいし……流石に、色々持っていけないんだよなぁ」

 明らかに銃刀法に引っかかる諸々のものを持っていって、何かの拍子に見つかったら、結構まずい。数日余裕があれば、それなりに手は打てたのだが。

「あいつらが襲ってきた時、空手じゃ心許ない」

 呟いた康平に、未明が声をかける。


「武器がないことが、心配なの?」

「まあ、なあ。ま、何か現地調達したもんで作ればいいか」

 鉄パイプ、チェーン――ホームセンターにでも行けば、いくらでも材料は見つかるだろう。工夫次第では何でも武器になる。

「しゃあないな。じゃ、支度するか。着替えだけ詰めりゃいいからな。席は――取れそうだな」

 ことが決まれば後は動くだけだ。さっそくネットでチェックしてみると、平日の為か空席があった。

「空港からは車の方がいいか……? いや、電車である程度距離を稼ぐか」


 地図を睨んでブツブツとプランを練る康平だったが、それまで何やら考え込んでいた未明に裾を引かれて顔を上げる。


「手を出して」

「ああ?」

「私が、武器をあげるわ」

「はあ?」

 何を言っているんだか、という視線を向ける康平だったが、未明はいたって真面目な顔をしている。


「左手を出して」

 未明が繰り返した。その眼差しに促され、康平は言われるがままに左手を差し出す。

 彼女は康平の手を取ると、やにわに右手の小指を噛み切った。


「おい!?」

「大丈夫」

 慌てる康平には取り合わず、未明はその小指から流れる血で彼の左手に何かをつづっていく。それは驚くほど明瞭な文様を刻み、より複雑になるに従って、康平の全身の血が滾り始めた。

「……くぅッ」

 思わず康平は呻き声を上げたが、未明は何か呟きながら自分の作業に没頭しており、ちらりと視線を上げることすらしなかった。やがて手を止めた未明は、目を閉じ、康平の左手を挟み込むように両手をかざすと、朗々と声をあげる。それとともに彼の左手の文様が強い光を放ち、沸騰した血液が流れているような灼熱感が全身を襲った。


 輝きは一瞬で、フッとそれが消えると同時に康平は強い立ちくらみを覚え、思わずその場に膝をつく。


「大丈夫?」

 未明が軽く眉をひそめて、尋ねてきた。

「――じゃ、ねえ」

 呻くように答えた康平の視界にはチカチカと様々な色の光が瞬き、足には力が入らない。

「すぐに治ると思うから、ちょっと休んでて。その間に荷物作ってくる」

 そう言うと、未明はさっさとリビングを出て行てしまった。


 残された康平は、何とか椅子の上に身体を引き上げぐったりともたれさせる。やけに重い左手を何とか持ち上げて見てみると、そこには何も残ってはいなかった。平も甲もためつすがめつしてみるが、血の染み一つない。いつしか、身体の熱も引いていた。

(これで、何ができるって言うんだ?)

 何かの魔法なのだろうとは思うが、康平には何も判らない。


 十分としないうちに、未明が大小のボストンバッグを抱えてリビングに戻ってくる。

「もう、平気?」

 椅子に座っていると、ジッと覗き込んでくる未明とまともに眼が合った。いつもの身長差がないと、何となく、居心地が悪い。康平は、わずかに視線をずらした。

「……大丈夫だ」

 答えて、立ち上がる。一瞬視界が暗くなったが、さりげなく瞬きするとすぐにおさまった。


「じゃあ、ちょっと左手を貸して?」

 言われるがままに手を差し出すと、未明がジッと目を凝らして見つめる。そして、顔を上げた。

「あのね、頭の中で使い慣れたナイフを想像して、『我に応えよ』って念じながら、『キ・サム』って唱えてみて? 『俺に応じろ』でも『従え』でもいいわ。とにかく、そんな感じのことを考えながら、だよ? あ、左の手のひらは上に向けておいてね」

 なんだかよく解らないが、取り敢えず従ってみることにする。言われたとおり、左手のひらを上に向けて。


「えぇと、き・さむ?」

「もう、気持ちが入ってない!」

 そう言われても、そんな呪文みたいなものを口にするのは、普通の二十九歳の男にしてみたらかなり恥ずかしい。

「あー、き・さむ」

「もっと!」


「キ・サム!」

 半ばやけくそで康平が声を張り上げる。


 その言葉とともに。


 康平の左手が燃えるように熱くなり、その手のひらに先ほど未明が刻んだ文様が浮かび上がる。そこから強烈な光が放たれたかと思うと、一瞬後には、彼の目の前に金属ともガラスともつかない、形だけはコンバットナイフをしたものが出現していた。


「手に取ってみて」

 呆気に取られていた康平だったが、未明の声に我に返る。

「ああ……」

 掴んだ途端に消えるのではないかと思いつつハンドルを握ると、それは怖いほどにしっくりと手に馴染む。

「それは、あなたの思考に応じて形を変えるわ。今はナイフを考えているから、それ。長剣になるように念じればそうなるし、あなたが構造をしっかりと想像できるのなら、弓や銃なんかにもなるわ」

「すげえな」

 呟き、言われたとおりに銃の部品一つ一つを思い出し、念じる。次の瞬間、ナイフは大型のハンドガン――Mk23へと変化した。手にずしりと馴染む感覚は、懐かしさとともにわずかな嫌悪感を思い出させる。


「これ……撃てんの?」

「あなた次第ね。あなたがそれを銃だと思って、発射できる構造だと思っていれば、撃てるわ」

「へぇ。でも、こんな便利なことができるんなら、もっと早くやってくれてもよかったじゃんか」

「……ええ……」

 目を伏せて答える未明の口は重い。

 また、康平に何かを負わせることに引け目を感じているのだろうか。

 だが、康平からしてみれば身を守るために使えるものは、全て使ったらいいと思う。彼のことも最大限に利用したらいいのだ。


 何を躊躇することがあるのだろうと、彼が怪訝な眼差しを彼女に向けると、それに気付いた未明が微笑んだ。

「でも、使いすぎると体力を消耗するから、使いどころを考えてね? で、戻す時は、出すのと同じ要領で『キ・ナム』……『我に戻れ』って唱えて」

「キ・ナム」

 早速口にすると、Mk23は瞬時に消え失せた。便利なことこの上ない。

「よし、じゃあ、一番の問題は解決したことだし、今夜はさっさと寝るぞ。明日は早いからな」

 そう言って、康平は未明を寝支度へと追い立てた。


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