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■RINK_006_フェードイン■

◆AM:09:32◆


僕は衝撃的なワードを聴いた・・・。


———「もう死んでもいいかな

    ・・・お姉ちゃん?」———


——「お姉ちゃん・・・!?」——


僕が知る限りアオイさんにお姉ちゃんはいない!

そして僕が知る限り・・・死ぬ理由も見当たらない。


——「・・・!?」——


理解不能、僕の耳に飛び込んだ「死んでもいいかな」。

このワードが脳内メモリに大量に複製され、


——「死んでもいいかな」「死んでもいいかな」「死んでもいいかな」「死んでもいいかな」「死んでもいいかな」「死んでもいいかな」「死んでもいいかな」「死んでもいいかな」「死んでもいいかな」「死んでもいいかな」——


らせん状にグルグルグルグルグルグル————

不規則に駆け巡る!!


理解に苦しむ僕の脳内メモリは・・・

おそらく現在、潜在能力99%・・・

10%以内で生きてきた僕にとってとんでもない数字だ!

でもどれだけ処理速度を上げて考えても

アオイさんの行動を解析できるわけがない。


——情報量が少なすぎる——


だが・・・はっきりしている事は1つ。

今、僕の両目に映るアオイさんは、


———「自殺」をしようとしている———


そして、アオイさんの表情は後ろ姿で見えないが、

僕は容易にイメージができた・・・。

あの時、トレイで見た

アオイさんの冷たい目と表情だ————。


だがその緊迫したイメージとはかけ離れた光景が目に浮かぶ。


二人だけの空間の屋上は静まり返り。

背を向けるアオイさんのロングヘアーとスカートが優しくなびく・・・。

フェンスの向こう側、屋上の(ふち)に立つアオイさんの後ろ姿は微動だにせず、

誰もいない大草原に立ちすくむ1人の美少女・・・

(いと)おしいほど凛としていた。

そしてアオイさんの後ろに映る、青く鮮やかな空一面(そらいちめん)の背景・・・

油絵?いや水彩?

まるで一枚絵のイラスト?絵画を見ているかのように

僕の黒目には輝いて見えた・・・。

だが、僕はすぐに残酷な現実に戻される。


アオイのかすれた声が再び聞こえる・・・


「お母さんごめんね」

「私もお姉ちゃんの所に行くね」———



アオイの右足が3センチ、すり足で前方に動く。

両目ともに視力2,0の僕の視線は、

無意識にアオイさんの右足にフォーカスされた———


「!!」


ここは6階、高さ18,25メートル・・・

飛び降りたら、飛び降りた動力と重力で頭から落下。

脳挫傷(のうざしょう)頚椎(けいつい)の損傷で・・・確実に即死!


———僕は今、大切な生き甲斐を失う瞬間にいる———


——ピク・・・ピクピクピク——

感覚が薄れてきている僕の両足が痙攣(けいれん)する。

体内の血液が抜けていく感覚・・・

健康診断ではオールA。風邪もイフルエンザも発症した事がない僕にとって、

脳の血糖値が大幅に減少していくこの感覚は・・・


———恐怖だ!———


僕は小刻みに震えている自分の右手を見つめる・・・


——「どうする!?・・・僕!?」———


屋上の入口・・・僕が今いる地点からアオイさんがいるフェンスの向こう側。

屋上の縁までは約12メートル・・・。

1,1秒で僕はフェンスに到達できるが、

物音1つしない屋上・・・。

剣道部であるアオイさんが僕の気配に気づき、

びっくりしたアオイさんがその反動で落ちたら即死だ。

そのリスクは避けたい!


