魔法学園77
交流会が終わると、当分は大きな行事もなく、ヴィヴィたちは勉強に励むことになった。
もちろん生徒会や委員会などは細々と仕事があるが、ヴィヴィには今のところ関係ない。
しかし、ランデルトは演習などで学園を離れることも多く、会えない日が続くことも多かった。
その分、ヴィヴィは勉強に力を注ぎ、学期末にはなんと治癒魔法を扱えるほどになったのだ。
これは六回生としては異例のことであり、先生たちも驚いていた。
ただし、まだ力が安定しないことと弱いことで、国への正式な報告には至っていない。
それでも数少ない治癒師になれる可能性を秘めているので、学園内では噂になっていた。
「相変わらずヴィヴィは話題に事欠かないわよね」
「話題って……治癒魔法のこと?」
「ええ。六回生で、しかも半年も経たずに治癒魔法を扱えるようになるなんて、すごいことだもの。家政科でも、さすがって話題になってて、ジゼラさんなんて悔しそうにしているわよ」
「ええ……。それってすごい大げさ。扱えるって言っても、小さな切り傷を治せる程度よ。このまま伸びない可能性のほうが大きいって、先生もおっしゃっていたし、ただ他の人より早く扱えるようになっただけなのに……」
寮の食堂で一緒になったマリルから話を聞いて、ヴィヴィはため息を吐いた。
気がつけば話が大きくなっている。
まだまだ未熟な治癒魔法なのに、期待されても困るのだ。
もちろんヴィヴィには大きな野望がある。
治癒魔法をしっかり扱えるようになれば、ランデルトの役に立てるし、夢だった魔法薬の開発の助けにもなるだろう。
ただ、噂ばかりが一人歩きをしてしまっては、後々つらい。
とはいえ、怪我の多いランデルトを、たとえかすり傷でも治せるのは嬉しかった。
「ランデルト先輩はいつ帰っていらっしゃるの?」
「明日よ。今回の演習は長かったから、きっとお疲れだと思うわ」
「魔法騎士科は八回生にもなると大変なのね」
「まあ、卒業すればすぐに部隊に配属されるわけだから……。配属先によっては、かなり危険な地域もあるみたいだしね。でもさすがに見習いが最前線に配属されることはないそうよ」
「ヴィヴィは……大丈夫なの?」
「何が?」
「その……治癒師になれば、部隊に配属されることもあるのよね?」
「それは願ったり叶ったりよ。先輩の部隊に希望を出すから」
「なるほど」
治癒師は貴重なため、大切にされて意外と希望を叶えられることが多い。
ほとんどの治癒師は王都に留まることを希望するので、当番制で部隊に配属されるのだ。
しかし、自分から部隊配属を希望する治癒師も人数は少ないがいるので、その場合の配属先は自分で選べる。
ただ、ヴィヴィのような貴族令嬢が治癒師になった例は今までになく、どうなるかはわからない。
特にヴィヴィの家は名門ということもあり、治癒師としての仕事さえ希望しなければ免れるだろう。
それをわかったうえで、マリルも念のために訊いたのだ。
ヴィヴィが治癒魔法を扱えるようになってから、ようやくランデルトと会える。
先輩は驚くだろうか、何て言うだろうかと、ヴィヴィは楽しみで仕方なかった。
明日は無理だが、明後日にはまた食堂で会う約束をしているのだ。
しかも、その次の日からまた長期休暇に入るが、今回はちゃんとデートの約束ももうしてある。
ヴィヴィはわくわくしながら、明日少しでも先輩を見かけることができればいいなと思い、眠りについた。
そして、ランデルトと約束の日。
昨日は見かけることもできなかったので、ヴィヴィは十日ぶりにランデルトと会うことを楽しみに食堂へ向かった。
すると、ランデルトはもうすでに来ており、ヴィヴィは慌てて飲み物だけを注文した。
今日は胸がいっぱいで何も食べられそうにない。
それほどに、久しぶりに見るランデルトはかっこよかった。
(どうしよう……久しぶりで緊張する……!)
緊張しながらも平静を装い、笑顔を浮かべてヴィヴィはランデルトの向かいの席に座った。
そして待たせたことを謝罪すると、ランデルトは何でもないと言うように手を振る。
「それよりも聞いたよ、ヴィヴィ。治癒魔法が扱えるようになったって?」
「は、はい……。でもまだとても弱くて……このままだと大した力にはならないので、様子見なんです」
「だが、これでヴィヴィの言っていた研究――魔法薬とやらの近道になるかもしれないじゃないか」
「そうなんです! 私、それが楽しみで、この長期休暇の間にお父様にお願いして王宮勤めの薬師に弟子入りさせてもらう予定なんです!」
未だにランデルトに愛称で呼ばれるとドキドキしてしまうヴィヴィだったが、ランデルトが魔法薬のことを持ち出したことで、緊張も忘れて興奮してしまった。
ランデルトがヴィヴィの夢を覚えてくれていたことも嬉しい。
しかし、すぐに自分の淑女らしからぬ態度に気付いて、顔を赤くして俯いた。
「あの……取り乱しました。すみません」
「どうして謝るんだ? すごいことなのに。ヴィヴィは着実に自分の夢に向かっている。俺も勇気づけられるよ」
その言葉に驚いて顔を上げると、ランデルトは優しく微笑んでいた。
だが、ヴィヴィと目が合ったランデルトはちょっとだけ困った表情になる。
「以前から不思議だったんだが、ヴィヴィはどうも自分を過小評価しているよな。もっと自信を持つべきだよ」
「それは……」
前世のヴィヴィが邪魔をするのだ。
そもそも謙虚が美徳の日本人として育ち、しかも可もなく不可もなくな、さらには男運というより男を見る目に関してはダメダメだった自分に自信を持てない。
しかし、今のヴィヴィは成績も上々で素敵な恋人がいる。
そろそろ前世のコンプレックスと決別するべきだろう。
「あの、ありがとうございます」
「うん?」
「私、確かに先輩のおっしゃる通り自分に自信がなくて、ちょっと卑屈だったような気がします。本当はすごく恵まれているのに……。でも、先輩のお陰で自分を変えられそうです。いえ、変えてみせます。ですから、ありがとうございます」
ヴィヴィが満面の笑みでお礼を口にすると、ランデルトは目を丸くし、次いで自分の顔を片手で覆った。
いったいどうしたのかと訝しんだヴィヴィだったが、ランデルトの手からはみ出た頬や耳が赤いことに気付く。
要するにランデルトは照れているのだ。
「ランディ?」
なんだか嬉しくなったヴィヴィは悪戯心を発揮して、めったに呼ばない愛称を口にした。
すると、ランデルトはますます赤くなりながらも、顔から手を離してヴィヴィを真っ直ぐに見つめる。
「俺は……」
「はい?」
「俺は、やっぱりヴィヴィを好きになってよかった」
「――っ!?」
今度はヴィヴィが言葉をなくし、真っ赤になる番だった。
そして、会話が聞こえないまでも周囲にいた面々は、心の中で呪いの言葉を呟いたのだった。――爆発しろ! と。