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魔法学園59

 

 正午をわずかに回った頃、ヴィヴィたちはようやく目的地に到着した。

 時間は少々かかってしまったが、ヴィヴィは郊外へと向かう間も、街を抜けてから続く街道も、車窓から見える全ての景色が珍しくて飽きることはなかった。

 あれこれと質問を浴びせても、ランデルトは面倒がることなく丁寧に答えてくれたのでなおさらだろう。


「すまない、ヴィヴィアナ君。予定より少し遅くなってしまったようだ」

「いいえ、ここまでの間もすごく楽しかったですから。先輩にはあれこれ質問をしてしまって……お疲れになっていませんか?」

「まさか! 俺も新しい発見があって楽しかったよ」


 がたりと揺れて馬車が止まり、扉が開かれるまでの間の会話さえ嬉しい。

 最初は緊張していたヴィヴィだったが、今ではすっかりくつろいでいた。


「悪いが、ここから少しだけ歩くんだ」

「全然平気です。むしろ少しくらい運動しないと体が固まってしまいますから」


 急いで帽子をかぶったヴィヴィは、ランデルトの手を借りて馬車を降り、周囲を見回して微笑んだ。

 これぞ田園風景といった景色が広がり、ヴィヴィの郷愁を誘う。

 前世のヴィヴィは田舎でも都会でもなくといったニュータウンに住んでいたので、虫の鳴き声などが懐かしかった。

 当然、水田などはないが、ちょっとだけお米が食べたくなって、これはお腹が空いているせいだと言い聞かせる。


「ヴィヴィアナ君、その、足元が悪いから……」

「あ、はい……」


 ヴィヴィが周囲の景色をぼんやり見ている間に、準備が整ったようだ。

 騎士たちは馬を馬丁と御者に預け、先に二人が軽い登り坂を進んでいる。

 そして御者席に座っていた従僕が荷物を抱えて、その二人の後ろを追っていた。


 ヴィヴィはランデルトに差し出された左手に、照れながら右手を添えた。

 これはみだりに触れているわけではなく、足元が悪いから、となぜか頭の中で言い訳をする。

 おそらくランデルトもそうではないのかと思ったが、前を向いていてよくわからない。

 ちらりとミアを見れば、にんまりと表現するに相応しい笑顔を向けられて、ヴィヴィはさらに恥ずかしくなった。


 以前から街へと出かける際には、ミアや他の付き添いのメイド、また護衛を連れていたのだが、今日ほど自分の立場を疎ましく思ったことはない。

 先週のジェレミアたちとのお出かけでは、特に護衛が多くいた。

 それでもジェレミアはこの国で最重要人物の一人であり、命の危険もあるからだ。

 ただ、ジェレミアたちとは友人同士での外出であったため、ここまで周囲を意識することはなかった。


 だが今は、もし自分が周囲の立場なら間違いなく頭の中で呟いただろう。

 ――爆発しろ、と。

 しかも、ヴィヴィが幼い頃から知っている騎士もいるので、余計に恥ずかしさが増した。


 出かける時には必ず付き添いと護衛がつくのには慣れたが、やはりヴィヴィ的デートにここまでの付き添いがいるのはかなりきつい。

 こうしてランデルトと手を繋ぐだけでも恥ずかしいのに、目撃者多数。

 もちろん、みんな見て見ぬふり――というより、何とも思っていないのかもしれないが、ヴィヴィはどうすればいいのかわからなかった。

 とはいえ、絶対にこの大きな手を離したくはない。


(これはもう、腹を括るしかないわね!)


 ヴィヴィにとっては恥ずかしくても、彼らにとっては普通のことなのだと思い込む。

 そもそも、先ほど馬車を降りる時には手を借りたし、屋敷を出る時には腕に手を添えていた。

 さらに舞踏会ではワルツを、かなり体を密着させて踊ったこともあるのだ。

 手を繋ぐくらい、今さらである。


(でも、学園内が気楽でいいな……)