——「すり足でゆっくり距離を詰めるしかない」——


だが・・・時間はない。

いつアオイさんが飛び降りてもおかしくない状況だ!。


僕は階段の入口から、感覚が乏しい右足をそっと屋上の地面に踏み出す。

慎重に歩みを進め・・・距離を詰めたい感情と、

時がない焦る感情が影しく交差する。


——バクバクバクバク——


心臓の音ではない、

僕の耳元付近の血管が脳内に大量に流れる音。


僕は左足の2歩目を踏み出す・・・


そして入口の扉に背を向けながら慎重にゆっくり3歩目。

完全に僕の体は屋上の地面に両足を踏み出した・・・。


僕の本心は正面に立ちすくむアオイさんへの最短ルート。

単純に直線距離で歩を進めたい。

だが、僕とアオイさんの左側。フェンス前に設置されている、

等間隔(とうかんかく)で3つ並ぶエアコンの巨大な室外機を背後に進むルートを

僕は選択した・・・。


なぜなら、

気配を感じたアオイさんが、背後を振り向く可能性も考慮しなければならない。

振り向いた瞬間、室外機と室外機の間に身を隠す———

死角がどうしても必要となる。


僕は室外機を背にアオイさんの腰を見つめながら進む・・・。

人間が振り向く時、足元と顔、後頭部に視線を送りがちだが。

振り向く時に一番最初に動く関節は腰だ。


腰が動い後に足と首が同時に動く、これはリアルフィールドで得た経験だ。


過去に足元と顔ばかりを見ていた僕は2度ほど戦死した。

その教訓、スキルが本能的に身についていた僕は・・・

自然にアオイさんの腰に注力していた。


———・・・・・・———


神経を研ぎ澄ませていた僕は・・・気づいたら、

アオイさんとの距離、2,7メールまで近づいていた・・・。


僕が昨日まで7年間保ってきたアオイさんとの距離。

絶対領域!半径2.7メートル以上!。

あと一歩で、僕は自発的にその絶対領域を解放する・・・。


僕は少し躊躇(ちゅうちょ)したが、3秒後に僕は即決した。

そして、ゆっくりと右足を上げ絶対領域に踏み出そうとした瞬間————


——ブブッ——


——!———


——ブブ・・・ブブブ・・・——


スマホのバイブ音。

僕は自分のスマホかと思ったが、僕のスマホはバイブ設定をしていない。


アオイさんのスマホだ!だが今まさに自殺しようとしている人間が、

スマホのバイブ音など気にするわけもない。


—ブブ・・・ブブブ・・・——

鳴り止まないバイブ音、メールではなくて電話だ。


だがアオイさんの後頭部が少し動く。

僕はとっさに室外機と室外機の間に身を隠す———。


・・・そっと室外機の間から僕はアオイさんを見つめる。

僕の視点、左後方45度からはアオイさんの表情が少し見える。

僕が前の席順で観察していた、アオイさんとの角度・・・。


その見慣れたアオイさんとの角度に映ったのは、

屋上から地上の地面を見つめるアオイさんの表情。

どこか寂しさを感じる・・・。


——「今すぐアオイさんの左手をつかみたい!」——


だが、焦りは禁物だ!後3歩!

1,6メートルは距離を詰める必要がある。

手を伸ばして届く距離に到達したら、

一気にアオイさんの左手を掴みフェンスの内側に引っ張る!。


—ブブ・・・ブブブ・・・——

スマホのバイブ音が何度も何度も屋上に響く・・・。


僕の心拍は今までに感じた事がないほど脈を打っていたが、

僕がイメージしているプランを実行に移せる可能性は・・・


———93 %———


アオイさんは跳び下りるタイミングだけに注力している・・・。

このチャンスを逃したくない焦りと葛藤しながら、

僕は再びそっと室外機に背を向け、一歩足を踏み出す・・・。

そして、もう一歩と二歩目を出そうとした時だった———


「Aoi Bonjour!」


僕とアオイさんの目が、同じタイミングで見開く———


————?!!———


アオイさんのスマホからノイズかかった音声!。

アオイさんの両腕は力なく・・・宙ぶらりんの状況だ。

右のスカートのポケットに入っているスマホには

もちろん触れてなどいない。


「Aoi Bonjour?」


再び音声が聞こえる・・・フランス語!?


さすがのアオイもこの音声には反応し、

スマホをポケットから出す・・・


「ごく・・・」

スマホを出すアオイを僕は生唾(なまつば)を飲みじっと見守る・・・

「・・・・・・」


アオイはゆっくりと取り出したスマホのディスプレイを見つめる・・・。


その瞬間、僕の視点からでもアオイさんの顔色が変わったのはわかった。

そしてアオイさんの聞き慣れた声が僕の耳に聞こえる———


「ピエール・エンリケ!?」


———!!!———


ピエール・エンリケ!?

僕は耳を疑った、後方45度・・・

僕の視点からもスマホのディスプレイが目に入った———


間違いなく、そこにはピエール・エンリケが写っていた。


そしてピエールが日本語でアオイに伝えた次のワードが、

・・・後に僕とアオイさんの運命を決めた・・・


「アオイ君 君の命・・・僕にくれないかい?」


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