魔法学園93
「例えばですけど、この外傷に効く〝モギの葉〟ですが、これに外傷を治す治癒魔法を混ぜ合わせて保存できたら、二重の効果が得られますよね? しかも、治癒師がいなくても治癒魔法が受けられ、また怪我人が大勢出た時だって、治癒師の魔力が足りないなんてことも減るのではないかと思います」
「確かに……それはかなり画期的な発想だ。だがそれを実現するとなると……まさかできたのかい?」
「いえ、まだです」
「だよね」
ヴィヴィの説明にレンツォは呟き、そしてはっとして問いかけた。
もちろん、できてなどいるわけなく、ヴィヴィがすかさず答えると、レンツォはちょっと残念そうに頷く。
「今のは例えでしたから。将来的には、治癒師の魔力を薬草と混ぜ合わせて、その効能を高めることができれば素晴らしいと思うのですが、まだまだ遠い道のりだとはわかっています。ただそれとは別に、治癒魔法を保存することができれば、治癒師の魔力切れで治療を施せないということも少なくなるのではと考えたんです。魔法ランプはランプの中に光を結集させる石――光集石があって、その光集石に魔法使いが光魔法を施しているからこそ、誰でも簡単な詠唱で光を灯せるようにしたんですよね? 光を結集できるなら、治癒魔法も結集できるのではないかと」
「ああ、そうか! なるほど。ヴィヴィの言う通りだね! 魔法ランプは当たり前になりすぎていて、すっかりその構造を忘れていたよ! だけど、うん、そうだ……光を結集させることができるなら、治癒能力だってできるかもしれないよね?」
「はい。そう考えて、まずは光集石を――まだ光魔法を施されていない原石を取り寄せて試してみたのですが、ダメでした」
「ああ、そこまでは試したんだね?」
レンツォは子供のように顔を輝かせている。
ヴィヴィはゆっくりと思い出すように、ランデルトが卒業してしまってからの寂しさを埋めるための実験結果を話し始めた。
「まずはランプに使われている大きさのまま、外傷に効果のある治癒魔法を施してみました。それから一日置いて、学園の闘技場の近くにある大木の傷口にその光集石を当ててみたのですが、やはり何も起こりませんでした。ランプのように簡単な詠唱がいるのかと思い詠唱すると、石に変化はなく、私の魔力が消費されて幹の傷が治ってしまっただけだったんです。それで次の日にミアに協力してもらって同じように他の樹の傷に石を当て、治癒魔法の詠唱をしてもらったのですが、何も起こりませんでした。他には、石を細かく砕いて傷口に塗ってみたりもしたのですが、同様の結果でした」
「なるほどね。光集石はやはり光を結集させるだけの石でしかないってことだろうね。だけど何か他に、治癒魔法の力を集め保存できるものが存在するかもしれない。うん、もしそれが発見できればすごいことだよ」
レンツォは今までにないほど興奮していた。
居ても立っても居られないのか、ソファから立ち上がって部屋の中をうろうろし始めている。
そんなレンツォを落ち着かせようと、ずっと黙って控えていたミアはお茶を淹れ始めた。
ちなみに闘技場の周囲には大きな木が何本も植えられているのだが、魔法騎士科の生徒たちの準備運動の時などに、誤って傷つけられてしまうのだ。
しかも教師が何度注意しても減らない。
仕方なく、その傷ついた木は生徒たちの治癒魔法の練習がてら修復されるようになっている。
そのことをレンツォもよく知っているらしく、先ほどのヴィヴィの説明でも、そのあたりについての突っ込みはなかった。
それからは、二人で治癒魔法の能力を保存できる方法を懸命に模索していった。
まずしたことが、魔法ランプ――光集石を発見し、ランプへの活用を導き出した人物の伝記や、さらに詳しい記録を調べることである。
伝記では光集石の偶然の発見がランプ開発につながったとあったが、世の中そんなに簡単ではないとレンツォは言い切った。
きっとこのあたりは大人の事情で隠されているのではないかと。
結局は、他国のことなのであまり踏み込むことはできなかったが、それでもある程度は参考になった。
二人とも朝から晩まで研究に没頭し、ミアのストップがかかるのでヴィヴィは自宅に帰っていたが、レンツォはかなり睡眠を削っていたらしい。
