魔法学園8
「信じられない……どうして私が生徒会補助委員なのよ。悪いのはフェランドじゃない!」
「でもヴィヴィには向いている役職だと思うよ?」
「ありがとう、マリル。でもね、問題はそこじゃないの」
「ああ、ごめんね、ヴィヴィアナさん。クラス委員長のほうがよかった?」
「そんなわけないじゃない!」
「だよね? 僕としては、気心の知れたヴィヴィアナさんが委員長をしてくれたほうがよかったから、あの場で推薦しようかと思ったんだ。だけど、きっとヴィヴィアナさんは嫌がるかと思って、やめたんだよ」
まるで感謝してほしいと言わんばかりのジェレミアの態度に、ヴィヴィは腹を立てた。
ヴィヴィを生徒会補助委員に推したのはもちろんジェレミアである。
生徒会補助委員になれば、そのまま六回生で生徒会に入ってしまうことが多く、ヴィヴィは委員長とともに避けたい役職の一つだった。
ただクラス委員長とともに名誉ある役職の一つなので、将来を考えればなりたがる生徒は多い。
「くそ、ジェレミア。何で俺が魔法祭実行委員なんだよ。せめて他にもあっただろうが」
「お祭り騒ぎが好きなフェランドにぴったりだと思うけど?」
「フェランドには苦情を言う資格はないわよ。私まで巻き込まれたんだから。しかも! 女子の実行委員にマリルを推すなんて、最低」
「わ、私は……頑張ります」
実行委員がフェランドに決まった時、また女子の間に殺気立ったものが漂ったが、フェランドがあっさり一緒にするならマリルがいいと言ったのだ。
五年前の予想通り、チャラ男なイケメンと化したフェランドは、バレッツ侯爵家の嫡子ということもあり、女子にモテる。
マリルが嫌がらせされないか心配なヴィヴィだったが、密かなマリルの恋心も知っているだけに阻止することもできなかった。
必死に隠したいらしいマリルのために、ヴィヴィは知らないふりをしている。
(はあ。こんなチャラ男のどこがいいんだか……)
ヴィヴィは深くため息を吐いた。
好きだから魔力の相性が良くなるのか、魔力の相性が良いから好きになるのか。
卵が先か、鶏が先か、というくらいの疑問である。
(私も恋をすれば、わかるのかな……)
などとヴィヴィは考え、目の前のフェランドを見つめながらパンを口へと運んだ。
それから隣のジェレミアに視線を移し、イケメン二人を前にしても胸がときめかないことに安心する。
(うん。前世と違って、イケメンには耐性ができたみたい)
今、四人は食堂で一緒に食事をとっているのだが、今日はたまたまなだけでいつも一緒というわけではない。
ジェレミアとフェランドは何だかんだと一緒にいることが多く、ヴィヴィとマリルは選択授業も同じなのでいつも一緒なのだ。
ジェレミアとフェランドの二人は学園でも飛び抜けてカッコいい。
そのせいでヴィヴィは女子に妬まれているが、今のところは大きな問題とはなっていないので特に気にしていなかった。
前世でイケメン彼氏をゲットした時にも同じようなことはあったからだ。
ちなみに、ヴィヴィは他にもカッコいいと言われる先輩を、恥ずかしがるマリルとともに見に行ったこともあるが、素直に「おお、イケメンだ」と思いこそすれ、ときめくことはなかった。
今の自分に満足して食事を終え、四人で食堂を出たところで、ジゼラが近づいてくるのが見えた。
後ろに二人の取り巻き――友人を引き連れているところは、まるで悪役のようである。
「ジェレミア様。今、少しよろしいでしょうか?」
「うん、何かな?」
「あの……今日の放課後、各学年の委員長会がございますでしょう? 私、初めてで少々不安になっておりまして、ご迷惑でなければご一緒してくださらないかと、お願いにまいりましたの」
頬を染め、自信なさそうに言うジゼラはとても儚げで庇護欲をそそる。
