魔法学園6
「ええぇぇ……また同じクラスなのぉ?」
「ヴィヴィアナさん、もう少し感情を隠す術を身につけたほうがいいよ。あと、すごく残念な顔になっているよ」
「なんだよ、ヴィヴィ。嬉しいくせに」
「この気持ちを隠すつもりはないもの。それに今さら二人に残念って思われてもどうでもいいわ。あとフェランド、いい加減にその自意識過剰な前向き姿勢がうざい」
いつものやり取りに、傍にいたマリルがくすくすと笑う。
ヴィヴィにとって、本当に嫌になるくらいいつも通りの光景。
せっかく五回生になって、やっとこの二人から離れられるかと思ったのに、なぜかまた同じクラスになったのだ。
「五年連続で同じクラスだなんて……。腐れ縁っていうけど、本当に腐ってしまったわ」
「僕は嬉しいけどな。またヴィヴィアナさんとマリルさんと一緒のクラスになれて」
「おい、ジェレミア。俺は?」
「うざいよね?」
「本当に」
フェランドの問いかけに対する返答で、ジェレミアから同意を求められたヴィヴィは素直に頷いた。
五回生と言えば、そろそろお年頃である。
去年くらいから、ちらほら付き合い出している男女もいるのに、このままでは自分に春は来ないのではないかと思ってしまう。
ジェレミアとフェランドが何かとかまってくるからか、他の男子が寄り付かないのだ。
「でも、マリルと同じクラスになれたのは、素直に嬉しいわ。また一年間よろしくね」
「ええ、私もです。よろしくお願いしますね、ヴィヴィ」
相変わらずおとなしくて人見知りぎみのマリルは、それでもヴィヴィに対してはかなり打ち解けていた。
それがヴィヴィには嬉しくて、マリルの両手をぎゅっと握る。
するとマリルは顔を赤くして、恥ずかしそうな嬉しそうな笑みを浮かべるのだから、同性でもキュンとしてしまう。
「ああ、マリルが可愛い。私が男だったら、絶対に結婚を申し込むのに」
「ヴィヴィ?」
「だって、私とマリルって、魔力の相性もいいと思うのよね。一緒にいてこんなに心地良いんだもの。って、ひょっとして私の一方通行?」
「い、いえ。私もヴィヴィと一緒にいるのが大好きです」
「じゃあ、私たち両想いね!」
「そうですね」
ヴィヴィとマリルが手を握って友情を確かめ合っていると、フェランドが二人の間に強引に割り込んだ。
しかも思わず離した二人の手をそれぞれ握る。
「ちょっと、フェランド!」
「まあまあ、不毛な愛は置いておいて、さっさと教室に入ろうぜ」
ヴィヴィとマリルの手を引っ張って、フェランドは教室に入っていく。
入口が狭くて、抵抗するよりもぶつからないようにと気をつけているうちに、フェランドは席を決めたようだ。
「ここにしようぜ。右がマリルで左がヴィヴィ。両手に花ってやつだな」
「却下。私はマリルと隣になりたいの。邪魔よ、フェランド」
「ええ……ヴィヴィが冷たい」
フェランドを押しやって、素直に指定された席に座ろうとしていたマリルの隣の席にヴィヴィが鞄を置いた。
五回生ともなると、新学期に席決めのクジはなく、自由に座れるのだ。
ぶつぶつ文句を言いながらも、結局はフェランドも素直に移動してヴィヴィの前の席に移動する。
するとヴィヴィの隣にはジェレミアが座った。
「ええ? ジェレミア君までどうしてそこにくるわけ? せっかく新しいクラスになったんだから、新しい友人を作るためにも離れたらどう?」
「僕は人見知りなんだ」
「……へー。それは難儀なことね」
「よくそんな嘘を平気で吐けるな。素直に俺たちと一緒にいたいって言えばいいのに」
「〝俺たち〟って一緒にしないで。迷惑よ」
にっこり笑顔のジェレミアに、ヴィヴィは棒読みで同情の言葉を口にした。
フェランドは呆れたように言いながら余計なことも付け加えていたので、ヴィヴィが辛辣に突っ込む。
