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暗黒神話  作者: トウリン
来訪
1/65

 朝起きると、隣に女が寝ていた。


 そんな事態は、彼、黒木康平くろき こうへいにとってはそう珍しいことではない。むしろ、一人で目覚める方が稀かもしれない。

 特定の相手を作ったことはないが、一声かければ夜を楽しく過ごさせてくれる女はいくらでも寄ってくる。

 えり好みはしないから、下はハタチ、上はギリギリ四十まで、太いのも細いのも、だいたいイケる。

 よく言えば博愛主義、実際のところは無節操――それが、彼、黒木康平の社交感覚だ。


 だがしかし、そんなふうに間口が広い康平でも、どうこからどう見ても胸も腰もない、二次性徴の欠片もない子どもは、流石に守備範囲外なわけで。


「どういうことだ……こりゃ……?」

 呟いた康平は、昨夜を思い出すべく必死に頭を回転させる。勢いに乗って呑み過ぎたせいかなかなか記憶はよみがえってきてくれなかったが、脳味噌を絞るうちに、深海から浮き上がってくる泡のようにおぼろげな状況が見えてくる。


 そう、行きつけの飲み屋からの帰り道で一人佇む女性を見かけ……。


「確か……声を掛けた時は、美人のお姉ちゃんだったよなぁ」

 ぼやいた康平の疑問に、下から幼い声が返る。

「それ、私の姉よ」

 両肘を突いて上半身を起こした少女が、面白そうに康平を見ていた。

 年の頃は十かそこらか。妙齢の女性ならともかく、子どもの年は良く判らない。

 二つに分けてお下げにした栗色の髪に、猫のように丸く大きく心持ち眼尻の上がった栗色の瞳。明らかにガイジン顔ではないのだが、東洋人のものとも違う、国籍不明の顔立ち。確かに、ぼんやりと記憶に残る昨夜の美人の面影をどことなく宿しているような気がする。

 ――身に付けているのは、康平のTシャツのように見えるが。


「で、そのお姉さんは? なんだってまた、お孃ちゃんが俺のTシャツ着て俺と一緒に寝ているわけ?」

 そう、それが今の彼にとって一番大事な問題だった。

 だが、康平のその疑問に、少女は目を丸くして問いを返してくる。

「忘れちゃったの? 昨日、あなたの方から姉に声をかけてきたでしょう? 何か困ってるのかって。で、姉が私のことを頼むってあなたに言ったら、あなたは任せとけって、胸を叩いたじゃない」

「そう、だっけ?」

 康平は首を捻った。


 確かに、妙齢の女性に自分の仕事の話をしたのは覚えている。だが、彼女に仕事を頼まれたという記憶は、その部分だけすっぽりと抜け落ちていた。

 少女が言うのは、つまり、彼女の護衛をしろということだろうか。楽し気に目を輝かせながら見つめてくる彼女に何か危険が迫っているとは思えないから、あるいは、ただの子守なのかもしれない。


(まあ、それなら有り得るか)

 不承不承、彼は胸中で頷いた。


 彼の生業は、万事屋よろずやだ。

 人探しに物探し。

 護衛に――非合法すれすれ、いや、若干アウトなことも、たまには請け負うことがある。

 流石に子守は今まで頼まれたことがないが、まあ、依頼されたのなら受けたのかもしれない。


(しかしなぁ)


 酔った勢いで調子よく依頼を受けた可能性は大いにあるが、それでも微妙に納得がいかない康平に、少女は指を伸ばして彼の背後に向けた。

「信じられない? でも、ほら、そこに報酬置いてあるでしょ」

 指差された先を辿ってみると、サイドボードの上に手のひらに載るほどの袋がある。開けてみると色取り取りの宝石が詰まっていた。全て本物だとすれば、康平の数年分の稼ぎに匹敵するかも知れない。


 ここに報酬が置いてあるとなると、やはり少女の言葉は真実なのか。


「まずいぞ、俺。あの程度で記憶をなくすとは……年か?」

 齢二十九にして自らの肉体の限界を知ってしまったのかと頭を抱える康平に、少女が右手を差し出した。

「じゃあ、よろしくね。私は『みあか』って言います──未明って書いて、『みあか』って読むの」

 小さなその手のひらを、康平は渋面で睨み付けた。

 記憶には全くないが、一度引き受けた仕事を投げ出すのは、信用第一である康平の看板に泥を塗ることになる。そもそも、彼は依頼者の『理由』には興味がない。報酬がもらえて、康平の気が向けば、依頼を受ける。そして受けたからには全うするのが彼の方針だ。

 今回も、受けたというならやるしかないだろう。


 まだ子どもらしい柔らかさが残るその小さな手を、康平は溜め息を吐きつつ取る。

 実のところ依頼の内容さえよくわからない。


(まあ、何とかなるだろう)


 子守にしろ、護衛にしろ、こんな何もなさそうな少女一人、どうとでもなる。

 康平は、気楽にそう流すことにした。


 とはいえ。


(これからは、少し酒を控えるか)


 はあ、とため息をこぼした彼に、未明がにっこりと笑う。


 ――彼女の手を取ったことが自分にとって大きな変換点となることは、この時、彼は夢にも思っていなかった。


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