その姿にヴィヴィはまた「けっ!」と吐き捨てたくなった。
寮でヴィヴィに嫌味を言う時とは表情も声音もまったく違う。
「――もちろんだよ。ただ僕も初めてなので、頼りになるかと言えば、そうもいかないけどね」
「まあ、そんな! ジェレミア様が傍にいてくださるだけで心強いですわ」
(おいおい、どこのお姫様だよ)
言葉遣い悪く、ヴィヴィが心の中で突っ込むのも仕方ないだろう。
胸の前で両手を組み、ほっとした様子で喜びを表すジゼラは、前世で一度だけ観に行ったミュージカルの女優を思い出す。
ジェレミアは相変わらずの微笑みを浮かべていて、その心情はわからないが、おそらく同じ委員長として割り切っているのだろう。
フェランドは今にも笑いだしそうで、マリルは素直にジゼラの言い分を信じているようだ。
(マリルはこういうところが、他の女子から――ジェレミアやフェランドファンから目をつけられないでいられるのかも。にしても、フェランドは女子のこういう強かさをわかっていて好きだなんて、物好きよね)
ジゼラはジェラルドから満足のいく返答をもらったからか、最後にお礼の言葉を述べて去っていった。
ちらりとヴィヴィにドヤ顔を向けてから。
(詰めが甘いわよ、ジゼラさん)
今の表情をジェレミアはともかくフェランドはしっかりと見ていたようだ。
堪えきれなかったのか、「くくっ」と笑いが漏れている。
「可愛いなあ、ジゼラさん」
「フェランドって……」
「何?」
「いいえ、何でもないわ」
趣味が悪いと言いそうになって悪口になると思い、ヴィヴィは誤魔化した。
だが、フェランドにはしっかり通じていたようだ。
にやりと笑って訊いてもいないことに答える。
「自分の欲望に忠実な子は好きだよ。しかもそれを隠さず邁進する姿は好感が持てると思わないか? 彼女は嘘が吐けない子だよ。それって言い方を変えれば純粋ってことじゃない?」
「……まあ、そう、かな?」
ちらりとマリルを見ながらも、ヴィヴィは納得してしまった。
今までもジェレミアやフェランドと仲が良いことに嫌味を言ってくることは多々あったが、全て真正面からだ。
他に嫌がらせをしてくる女子生徒は多いが、ほとんどが姿を現さずに陰でこそこそしている。
「フェランドも少しは考えているのね」
「少しって何だよ! すげえ考えてるよ!」
ヴィヴィがぼそりと呟くと、フェランドが不服を訴えた。
ちょうどその時、チャイムが鳴り、皆は席に着く。
フェランドはまだぶつぶつ文句を言っていたが、ヴィヴィはずっと黙ったままのジェレミアが気になっていた。
いつもなら口を挟んでくるだろうに、何か考えているようだ。
「どうかした?」
「いいえ、何でもないわ」
「そう?」
ヴィヴィの視線に気付いて問いかけてきたジェレミアだったが、フェランドと違ってあっさりと引く。
授業が始まってからもジェレミアは先生を見ているようで、時々前の席のジゼラを見ていた。
(まさかとは思うけど、、ジェレミア君ってば恋に落ちちゃった?)
今までジゼラとは同じクラスになったことがなかったために眼中になかったが、今回のことで認識するどころか強く意識してしまったのかもしれない。
そう思うとヴィヴィはどことなく落ち着かなかった。
するとジェレミアはまた視線を感じたのか、ヴィヴィに向けて微笑んだ。
それはいつもの嘘臭いものとは違う、少し照れたような笑顔で、ヴィヴィは衝撃を受けた。
(本当に……恋している!?)
あまりに驚きすぎて、ヴィヴィはふいっと顔を逸らしてしまった。
胸がどきどきするのは、ジェレミアの恋心にあてられてしまったせいかもしれない。
それからはジェレミアを見ることもできず、放課後になっても簡単に別れの挨拶だけをしてヴィヴィは生徒会補助委員の集まりへと向かったのだった。