魔法学園78
翌日、浮かれ気分で突入した長期休暇で実家に帰ったヴィヴィは、両親や次兄のヴァレリオからの愛情たっぷりのお帰りなさい攻撃を受けた。
それはいつものことなのでどうにかやり過ごし、部屋に戻って着替える。
そして居間へ入ると、母だけでなく父とヴァレリオまでいることにヴィヴィは驚いた。
てっきり王宮へ仕事に行くと思っていたのだ。
「お父様、ヴァレリオ兄様も、お仕事はよろしいのですか?」
「よろしいも何も、可愛い娘が帰ってきたのに、なぜ仕事などしなければならない」
「仕事だからです」
「ヴィヴィが冷たい……」
父がわざとらしく嘆き、母がよしよしと慰める。
そんな両親をヴィヴィは白けた目で見ていたが、それはヴァレリオも同様らしい。
「父上、母上に甘えるのは後にしてください。大切な話をヴィヴィにしなければならないでしょう?」
「大切なお話、ですか?」
兄の言葉にヴィヴィは驚いて、隣の兄から向かいの父へと視線を戻した。
途端に父は真剣な表情に変わり、ヴィヴィを真っ直ぐに見つめる。
その視線を受けて、ヴィヴィは背筋を伸ばした。
「ヴィヴィ、学園から連絡がきたが、治癒魔法を扱えるようになったらしいね?」
「はい、お父様。ですが、まだとても弱くかすり傷を治せる程度です。先生もこれから伸びるかどうかはわからないとおっしゃっていました」
「そうだね。治癒魔法については、その程度なら扱えるという者のほうが多いからね。実のところ、私も扱えるんだよ」
「お父様もですか?」
「ああ。だが、治癒師になれるほどではないからね。わざわざ公にはしていない。それはヴィエリとヴァレリオも同様だ」
「お兄様たちも?」
「うん、そうだよ」
ヴィエリとは、ヴィヴィの長兄のことだ。
今はバンフィールド伯爵家を継ぐために、結婚して領地の管理を任されている。
ヴィヴィは魔法科に進むにあたって、両親には魔法使いになりたいわけではなく、研究をしたいのだと伝えていた。
生活に便利な道具を開発したいと。
やはり治癒魔法については、そもそもの動機がランデルトのためであったので、両親には言えていなかった。
その後に考えるようになった、魔法薬についても。
「だから今回、学園からヴィヴィが治癒魔法を扱えるようになったと聞いた時は、それほどには驚かなかったよ。女性としては珍しいが、最近は特にヴィヴィの魔力が強くなっているとも聞いていたからね」
「そうですか……」
頷きながらも、ヴィヴィはこの話がどこへ向かうのか不安だった。
ヴィヴィに甘い両親ではあるが、限度というものはあるはずだ。
もし治癒師になれたとしても、王都から離れることは許してくれない気がする。
「私たちの場合は政経科に在籍していたからね。治癒師になるつもりもなければ、習得するつもりもなかった。ただ授業の一環として受けただけで、たまたまその片鱗が見えただけなんだよ」
魔法科以外にも魔法騎士科はもちろん、政経科や家政科も魔法学の授業は卒業まで続く。
その中で、魔法の才能があれば転科することもある。
やはり魔法はこの世界では重宝されるからだ。
「お父様たちは、もっと魔法を学びたいとは思われなかったのですか?」
「私は魔法ではなく、政治でこの国を守り、発展させたいと思っているからね。幸い魔力はあるので、最低限の魔法は扱える。それだけで十分だよ」
「僕も父さんと同じ考えだよ。騎士ができるほどの体力に自信はないけど、口だけは立つからね。僕は外交で力を発揮できればと思っているんだ」
「私、初めてお父様とお兄様のお気持ちを知りましたが、すごくかっこいいと思います。私は娘として、妹として、誇らしい気持ちでいっぱいです」
ヴィヴィ自身は魔法でみんなの生活を少しでも楽にできればと考えて魔法科を選んだが、政治の力でみんなの生活を守ることも大切なのだ。
改めてそのことに気付いて、ヴィヴィは二人に尊敬の眼差しを向けた。
兄のヴァレリオは照れくさそうに笑い、父である伯爵は娘に褒められ鼻の下を伸ばしている。
そこに母がわざとらしく咳払いをした。
どうやら、本題に入れと父を促しているらしい。
「ええっと、それでだね。ヴィヴィに確認しておきたいことがある」
「――はい」
素直に返事をしながらも、ヴィヴィは緊張していた。
