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魔法学園83

 

 ジェレミアとレンツォの初対面は、何事もなく無事に終わった。

 レンツォはボンガスト家の人間としてではなく、ただの薬師としてジェレミアに接したからでもあるだろう。

 二人の会話を――主に薬師の仕事についてだが、話を聞いていたヴィヴィは、ジェレミアの新たな一面を見て不思議な気分だった。

 いつもの気安いジェレミアではなく、王子然としたジェレミアはやはり違う。

 王宮での薬師の待遇改善について意見を述べるジェレミアは、すでに立派な為政者だった。


 そして、ヴィヴィの弟子入り期間もあっという間に終わり、レンツォにお礼と配属先での無事を祈って別れた翌日。

 ヴィヴィはランデルトとのデートを前にかなり緊張していた。

 今日こそ、舞踏会のパートナーとして申し込まれるのではないか、そうなるとプロポーズされるかも、と期待してしまうのだ。


「ミア、どこもおかしくないわよね? それとも気合入れすぎ?」

「お嬢様はとても素敵でございます。自信を持ってくださいませ」

「うん……。いつもありがとう、ミア」


 今日のデートは劇場に行く予定だった。

 劇場で上演されるのは夜がメインだが、昼間は大道芸のような出し物があり、その後に軽い演劇が催される。

 要するに、お子様から学生向けの演目であり、健全なデートによく利用されるのだ。


(でも、劇場では二人きりになれないし、その後にカフェに寄る予定だけど、たとえ個室があってもやっぱり二人きりになれないわよね……)


 だが、雰囲気によっては、付き添いのミアが気を利かせてくれるかもしれない。

 ランデルトもミアとはすっかり仲良くなっているので、ちょっとくらいは無理を言う場合もある。


(って、これで何もなかったら泣ける……)


 前世でもプロポーズされるかも的な経験は残念ながら一度もなく、こういう場合にどうしたらいいのか、ヴィヴィにはわからなかった。

 期待しすぎても後で悲しくなるだけかもしれないのに、やっぱり期待してしまう。


 ヴィヴィはランデルトが迎えにくるまでのわずかな時間がとても長く感じられ、座ったり立ったり、部屋の中をうろついたりと、動き回っていた。

 そんなヴィヴィを、ミアは優しく見守る。

 そしていよいよランデルトの迎えの馬車が伯爵家にやって来た時には、ヴィヴィの緊張はピークに達していた。


「ミア、どうしよう。もう無理かもしれない……」

「お嬢様、心配なさらなくても大丈夫でございます。今日のお嬢様は一段とお美しく、ランデルト様もきっと驚かれると思いますよ。それに、緊張なさっているのはランデルト様のほうではないでしょうか?」

「……そうかな?」

「はい。男性は意外と繊細な生き物ですからね。強がってはいますけど、女性の支えなしではすぐに弱ってしまうんですよ。ですから、お嬢様はいつものように微笑んでいらしてくださいませ」

「うん……。わかった。ありがとう、ミア」


 ヴィヴィはその言葉にかなり納得してお礼を言うと、ミアはいつものおおらかな笑みを浮かべて頷いた。

 その笑顔を見たヴィヴィはほっとして、執事が呼びにくるまでにはかなり落ち着くことができた。


「こんにちは、ヴィヴィアナ君。今日は誘いを受けてくれて、ありがとう」

「こんにちは、先輩。こちらこそ、お誘いいただきありがとうございます」


 母や執事が見ているため、儀礼的な挨拶をしながらも、二人は視線を交わして悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 それから二人はヴィヴィの母に挨拶をして馬車に乗り込む。

 プロポーズされるかもと、そればかりに気を取られていたが、観劇は大好きなのだ。

 一旦プロポーズのことは忘れて、今日一日はデートを楽しもうとヴィヴィは決めた。


 実際、デートは楽しかった。

 しかし、カフェでお茶をしてそろそろ帰ろうかという時間になると、再び落ち着かなくなる。

 そして何もなく馬車に乗った時には、もうヴィヴィは諦めていた。


(結局、何もなしなのね……)


 落ち込みながらもため息を呑み込んで、車窓から外を眺めたヴィヴィは、見慣れない風景に驚いた。

 どうやら馬車は郊外に向かっているらしい。


「やっと気付いた?」

「先輩? あの……どちらへ?」


 ランデルトは戸惑うヴィヴィに笑みを向けるだけで、答えてはくれない。

 貴族の屋敷街とも、黄色い花がたくさん咲いていた丘とも違う方向なことだけはわかる。

 しかし、地理に疎いヴィヴィには行き先がさっぱりわからなかった。

 時間的にあまり遠くではないはずだ。

 それでも不安になるよりも期待が高まる。

 これはひょっとして、と。


 ミアに動じた様子はないので、前もって知らされていたのかもしれない。

 考えてみれば、ランデルトの性格上、ヴィヴィを行き先も告げずに連れ出すはずもなく、おそらく母にも許可を取っているのだろう。


「着いたようだ」


 やがて馬車が止まり、ランデルトは一言呟くと、扉を開けてさっさと降りてしまった。

 だがすぐにヴィヴィへと手を差し出してくれる。

 ヴィヴィは期待に胸をドキドキさせながら手を取ると、馬車から降りて周囲を見回した。


「……ここは?」

「王都の外れにある宿場町だよ。まだ国が安定していなかった頃の名残で、ここには墻壁があるんだ。今は一種の観光名所のようになっている」

「ああ! 話には聞いたことがあります。一般にも開放されていて、中に入ることもできると」


 少し先にある高く大きな石造りの壁を見上げてヴィヴィは答えた。

 平和が訪れ、国が栄えると壁は必要なくなり、街が広がるにつれて撤去されたりしたそうだが、ここは当時の面影そのままに残っている。

 管理はこの地域に任されているらしく、入場料を払えば見学できるらしい。


「そうなんだ。ちょっと階段が急だけど大丈夫だろうか? 上から見る景色は最高だよ」

「が、頑張ります!」


 ぐっと両手を握りしめ、気合いを入れて返事をすると、ランデルトは悪戯っぽく笑って手を差し出す。


「中は本当に狭くて急だから、手を……」

「は、はい」


 墻壁までにまだ距離はあるが、ヴィヴィは握り締めていた手を開き、差し出されたランデルトの手を取った。

 そして、もう階段を上っているかのようにどきどきしながら、壁に向かったのだった。




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