魔法学園61
翌朝、ヴィヴィはガーベラを模した髪飾りをつけて登校した。
本来なら、十五歳になったヴィヴィには少々子供っぽく見えるはずだが、ミアが上手く髪型を工夫してくれたお陰で、可愛らしい印象になっている。
さっそくマリルも褒めてくれたが、ジェレミアにまで気付かれたことは意外だった。
「ランデルト先輩からは、ガーベラを贈られたんだ? 可愛いね」
「どうしてわかったの!?」
「そりゃ、さすがにわかるよ。フェランドもすぐに気付くはずだよ」
ずばり当てられたことに驚いたヴィヴィは、さり気なく可愛いと言われたことをすっ飛ばしてしまっていた。
そこにフェランドが現れ、ジェレミアの予言通りすぐにヴィヴィの髪飾りについて触れた。
「ランデルト先輩はガーベラを贈ったのか。バラやユリじゃないところが先輩らしいな」
「とても可愛いらしくて素敵なのよ」
「俺的ヴィヴィのイメージは野バラだけどな」
「フェランドの中で私は、野性的で棘が多いってことね」
「違うよ。素朴で純粋だってこと。それに果実はとても体にいいだろ?」
「ありがとう、と一応は言っておくわ。とにかく、私はこれがいいの」
なぜガーベラなのかを、わざわざフェランドに説明するつもりはなかった。
二人の思い出なのに、別の女性を口説くのに利用されるのは嫌だからだ。
理由を知っているマリルはくすくす笑い、フェランドは少し不服そうだった。
そして、放課後。
生徒会会議に出席したヴィヴィは、ランデルトがさっそく髪飾りに気付いて微笑んでくれたことが嬉しかった。
今日は特に作業などは必要なく、新学期までの活動の最終確認と、新入生を迎えるにあたっての準備についての細々とした説明である。
新入生歓迎交流会の準備が、自分の生徒会としての最後の仕事かもしれない。
そう思うと、ヴィヴィは自然とノートを取るのも真剣になっていた。
やがて会議が終わると、いつものごとく執行部の者たちはさっさと帰っていく。
帰り支度を終わらせたヴィヴィは有り難く思いながら、顔を上げた。
すると、ちょうどランデルトも顔を上げ、目が合う。
一瞬、お互いびっくりして、すぐに笑いあった。
「あの、一昨日は本当にありがとうございました。すごく楽しかったです。それに、花束もとても可愛くて、嬉しかったです。ありがとうございます」
「お礼を言いたいのはこちらのほうだ。俺もとても楽しい時間を過ごすことができた。ありがとう。それに、その……髪飾りもよく似合っている……」
「……ありがとうございます」
まるで取ってつけたような褒め言葉はおかしくもあったが、やはり嬉しい。
慣れなくてもランデルトはヴィヴィを喜ばせようとしてくれているのだ。
この際だから、ヴィヴィは会議がなくても学園内で会いたいと、勇気を出して言うことにした。
これくらいの積極性はあっても引かれないだろう。
「あの――」
「ヴィヴィアナ君――」
「はいっ?」
「いや、先にどうぞ」
「いえ、先輩が先におっしゃってください」
「俺は後でいいから――」
「どうか先輩からお願いします」
「……」
「……」
言いかけたヴィヴィの言葉は、ちょうどランデルトと被ってしまった。
そして不毛な譲り合いが始まる。
結局、そのまま沈黙が漂い、しばらくして二人は噴き出した。
「本当は譲りたいところだが、これ以上はきりがないから先に言わせてもらうよ」
「はい」
笑いながら言うランデルトに、ヴィヴィも笑いながら頷いた。
ランデルトは一度咳払いをして笑いを収めると、少し言いにくそうに続けた。
「その、これからは生徒会会議の時だけではなく、ヴィヴィアナ君と学園内でも会いたいと思うんだが……難しいだろうか?」
ランデルトの提案は、まさに自分が言いたかったことそのものだった。
驚きとともに喜びが沸き上がってきて、ヴィヴィは満面の笑みになる。
「ぜひ、会いたいです! 実は私も、同じことをお願いしようと思っていたんです」
「そ、そうか……」
ほっとしたようにランデルトは答えて、笑顔のヴィヴィにつられたように微笑んだ。
その笑顔はヴィヴィの胸をまた撃ち抜く。
ずいぶんランデルトの笑顔には慣れてきたというのに、まだ甘かったようだ。
ヴィヴィはどきどきしながら、話を進めようと努力を始めた。
「で、では……その、どこで、いつ……?」
「そうだな……。明日の放課後では急すぎるだろうか?」
「もちろん、大丈夫です」
「よかった。今日こうして会えたことも嬉しいが、会議だったからな。もうそろそろ帰らないと、ミアさんも心配するだろう? 送っていくよ」
「あ、ありがとうございます」
気がつけば、もう太陽が沈もうとしている時間だった。
集中していたためにヴィヴィはそうは感じなかったが、思いのほか会議が長引いたようだ。
立ち上がったランデルトにつられて、ヴィヴィも立ち上がった。
「では、明日は……食堂でどうだろうか? 天気がよければ、テラスでお茶をしてもいいかもしれない」
「素敵ですね! 食堂の放課後メニューは美味しそうなデザートが多くて、いつも悩んでしまうんです」
「食堂でデザートは食べたことがないな」
「そうなんですか? 街のカフェにも負けないくらいの味ですよ?」
「それは気になるな。ぜひ明日は食べてみよう」
「はい。ランデルト先輩は甘いものも平気なんですね?」
「そうだな。あまり甘すぎるのは苦手だが、ほんのり甘いのが好きだな」
生徒会室を出て鍵を閉めると、ランデルトとヴィヴィは教員室に鍵を返しに向かいながら明日のことについて――というより、食堂のデザートについて話を続けた。
最初は緊張してばかりだったが、今ではかなりランデルトと二人きりでも慣れてきていた。
やはり一昨日のデートがかなり大きい。
このままランデルトのことをたくさん知ることができればいいなと思いながら、ヴィヴィは寮まで送ってもらったのだった。