魔法学園90
いよいよランデルト先輩たちの卒業式の日。
在校生として出席するのは七回生と各クラス委員なので、ヴィヴィは式が終わる頃になって他の生徒たちと一緒に体育館前に来ていた。
ここでお世話になった先輩に花などを贈るのだ。
ヴィヴィは生徒会の先輩たちや、去年の魔法祭の時に仲良くなった実行委員の先輩たちのために花束を用意していた。
卒業パーティーは夕方からで、時間はしっかりとある。
寮ではミアがドレスを用意して待ってくれているはずだ。
ヴィヴィは八回生が出てくるのを去年とはまったく違う気持ちで待っていた。
クラーラやジュリオたちが卒業するのも寂しかったが、今年は特につらい。
それでもこれが別れではないので涙を見せることなく、笑顔で出てきた先輩たちを迎えた。
「ランデルト先輩……ご卒業、おめでとうございます」
「……ありがとう、ヴィヴィアナ君」
生徒会長のランデルトの許にはたくさんの生徒たちが集まっているのだが、皆がヴィヴィに譲ってくれたので、一番にお祝いを言うことができた。
そして、持っていた花束を渡す。
きっとたくさんもらうだろうと思い、青を基調とした小さな花束だ。
本当はもっと話したいことがあったが、順番がつかえているので、「またあとで」と約束して、隣にいたダニエレに声をかけた。
「ダニエレ先輩、おめでとうございます」
「おお、マジか。俺にも花をくれるなんて優しいな。ヴィヴィアナ君の意地の悪い恋人と違って」
「誰の意地が悪いって? ヴィヴィ、ダニエレに花なんてやるなよ、もったいない」
「ほら、そういうところだよ。ヴィヴィアナさん、今からでも俺に乗り換えない?」
「え? あの……」
「ダニエレ……」
「ほらほら、後輩たちが待ってるよ、ランデルト。笑顔、笑顔」
ダニエレとはあまり接する機会はなかったが、やはり覗き見の常習犯として、ヴィヴィは勝手になじみ深く感じていたので、お祝いの花を用意していた。
すると、ダニエレは喜んでくれたが、ランデルトが不機嫌に割り込む。
しかもランデルトはヴィヴィを愛称で呼んでいることにも気付いていないらしい。
ダニエレはそれを面白がってさらに煽るのだが、さすがにランデルトも状況のせいか我慢しているようだ。
ヴィヴィは困惑しながらも、最後の最後でこの二人のやり取りを直接見ることができて嬉しかった。
それからは他の先輩方にもお祝いの言葉と花を贈ると、ヴィヴィは先に寮へと戻ることにした。
それをランデルトに視線だけで伝えると、軽く頷いて応えてくれる。
何となく嬉しくなったヴィヴィは、自然と笑顔になって寮へと戻った。
それでも、去年の今頃はランデルトと裏方の仕事をしていたことを思い出し、再び寂しくなってくる。
今頃はきっとジェレミアたちが頑張っているだろう。
部屋に戻ると、ミアが待ち構えていてお風呂を勧められる。
その後適温に保たれた部屋の中で、香りのいいオイルでマッサージをしてくれた。
ヴィヴィは香水をつけないが、よく何を使っているのかと聞かれるくらいのオイルなのだ。
「さあ、お嬢様。仕上がりましたよ。最高にお綺麗です」
「ありがとう、ミア! 最高かどうかは別として、すごく素敵!」
大きな姿見の前に移動して、大きめの手鏡を持たせて褒めてくれたミアに、ヴィヴィは鏡に映した自分を見つめながらお礼を言った。
それから鏡を下ろし、誇らしそうなミアを改めて見つめる。
「本当に、いつもありがとう。ミアがいなかったら、この学園生活はとても大変なものになっていたと思うわ」
「何をおっしゃっているのですか。まるでお嬢様がご卒業されるようでございますよ?」
「あら……」
ミアに穏やかに指摘され、ヴィヴィもその通りだと気付いて笑った。
どうしても感慨深くなってしまう。
ランデルトは三日後にはあの墻壁を抜けて、北へと行ってしまうのだ。
同じく魔法騎士科の八回生と婚約してる先輩がいるが、その恋人はどうやら第二部隊らしく、王都からそれほど離れていないらしい。
出発も五日後だと言っていたので、それまでに一度デートをすると話していた。
羨んでも仕方ないが、三日もあれば一日――せめて半日でも会えないかと思ったのは内緒である。
(これから学生気分を忘れて、命がけの訓練が始まる先輩に我が儘は言えないもの……)
噂で聞いただけではあるが、第五部隊は第三部隊に次いで過酷な部隊らしい。
どうやら魔物被害が多く、治癒師もあまり行きたがらないのだ。
レンツォは当番が回ってきた時に、わざわざ第五部隊を選んだというのだから、変わり者と呼ばれるのだろう。
ちなみに第三部隊は魔物被害も尋常ではない地域に配属されているらしいが、隊長をはじめ隊員たちも尋常ではない強さらしく、怪我人はあまり出ないそうだ。
またレンツォ以上に変わり者と呼ばれる治癒師が三人常駐しているらしい。
(本当は可愛らしく我が儘が言えたらいいんだけど……。上目遣いに『会いたいな』って……。そういうのはやっぱり無理か)
前世では色々と駆使していたが、今のヴィヴィアナ・バンフィールドのキャラではない。
だからこそ、ランデルトも好きになってくれたのだと思う。
そう考えた時、ノックとともにマリルとアルタの声が聞こえた。
ミアが応対し、入ってきた二人はヴィヴィを見て感嘆の声を上げる。
「まあ! ヴィヴィ素敵!」
「すごく綺麗よ、ヴィヴィ」
「ありがとう、マリル、アルタ。ミアの腕のお陰よ」
二人ともランデルトが迎えにくる前に、ヴィヴィの装いを見たかったらしい。
三人であれこれと話しているうちに時間が近づき、ミアに声をかけられた。
そろそろ寮のエントランスの隣にある待合い室に移ったほうがいいと。
「それじゃあ、行ってくるわ」
「楽しんできてね」
「いってらっしゃい、ヴィヴィ」
「ありがとう。いってきます」
マリルとアルタに廊下で見送られ、ヴィヴィはミアに付き添われて待合い室へと向かった。
待合い室では迎えを待つ八回生の先輩やパートナーとして出席する女子生徒も多くいた。
その中にリンダを見つけて、ヴィヴィは手を振る。
リンダは手を振り返し、隣に座るようにとソファを叩いた。
「リンダ、いつの間に婚約したの?」
「違う、違う。兄のパートナーなの。ヴィヴィはもちろんランデルト先輩よね?」
「え、ええ」
「いいなあ。私も兄じゃなくて、ランデルト先輩のような素敵な男性のパートナーだったらと思うわ。だから今日はダンスじゃなくて、おもいっきりご馳走を食べるつもり」
ヴィヴィとリンダが話していると、ミアが急ぎ近づいてきた。
リンダに「また、あとでね」と声をかけて立ち上がると、ミアの最終チェックを受ける。
ランデルトが迎えにきてくれたのだ。
すぐに寮監の女性から名前を呼ばれ、ヴィヴィは緊張しながらも返事をして、ランデルトの許へと向かった。