ある日、ふらついてしまってミアにこっぴどく怒られていた。
この三人でいる時はもう、身分は関係なくなっている。
研究を初めて二十日も経った頃になるとヴィヴィもくじけそうになってきていたが、前世で聞いたことのあるエジソンの言葉を思い出して頑張った。
(まあ、あの言葉の本当の意味は、その1%のひらめきこそが大切なんだって話だっけ……)
ふと嫌なことまで思い出したヴィヴィは、いったい自分は何をしているのだろうと疑問に思った。
こんなことを続けて役に立つのかと。
そんな弱気な自分に気付いたヴィヴィは、疲れていることを自覚した。
体調が悪いと、どうしてもマイナス思考に陥ってしまうものだ。
すると、ヴィヴィはさらに大切なことを思い出した。
(そういえば、課題を全然やってない……)
長期休暇終了まであと二十日弱。
七回生へと上がる前にと出されたあの大量の課題を終わらせることができるのかと、不安になってきたヴィヴィは勢いよく立ち上がった。
「お嬢様?」
「ん? ヴィヴィ、どうした?」
「私、帰ります」
「今からですか?」
「何か忘れ物かい?」
「はい。すっかり課題を忘れておりました」
「まあ……」
「おや……」
ヴィヴィの言葉に、ミアは手で口を覆って驚きを隠し、レンツォは目を丸くする。
どうやらミアもすっかり忘れていたらしい。
ヴィヴィとほとんど行動を共にしておきながら、課題のことには触れなかったのだ。
だがもちろんそれはミアのせいではなく、ヴィヴィの責任である。
ヴィヴィは立ち上がったままレンツォに深く頭を下げた。
「このまま結果も出せずに離れるのは残念ですが、ひとまず課題を片づけてまいります。それからまた、こちらにお邪魔してもよろしいでしょうか?」
「ああ、もちろんだよ。むしろ、こちらこそ気がつかず悪かったね。学生の本分は勉強だから、かまわずしっかり課題を終わらせて、またおいで」
「はい、ありがとうございます」
「それではレンツォ様、私も失礼いたします」
「うん、ミアもいつもありがとう」
ヴィヴィがレンツォに挨拶すると、笑顔で送り出してくれた。
心残りはかなりあるが仕方ない。
ミアにも研究に没頭しすぎたことを謝罪して、屋敷に戻ったヴィヴィは、今度は課題に没頭した。
それくらい本気で取り組まないといけないほどに内容は難しく、量も多かったのだ。
少々甘く見積もっていたヴィヴィは、長期休暇が終わる前日まで課題にかかることになった。
五日前にはレンツォにその旨を書いた手紙を送り、残念だけど勉強を頑張るようにとの返事をもらっている。
学園をやめてでも研究を続けたい気持ちがまったくないわけではなかったが、それこそ本末転倒というか、やはり基礎学習があってこそ研究に成果も出せるはずだとヴィヴィは自分を納得させた。
魔法学の授業はともかく、必要ないと感じる授業もあったが、それは学生がよく陥る逃げの思考だと言い聞かせる。
社会に出ていったい何の役に立つのだと思った授業も、大人になって直接は必要なくても、人間としての基盤を作ってくれていたのだと今なら思う。
そしてどうにか課題を終わらせて、新学期を迎えたヴィヴィは、始業式でランデルトのいない生徒会を見つめながら寂しく思っていた。
ところが、その後のクラス委員決めで、気がつけばヴィヴィは生徒会の執行部員になっていたのだ。
(あれ? ……ぼうっとしている間に決まってしまった……)
魔法科の生徒会執行部員であったドミニクが三役――書記になったために、新たにクラスから一人選出することになったのである。
そのことを耳にしながらもぼうっとしていたヴィヴィは、ドミニクに推薦された時にも何も言わなかった。
そのため、拍手の音で我に返った時には皆の賛成で決まった後だったのだ。
(学園をやめるとか、絶対無理な状況になってしまった……)
何とも言えない皮肉に、ヴィヴィはおかしくなってしまっていた。
ランデルトがいない生徒会に入ることもそうだが、研究に没頭したいという願いもあと二年は叶わない。
しかし、学園に残ることになったお陰で、ヴィヴィは後に世界的大発見をすることになるのだった。