魔法学園54
「そういえば、次の新入生にはお前のもう一人の弟が入学してくるな」
「そうだね」
「何だ、それだけかよ。お前の可愛い弟だろ?」
「可愛いかどうかはわからないな。今までに顔を合せたことは二度で、挨拶以外に言葉を交わしてもいないから」
無事に卒業式も終わり、約束の休日に街へとやって来た四人は、カフェでひと休みしていた。
ちなみにヴィヴィとマリルが心配していたような騒ぎにはなっていない。
どうやらフェランドはかなり街に慣れているらしい。
このお店にも前もって伝えていたのか、ヴィヴィたちが入るとすぐに奥まった目立たない場所へと案内された。
そして今は、注文した飲み物が運ばれてくるまでの間に、フェランドがジェレミアに話を振ったのだ。
「ジュスト君も最初はそうだったんでしょう? でも今は仲良しだわ」
「仲良し……かな? 噂では、僕は王位に就くためにジュストを取り込んでいるとみられているようだけど」
「自虐的だな。本気で王位を狙ってもいないくせに」
ヴィヴィが口を挟んで問いかけると、ジェレミアは考えるように答えた。
すると、すかさずフェランドが突っ込む。
王位に関してはかなりデリケートな問題なのだが、フェランドは遠慮がない。
ただし、ヴィヴィも五年前の自分の発言もあり、無関心ではいられなかった。
「ジェレミア君は、何か将来の夢はあるの?」
「夢?」
「ええ。たとえばだけど、私は魔法について研究したいと思っているの。何か、みんなの――魔力の少ない人でも扱えるような便利な生活道具を開発できればいいなって」
「便利な生活道具か……」
「そうよ。魔法ランプとかとっても便利じゃない?」
「ああ、確かにあれは大発明だよなあ」
ヴィヴィの質問に、ジェレミアは本気でわからないといった様子だった。
そのため具体的な例を挙げてみる。
自分の将来の夢をジェレミアとフェランドに話すのは初めてだ。
フェランドはヴィヴィの将来の夢よりも、魔法ランプのほうに感嘆していたが、ジェレミアはマリルに話を向けた。
「マリルさんの将来の夢は?」
「わ、私は……そんなに大したことはないの。手芸が大好きだから、好きなだけ手芸をさせてくれる素敵な男性との結婚、かな?」
「へえ……」
恥ずかしそうに答えるマリルはとても可愛い。
たいていの貴族女性の夢は素敵な男性との結婚であり、マリルはそれに好きなだけ手芸をさせてくれる人、との条件がついているのだ。
ヴィヴィは以前から聞いていたので驚くこともなく、ジェレミアもなるほどといった様子で黙って頷いた。
ただフェランドはどこか冷めた口調で相槌を打つ。
しかし、ヴィヴィやマリルが視線を向けると、いつもの陽気な笑顔を浮かべており、気のせいだったのかとも思う。
「それで、俺には訊いてくれないの?」
「興味ないな」
「何だよ、ジェレミア。冷たいやつだな。じゃあ、俺は訊いてやる。お前は将来の夢をまだ答えていないからな。言えよ」
ふざけた調子のフェランドに、ジェレミアは諦めたようにため息を吐いた。
それからヴィヴィを一瞬見てから、店内で和やかに会話している客たちにゆっくりと視線を移す。
「僕は、大切な人に――みんなに幸せであってほしいと思う。そのために何をすべきか、僕にはまだ答えが出せないな」
「それは……」
王としての考えではないかとの言葉をヴィヴィは飲み込んだ。
そして、みんなの――国民の幸せを守るために、ジェレミアは一番可能な立場にいる。
もちろん全員が全員、幸せになることは無理だ。
それでもジェレミアなら、近いかたちで実現できるのではとヴィヴィは思ったが、口にしたのは別の言葉だった。
「私たちはまだ十五歳だもの。来年は成人と言われてもピンとこないし、学園生活もあと三年あるわ。振り返ればあっという間でも、目の前にあると長い道のりに思えたりするのよね。だから一つ一つ乗り越えていくしかないんだわ。きっとその先に何かがあるから」
「ヴィヴィ、お前……」
「な、何?」
ヴィヴィの言葉を聞いて、フェランドが胡散臭そうな視線を向ける。
前世での経験を踏まえた言葉だったため、怪しすぎたかとヴィヴィは焦った。
「言ってることがジジくさいぞ」
「ちょっと、フェランド! 失礼ね! そこはお婆さんっぽいって言ってよ!」
「いや、ヴィヴィアナさん。怒るところはそこ?」
結局、いつものフェランドの突っ込みに、ヴィヴィはほっとしながら怒った。
そこにジェレミアも笑いながら突っ込み、マリルも笑う。
それからは注文品が運ばれてきて、その美味しさにヴィヴィはマリルと盛り上がり、女子の好みを抑えているフェランドにさすがと密かに感心した。
カフェを出てからは馬車に乗ることはなく、大通りを歩く。
護衛は普段着姿でさり気なく前後と左右を固め、ヴィヴィとマリルの付き添いは少しだけ後ろをついてきている。
どこに行くかは今日は全てフェランドとジェレミアに任せているので、ヴィヴィとマリルは二人並んで通りの両側に並ぶ店などをあれこれと指さして話した。
女子二人だけではこんなふうに街中を歩くことなどできず、とても新鮮なのだ。
大通りとはいえ、四人が並んで歩くことはできないので、フェランドは斜め前を歩きながら、何度も振り返っては気遣ってくれていた。
ジェレミアはフェランドと対角線上の後ろを歩いてくれている。
そんな二人は目立たないとはいっても、やはり女の子たちからの視線はしっかり浴びていた。
(これは、二人と並んで歩いていたら、もっと注目を浴びてたわね……)
二人とも絶妙な距離を保っているために、ヴィヴィたちは女の子たちの眼中にない。
こういうところが、二人とも慣れているというか、イケメンのイケメンたる理由なんだろうなと考えているうちに、フェランドはとある角を曲がった。
大通りを少しだけ入ったその路地は、がらりと雰囲気が変わる。
ヴィヴィやマリルだけなら絶対に行かないような場所だ。
人通りもまばらになっていたが、護衛たちの姿がはっきりと確認でき、しかもフェランドやジェレミアがいるのだからと、ヴィヴィとマリルは安心してフェランドの後をついていったのだった。