魔法学園7
先生からの諸々の連絡事項は、もう五回生にもなれば聞き流せる内容なので、みんなこっそりおしゃべりしたり、ぼんやりしたりしていた。
ヴィヴィはクラスをゆっくり見回して、今まで同じクラスになったことがない男子をチェックする。
女子に関しては寮で顔を合わせているので、そこまで気にはならないが一人だけ。
ジェレミアの前の席――ヴィヴィの斜め前の席のジゼラ・ブルネッティ公爵令嬢は要注意人物だった。
どうやら本気でジェレミアを狙っているらしく、彼女にとってヴィヴィはかなり邪魔な存在らしい。
寮でも顔を合わせるたびに何かと嫌味を言われる。
(めんどくさいなー)
いつの間にか本当に腐れ縁になってしまったジェレミアを巡って、女同士のバトルを繰り広げるつもりはヴィヴィにはなかった。
そもそもどんなに相性がよくても――相手のことが好きでも、大勢の中の一人はごめんである。
気付かなかったことにして、ヴィヴィは配られたプリントを見ているふりで下を向いていると、目の前に座るフェランドが動く気配がした。
何かと顔を上げれば、フェランドは手を上げている。
「俺はジェレミア君を推薦しま~す」
フェランドの気の抜けた言葉で、途端に教室が騒がしくなった。
今はどうやらクラス委員長を決めているらしい。
「フェランド、無理を言わないでくれないかな?」
「どうしてだよ? 絶対にお前ならできるって。なあ、みんな?」
やんわり笑いながら断ろうとするジェレミアの目はまったく笑っていない。
むしろ殺気を帯びているような気がしたが、フェランドはわかっていて励ますように答え、さらにはみんなの同意を求めて問いかけた。
すると、フェランドに応えて拍手が沸き起こる。
参加していないのは、ヴィヴィとマリルぐらいだ。
まさか四年越しの「覚えてろよ」が発動されるとは、ヴィヴィも思ってもいなかった。
あの一回生の時の魔法祭出場競技決めの仕返しではなく、単に嫌がらせの可能性もあるが。
「では、クラスのみんなも賛成していることだし、ジェレミア君、お願いできるかな?」
遠慮がちな先生の問いかけに、ジェレミアは困ったような笑顔を浮かべた。
「みんなの気持ちは有り難いけど、やはり僕よりも例年委員長を努めてくれているトーマス君が適任だと思うな」
「そ、そんなことないよ! 絶対、ジェレミア君がいいよ!」
「ほらほら、ジェレミア。みんなの総意だよ。決まりな!」
婉曲に辞退しようとしたジェレミアを、前年の委員長とフェランドが追い詰める。
むしろフェランドは勝手に決めて宣言してしまった。
ヴィヴィはハラハラしながら見ているしかなかったが、ジェレミアは諦めたのか深く息を吐いて立ち上がった。
「では、皆さんが認めてくださるのなら、精一杯務めさせていただきます」
その言葉に大きな拍手が鳴り響く。
もちろん異を唱える者などおらず、そのままジェレミアが委員長に決まってしまった。
本来、誰もがジェレミアこそが委員長に相応しいと思っていたのだが、この四年間は遠慮して推薦することができないでいたのだ。
ヴィヴィは本当にいいのだろうかと思いながらも、これから起こるであろうことが気になって、ジェレミアから視線を先生へと移した。
「では、女子の委員長だが――」
先生の言葉が言い終わる前に、あちらこちらからびしっと手が上がる。
予想はしていたが、それ以上の数にヴィヴィは慄いた。
(これ……全員、立候補だよね……)
今までは面倒だとおとなしめの子に押しつけていたはずなのに、委員長の役職がこんなに人気になるのは間違いなく王子効果である。
ヴィヴィはできる限り巻き込まれたくなくて、どうかくじ引きで決まりますようにと祈っていた。
その祈りは無事に届き、――というより、先生も巻き込まれたくないと思ったのか、平等という言葉を何度も強調してくじ引きになった。
(よかった……推薦や投票にならなくて……)
ほっとしながら、ヴィヴィは先生が簡単に作ったくじを引くために前に出た女子を見つめた。
人数は十一人。
いったいこの中でジェレミアのことを本気で好きな子は何人いるのだろう。
ヴィヴィはそんなことを考えて、ちらりとジェレミアを見た。
ジェレミアには姉王女が二人、弟王子が二人、妹王女が一人いるのだが、妹王女以外とは母親が違うらしい。
国王には一人の正妃と三人の妃がいるのだ。
ジェレミアの母も彼を生んだことによって正妃となることができただけで、それまでは全員等しくただの妃だったとか。
そのため、ジェレミアは母や周囲からの多大な期待を背負いながら、弟の母たち周辺からは命さえも狙われていると聞いた。
(第一王子なのに、未だに王太子の地位にないのはそういうことなのかな……)
兄弟の仲がいいのか悪いのかは聞いていないが、おそらくあまり会うこともなかったのだろう。
ヴィヴィは無責任にも入学式初日に国王になるのならと説教をしてしまったが、そもそもジェレミアは放棄したかったのかもしれない。
ジェレミアの微笑みを見れば見るほど、自分の無責任さに嫌気がさして、ヴィヴィは実家に帰った時にそれとなく父や兄に訊くなどして、王家について調べたのだ。
そして今年は上の弟王子が学園に入学してきているはずだった。
ジェレミアは女子のクラス委員長決めに興味がないのか、プリントを読むために下を向いている。
ヴィヴィは夫婦仲のいい両親と優しい兄たちを思い出してため息を吐いた。
(本当に、私ってばおめでたい人間だわ……)
もちろん選択したのはジェレミア自身だとわかっている。
それでもそのきっかけを作ってしまったのだからと、ヴィヴィはできる限りジェレミアの力になろうと決めていた。
「――では、今年の女子のクラス委員長はジゼラさんに決定です」
先生の少し疲れた声にはっと顔を上げれば、誇らしげに壇上に立つジゼラの姿があった。
他の女子は悔しそうに席に戻っている。
「えっと、ジェレミア君も前に出てくれるかな?」
「――はい」
先生に声をかけられて、ジェレミアはいつもの微笑みを浮かべて立ち上がると、前へと歩いていった。
それから頬を染めたジゼラの隣に立ったジェレミアが、委員長就任の挨拶を改めて行うと、再び大きな拍手で承認される。
ジゼラの声はらしくもなく少し震えていたが、一瞬ヴィヴィと目が合うとドヤ顔をされてしまった。
(いや、全然羨ましくないし……)
むしろこれで嫌がらせが治まってくれれば、万々歳である。
ただ少し気になって隣のジェレミアに視線を移せば、これまたばっちりと目が合ってしまった。
すると、ジェレミアからこれ以上ないほどに優しい笑みを向けられる。
それだけで、ヴィヴィにはもう嫌な予感しかしなかった。
(まずい。これは絶対何か企んでる! 確かに助けてあげたいとは思うけど、無理だから!)
ジェレミアの力になろうという決意もなかったことにしたいくらいに笑顔が胡散臭いのだ。
さらにはその微笑みはフェランドにも向けられた。
「お、おい……」
「フェランド、あなたのせいだからね」
フェランドもジェレミアの微笑みに背を仰け反らせ、ヴィヴィは恨みがましくぼやいた。
そして嫌な予感というものは恐ろしく当たり、気がつけばヴィヴィは五回生になるとクラスに一人必要な生徒会補助委員に、フェランドは魔法祭実行委員に決まってしまったのだった。