 生徒会活動では、執行部のみんなの気遣いのお陰ではあるが、よく二人きりになれていた。

 来年度からは執行部に入れなくても、友達として――というより学園内ではもう恋人同士で通っているのだから、堂々と会えばいい。

 学園内デートも魅力的で、放課後の食堂でお茶を飲むのもいいなと妄想を膨らませていたヴィヴィは、ランデルトの視線を感じて顔を上げた。


「もうすぐだ」

「はい」


 それほどの坂道ではなかったが、励ますようにランデルトに言われて、ヴィヴィは笑顔で答えた。

 今の季節にとてもいい場所とはいったいどんな所なのか、ヴィヴィは期待に胸を躍らせた。

 そして見えてきたのは、黄色い絨毯。

 なだらかな斜面に黄色い花がいっぱいに咲いているのだ。


「すごい! 綺麗……」

「まあ! なんて素敵な場所でしょう!」


 ヴィヴィが感嘆の吐息を漏らすと、後をついてきていたミアも興奮して声を上げた。

 黄色い花はタンポポに似て見える。

 先に到着していた従僕が、比較的平坦な地に敷布を広げ、騎士の一人が持っていたバスケットを置いた。

 そこへランデルトに手を引かれて、ヴィヴィは恐る恐る足を踏み出した。


「ヴィヴィアナ君、どうした?」

「その、お花を踏むのが申し訳なくて……」

「ああ、それなら大丈夫だ。この花は温室で育てられるようなものではないから、とても強い。踏まれてもちゃんと立ち上がってくる」

「そうなんですね……」


 いわゆる雑草魂みたいなものかなと思いつつ、ヴィヴィはゆっくり敷布まで歩いた。

 少し斜面になっているせいで、ランデルトががっちりと手を掴んでくれている。

 動きやすい服装と言われたが、これで正解だったなとヴィヴィはミアに感謝した。

 ブーツなら普段履いているパンプスのような靴よりしっかりしているので、足元も心配ない。


「敷布に直接座ることになるが、大丈夫だろうか?」

「もちろんです」


 敷布までくると、そこで気付いたように、ランデルトが問いかけてきた。

 基本的に、身分ある者が椅子ではない場所に腰を下ろすことはあり得ない。

 しかし、畳文化になれた前世のヴィヴィに異存があるわけもなかった。

 逆に、靴を脱がずに敷布に上がることに密かに驚いたくらいだ。

 それでも、どうにか心の抵抗を抑えて厚手の織物の上に靴で上がる。

 考えてみれば、いつもは寝室の室内履き以外では靴で生活しているのだから、今さら気にするほうがおかしいのかもしれないが、これとそれとは別であった。


(元日本人でよかったのか、悪かったのか……)


 やはり靴のまま敷布に上がると落ち着かない。

 微妙な気分ではあったが、ヴィヴィが座るのをランデルトが待っているので、先に腰を下ろした。

 すると、ランデルトはほっとした様子で隣に座る。

 ヴィヴィはまた二人の間が少しだけ緊張したことに焦って、何か話題をと口を開いた。


「先輩は、どうしてこんな素敵な場所をご存じなんですか?」

「実はこの近くに、魔法騎士科の日帰り演習の場があるんだ。正確には、あの山なんだが……」

「あの山……険しそうですね……」


 ランデルトが指さした山は、日本では登山上級者ではなければ登れないような山に見えた。

 しかし、ランデルトは何でもないとばかりに手を振る。


「いや、慣れれば大したことはない。魔物も出ないしな。その帰りによく騎士科の連中とここを通るんだが、あいつらは遠慮がなくて、この花畑を見ると……」

「見ると?」

「馬鹿みたいに滑り込む」

「滑り込む……」


 言いにくいのか、言葉を選んでいるのか、口ごもるランデルトをヴィヴィは促した。

 すると予想外の答えが返ってきて、ヴィヴィはただ繰り返す。


「だが、花たちは毎回めげずにちゃんと立ち上がっているんだ。数日前にも連中とここに来たばかりなんだが、やはり見事に復活している。すごいよな」

「そうですね」


 騎士科の生徒たちは、毎回この場所で斜面を転がり落ちるのを楽しんでおり、ランデルトも参加している。

 それなのに、ランデルトはそのことには触れず、話題を花へと変えた。

 ヴィヴィは素直にその話題に頷き、感心したように改めて一面に広がる花を見回す。


「本当に、こんな素敵な場所があるなんて、夢のようです」


 前世では似たような風景を写真で見たことはあったが、実際に目にしてその中に入るのは初めてだった。

 それが、好きな人とピクニックとして来ることができたのだから、ヴィヴィの心はときめくばかりだ。

 真面目で周囲からも無骨と見られているランデルトに、このようなロマンチックな面があることが予想外で嬉しい。

 ヴィヴィは幸せな気分で用意されたランチを食べ、楽しい時間を過ごすことができたのだった。




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