もし治癒師になることを反対されたら、そもそもランデルトとのこれ以上の付き合いを反対されたらどうしよう、と。
「この長期休暇の間に、ヴィヴィは薬師の下で薬草の研究をしたいと言っていたね? 私はそれで、王宮仕えの薬師の中から誰が適任か考えた。正直に言えば、ヴィヴィのような娘が薬草の知識を学びたいと言っても、誰も相手にはしてくれない。ただのお遊びだと思われるからね」
「はい……」
地方領主の娘なら、薬草の知識はあったほうがいい。
魔物の出没で怪我をする者たちも多く、治癒師はもちろんのこと薬師もかなり重宝されるからだ。
しかし、ヴィヴィは王妃になれるほどの家の出身であり、実際にそのような噂も立っている。
ヴィヴィを直接知らない人にとっては、世間知らずのお嬢様の遊びと思われても仕方ないだろう。
「何人かに当たってみたんだがね、遠回しに断られてしまったよ」
「それでは――」
「いや、大丈夫。先にも伝えたように、引き受けてくれた者はちゃんといたから」
薬師の下で勉強する気満々だったヴィヴィは落胆しかけたが、父はすぐに安心させてくれた。
だが「ただし」と言葉が続く。
「彼はヴィヴィを引き受けるにあたり、条件を出してきた」
「どのような条件ですか?」
「ヴィヴィの身分も性別も関係なく、普通の弟子として扱うと」
「それはもちろんです」
「いや、それについては私のほうで少し変更させてもらった。さすがに全てを無視するわけにはいかないからね。ヴィヴィの名誉にもかかわる。彼と二人きりになるのは許されないので、ミアを同行させることには了承してもらった」
「では、ミアにも意思確認をします。私の我が儘に付き合わせてしまうのは申し訳ないので」
「……ミアに異論はないと思うけどね」
父の説明を聞いて納得したヴィヴィだったが、ミアについてはやはり長時間拘束してしまうことになるので、本人の了承を得たかった。
せっかく屋敷に帰ってきて婚約者との時間も増えるのに、ヴィヴィに付き合って王宮で過ごすようになっては申し訳ない。
場合によっては他の付き添いをお願いしてもいいのだ。
だが、ヴィヴィの返事に兄のヴァレリオが笑いながら呟いた。
「では、やはりヴィヴィの気持ちは変わらないのだね? 治癒魔法が扱えるようになれば、薬草の知識は必要ないと思うが?」
「私はそのようには思いません。知識というものは何よりも貴重な武器になると私は思っております。ですから、治癒魔法が扱えても扱えなくても、薬草の知識を学びたい気持ちは変わりません」
「そうか……。それは、ランデルト君のためかね?」
「そ、それは……」
「あなた、それ以上は野暮ですわ」
父にずばり核心をつかれ、返答に詰まったヴィヴィを母が助けてくれた。
そこへ、ヴァレリオが不満そうに続ける。
「僕としては、大切な妹をあいつに――レンツォに預けるのは心配だけどね。だから、できるだけ様子を見にいくよ」
「お兄様、心配してくださるのは嬉しいですが、やはりそれは過保護すぎます。そのレンツォ様? のお邪魔になってはいけませんので、やめてください」
ヴァレリオが心配してくれるのはありがたいが、どうやら気難しい人のようなので、ヴィヴィは断った。
そもそも弟子入りするのに、その保護者がちょくちょく顔を出すなど普通ではありえない。
「しかしだな、あいつは変人なんだ。父さんがなぜあいつを選んだのか理解できないよ」
「彼は若いが薬師としては優秀だ。あの年で王宮勤めができるのだから。まあ、変わっているというのは否定しないが……」
「あなた、そのような方にヴィヴィを預けて大丈夫なのですか?」
「変わってはいるが、ヴィヴィの身に危険が及ぶようなことはない。それは保証するよ」
「まあ、実家の後ろ盾なしに、今の地位に就いたんだから、立派だとは思うよ。変人だけど」
「お兄様のお知り合いの方なのですか? そのレンツォ様は?」
兄の言葉に父が答え、心配した母が会話に加わる。
このままでは埒が明かないと、ヴィヴィは話に割り込んだ。
すると、ヴァレリオは渋々頷いた。
「ああ、学園では同級生だった。あいつは魔法科に進級したけどね。名前はレンツォ・ボンガスト。ボンガスト侯の三番目の息子で、第二王子ジュスト殿下の叔父にあたるんだ」