マリルは相変わらずにこにこ笑っていて、ジェレミアは声を出して笑う。
しかし、ヴィヴィは密かにジェレミアが人見知りというのはあながち間違ってはいない気がしていた。
選択授業などでヴィヴィやフェランドと離れると、途端にジェレミアの周囲には人だかりができる。
もちろんジェレミアは微笑みながらそつなく相手をしているが、無理して演技をしているのかと思って心配になってしまうのだ。
最近では、入学式当日の自分の言葉を思い出しては、頭を抱えたくなっていた。
あの頃は、前世の記憶があるせいで自分を大人だと思っていた。
十歳のジェレミアは子供に見えて――実際子供だったが――、ヴィヴィは偉そうに上から目線で説教してしまったのだ。
だが、前世で一般人だったヴィヴィが王位継承者の何をわかったというのだろう。
たったの十歳ではあったが、ヴィヴィの知らない十年間にどんな生活をしてきたかも知らなかったのに。
四年経った今でもジェレミアは微笑みを絶やさない。
「僕の顔に何かついてる?」
「え? あ、ううん。ごめん、ちょっとぼうっとしてた」
「そう?」
ヴィヴィは知らずジェレミアの顔をじっと見ていたらしい。
慌てて否定すると、ジェレミアは素直に受け入れたように見えたが、その笑顔がどこか怖い。
ただの被害妄想だとヴィヴィは考えようとしたが上手くいかず、どきどきしてしまっていた。
「……ヴィヴィアナさんは、魔力の相性がいい相手にもう会った?」
「え……?」
「さっきマリルさんには相性がいいって言ってただろう? だから、他にも見つけたのかと」
「ああ……。ううん、まったく」
「まったく?」
「ええ。マリルとは傍にいて心地良さを感じるけど、他の人に関してはさっぱり」
「……そう」
「ジェレミア君は?」
「僕? うん……まだ僕には早いみたいだ」
「そうなんだ。残念ね」
「ううん。気長に待つよ」
予想外の質問に驚いたヴィヴィだったが、ジェレミアは王位継承者として、将来の伴侶を――王妃候補を見つけなければならないのだ。
ヴィヴィと違って義務に縛られていることを思うと、気の毒になってくる。
(私のように、ダメならそれでいいかってわけにはいかないものねぇ……)
ヴィヴィアナは周囲をさり気なく見回して思った。
ジェレミアが席を決めてから、あっという間に周囲の席は決まってしまったのだ。
それは王子であるジェレミアに遠慮していたというより、できるだけ近くの席を確保したかったからだろう。
特に女子の目に見えない熾烈な争いは恐ろしかった。
そして今もジェレミアたちの会話を盗み聞きしながら、ヴィヴィアナに向けられる視線が痛い。
常日頃から、ヴィヴィアナはジェレミアやフェランドを狙う女子によく嫌がらせをされる。
特に男子の目がない寮では酷いが、ヴィヴィアナも前世で培った根性で負けてはいない。
今のところ目立つヴィヴィが標的となっているが、いつかマリルまで巻き込まれないか心配だった。
「何だよ、二人ともまだいないのか? お子様だなあ」
「じゃあ、フェランドはもう見つけたってこと?」
「ああ。俺、可愛い子なら誰でもいいんだ」
「うん。女の敵ね」
「最低だな」
「んだよー。マジなんだから仕方ないだろ? さっき、ヴィヴィが言ってたように、傍にいて心地良く感じる相手がいいと俺も思うんだよ。というわけで、ヴィヴィとマリルも候補だから」
「謹んでお断りするわ」
「瞬殺?」
「当然でしょ? マリルもはっきり言っていいのよ?」
「え? あ、あの……ごめんなさい」
「マリルまで、ひでー!」
「当然だろ、馬鹿」
ぼそりとジェレミアが突っ込んだところで、先生が教室に入ってきた。
この調子だと、また代り映えのしない一年間になりそうだと、ヴィヴィはこっそりため息を吐いたのだった。