魔法学園69
眠気との戦いだと思った原理解析の授業で、意外なことにヴィヴィはしっかり起きていた。
とはいえ、黒板に書かれたことをノートに写しながら、先生の話は半分程度しか聞いていない。
正直に言えば、魔法とは確かに原理を理解していることも大切だが、魔力と才能がものをいうのだ。
ただ魔法使いの道を選ぶなら、新しい魔法を考えるにしても、今ある魔法を改善するにしても、原理を理解しておくべきだということで必修になっている。
また、原理といっても全てを解明されたわけではないので、こうして授業を受けているうちに、生徒の一人が新たな発見をするということも珍しくはなかった。
しかしながら、今現在の授業内容は、この五年間で習ってきたことをざっと復習しているだけなので、生徒どころか先生でさえもやる気が感じられない。
そんな内容で集中しろというほうが無理で、ヴィヴィはお昼休みのジェレミアとの会話――生徒会に入った理由について考えていた。
(ジェレミア君の将来の夢……とは、ちょっと違うことって何?)
どこか謎めいた言葉には興味を引かれる。
ちょっと違うということは、ちょっと近いということだ。
(生徒会執行部に入ることで、将来の夢にちょっと近くなることよね……)
そこでヴィヴィははっとした。
以前、ジェレミアは『大切なみんなに幸せになってほしい』と言っていたのだ。
あの言葉が生徒会執行部に入った理由ならば、自ずと答えは出てくる。
(ジェレミア君は、本気で王様になるつもり……?)
初めて会った入学式の時のヴィヴィの言葉――ゲームの延長だとも言っていた。
そう考えると、ますます現実味を帯びてくる。
もちろんジェレミアが王様になるのに何の異論もない。
むしろなるべきだと思う。
伯爵令嬢としての教育をたった十数年しか受けていなくても、ヴィヴィにはジェレミアが立派な君主になることには確信が持てた。
足りない部分はまだまだあるだろう。
だが、たったの十五歳なのだから当然であり、王の足りない部分を支えるのが臣下なのだ。
あのゲームはきっかけにすぎない。
元々の資質があってこそ、ジェレミアは皆から好かれ信頼されている。
考えれば考えるほど、ヴィヴィは興奮してきてしまった。
周囲の人間を斜に構えて見ていたあの生意気な少年――ジェレミアはこの五年で大きく成長し、大切な人たちの幸せのために努力しようとしているのだ。
何だか甥っ子の成長を見守っている叔母さんのような気分になり、ヴィヴィは笑いそうになってふと気付いた。
笑うなど失礼だと。
ヴィヴィも同じ年齢のはずなのに、時々前世の自分が出てきてしまう。
前世の記憶があってこそ今のヴィヴィではあるが、何かを成し遂げたわけでもなく、ただ流されて生きていただけだ。
当然、それなりの苦労もしたし努力もしていたけれど、これからジェレミアが為そうとしていることにはとうてい及ばないのだから。
(まあ、私の早とちりかもしれないけれど、それでもジェレミア君の肩に圧し掛かるものは大きいわよね……)
王になろうがなるまいが、ジェレミアは第一王子である。
きっと多くの障害が――命を脅かされることもあるだろう。
そのことを思い、ヴィヴィはため息を吐いた。
(やっぱり、治癒魔法は習得したいわ……)
この先、ジェレミアがどんな道を選ぼうとも、ヴィヴィは力になれればいいなと考えた。
学園を卒業してしまえば、簡単には会えないが。
それはフェランドにしてもそうだ。
マリルとの友情は続けることができるけれど、みんなもうすでにそれぞれの道を歩きだしている。
ヴィヴィは教室内を見回してから、新たに書き足された黒板の文字を見つめた。
これがヴィヴィの選んだ道だ。
初心にかえったヴィヴィは、先生の言葉を耳で追いながら、黒板に書かれた重要ポイントをノートに写し始めた。
そして、気がつけば放課後。
帰り支度をしたヴィヴィは、緊張しながら食堂に向かった。
授業に集中することで忘れていた、ランデルトに何を話そう問題で悩んでいるのだ。
しかし、ダニエレからの伝言があるのだから、怪我のことに触れてもいいのではないかと思えてくる。
そもそも教えてくれなかったことを怒ってもいいのではないか。
(そうよ。だって、私たち付き合っているんだもの。それなのに怪我をしたなんて大切なことを教えてくれないって……将来はどうするつもりなの?)
魔法騎士である限り、怪我とは縁が切れないだろう。
将来、結婚してくれる気持ちがあるのなら、もっと色々と話してくれていいはずだ。
あれこれ考えていたヴィヴィは、一階まで降りてふと足を止めた。
(私だって、全然本当の自分を見せていないじゃない……)
ランデルトばかりを責められない。
ヴィヴィだってランデルトの前では可愛く思われたいと、遠慮ばかりしていた。
本当は、長期休暇の間のたった一日でいいから、一刻だけでもいいから会いたかったのに。
(どうして教えてくれなかったのって責めるのはダメよね。だけど、教えてほしかったって、次からは教えてほしいってお願いするのは……我が儘ではないわよね?)
再び歩き始めたヴィヴィは覚悟を決めた。
もっとランデルトに本当の自分を――気持ちを伝えようと。
ヴィヴィは男性にはっきり意見も言うし、怒ると淑女らしくない言動をとってしまうことだってある。
ランデルトだってまだまだヴィヴィに遠慮しているはずだ。
その最たるが今回の怪我のことだろう。
(よし! これを機会にもっと先輩と打ち解けてみせる!)
ヴィヴィはぎゅっと鞄を強く握りしめ、食堂に入っていった。