魔法学園48
「それでは失礼いたします。お嬢様、おやすみなさいませ」
「うん。おやすみなさい、ミア」
賑やかだった食事も終わり、マリルが部屋に戻った後、ヴィヴィは早々に寝支度を整えた。
そして、今日はもう大丈夫だと告げると、ミアは挨拶をして下がる。
ヴィヴィは色々とあった一日を振り返り、今日は早く寝ようと課題もせずにベッドに入った。
しかし、やはり眠れそうにない。
そこで本でも読もうと考え、短い呪文を唱えて枕元のランプを点灯させ、そのままランプの光に見入った。
このランプは十数年前のどこかの国の魔法研究員が開発したもので、ある程度の魔力がある者なら手軽に扱える大ヒット商品である。
ランデルトに告白され、そちらばかりに気を取られてしまっていたが、今日はヴィヴィの進路もはっきりと決まったのだ。
魔法科に進級したら、魔法使いになるよりも、こういった生活に便利な道具について勉強したかった。
そして将来的には、研究員になって誰でも扱える道具を開発したいと思っている。
ただ、しっかりした設備の整った研究所は王都にしかない。
ランデルトは面白そうだと応援してくれているが、もし順調に交際が進み、婚約、結婚となった時、同じことを言ってくれるだろうか。
魔法騎士になると地方への配属も多いのだ。
(って、さすがに飛躍しすぎだよね。結婚後のことまで心配してどうするのよ……)
ヴィヴィは思わず自分に突っ込み、寝返りを打った。
まだランプは消していないので、寝室はぼんやりとした明かりに包まれている。
今頃、ランデルトは何をしているだろうと思い、ひょっとして自分のことを考えてくれているかもと思うと、つい顔がにやけた。
(いや、ひょっとしてもう寝てたりして……)
フェランドから聞いた話だが、魔法騎士科の男子は自主的に朝練をしているらしい。
それが朝もかなり早い時間らしく、フェランドは「毎朝あのドスのきいた声と眠気との戦いなんだよ」とぼやいていた。
さらには「何であんな面倒で汗臭い連中を長年見ているのに、魔法騎士科は毎年希望者が多いんだろうな。変態か」とまで言っていたが、実のところフェランドには決して理解できない理由がある。
これはヴィヴィがミアから聞いた話なのだが、魔法騎士はとてもお給料がいいらしい。
やはり危険を伴うためか、王宮の事務官の倍額は初任給からあり、奨学金の返済が早く終わるのだ。
(危険……なのよね……)
ヴィヴィは魔物退治や争いなどが嫌で、魔法使いになりたくないと思っていたが、ランデルトはその最前線に出ることになる。
今さらそのことに気付いて、心配になってきた。
(もし、私に治癒魔法が扱えたら……)
少しでもランデルトの力になりたいが、治癒魔法が扱える者は国への登録は必須だ。
有事の際はすぐに招集されるらしい。
それなのに、魔法使いとして攻撃魔法を覚えるのは嫌だが、治癒魔法ならと考えてしまうのは、恋の為せる技だろう。
(まあ、治癒魔法はやろうと思ってできるものではないけどね)
ヴィヴィは軽くため息を吐いて、魔法騎士科の希望者が多いもう一つの理由に考えを向けた。
最近になってヴィヴィも実感もしていることなのだが、魔法騎士科はとにかくモテる。
闘技場が見えるのは魔法学室からだけではなく、どうやら家政科が入っている棟からも見えるらしい。
自習らしき時間には、女子生徒がきゃあきゃあ言いながら窓辺にずらりと並んでいた。
今まではまったく興味がなかったために、ヴィヴィは気付かなかっただけである。
ただヴィヴィにとっては幸いなことに、ランデルトのファンは消極的な子ばかりらしく、自分から声をかけることができないようだ。
しかもモテるのは学園内だけではない。
学園内では貴族の令嬢が多いので、平民出身の多い魔法騎士科はあくまでも目の保養的存在なのだが、学園を卒業すれば若い娘たちの憧れの存在として、それはもう大人気らしい。
そのことを思い、ヴィヴィは眉を寄せた。
ヴィヴィが研究所に入るかどうかは別として、ランデルトが卒業してから二年間は確実に離れ離れになるのだ。
魔法騎士科を卒業してからは、見習い期間としてどこかの騎士団に配属される。
(遠距離恋愛になる可能性大だわ……)
前世と違ってネットもなければ電話さえもない。
遠くの場所へ連絡を取りたい時は、届くまでに数日はかかる手紙を送るか、伝書鳩。
八回生になる前に、結婚のために卒業していく女生徒の気持ちが、今のヴィヴィにはわかる気がした。
もちろん、理由はそれだけではないはずだが。
(でも、もし私が早く卒業したらミアは無事に結婚できるのよね……)
ミアは今年で二十八歳になる。
この世界では完全に嫁き遅れなのだ。
だが婚約者はおり、彼はヴィヴィが無事に卒業するまで待つと言ってくれたらしい。
その気長な婚約者というのは、バンフィールド伯爵家の執事見習いで、ヴィヴィが入学する前に結婚の約束をしたそうだ。
もちろんヴィヴィの母である伯爵夫人はそのことを知り、学園にヴィヴィの侍女としてついていく必要はないと言ったそうだが、ミアが頑なに拒んだのだった。
そのことをヴィヴィが知ったのは一年前で、あまりにもいつも傍にいてくれたミアのことに考えが及ばなかった自分に腹を立てた。
そしてミアに、今からでも結婚するべきだと何度も説得したが、逆に自分は必要ないのかと嘆かれ、今に至る。
ちなみに、それなら先に結婚だけでもしてはどうかとの提案も却下されてしまった。
というわけで、ヴィヴィはできるだけ休日は実家に帰るようにしている。
また、今度の休日は卒業式の準備でヴィヴィは登校するため、その日一日は渋るミアに休みを与えていた。
(明日、先輩とどんな顔をして会えばいいかわからない……)
恋人同士には間違いなくなれたと思う。
アンジェロもおそらくそこまでは待ってくれたのだろう。
またあの時のことを思い出して、ヴィヴィは恥ずかしさに悶えた。
(ダメだ。このままだと眠れそうにない)
どんな顔も何も、寝不足の顔でだけは会えない。
羊を数えても無駄なことはわかっているので、ヴィヴィは舞踏会でのラストダンスを思い出した。
ランデルトと恥ずかしいながらも踊ったのはワルツだ。
頭の中に三拍子の曲が流れ、あの時の夢のような時間が徐々に本物の夢に変わっていく。
そして、ヴィヴィはようやく眠ることができたのだった。
翌朝。
心配していた寝不足もそれほどでもなく、若さゆえに顔にも出ることなく嬉し恥ずかしでマリルと一緒に校舎に向かった。
胸はどきどきして、今から顔がほてっているのがわかる。
何気ない話をマリルとしながら校舎へと着いた時、ヴィヴィは違和感を覚えた。
なぜか男子からの視線を感じるのだ。
その理由は、教室に入った途端にわかった。
「おめでとう、ヴィヴィ」
「おはよう、ジェレミア君、フェランド?」
「おはようございます。フェランド君、ジェレミア君」
「ヴィヴィアナさん、マリルさん、おはよう。別にフェランドは間違えたわけじゃないよ」
ジェレミアの言葉に、ヴィヴィとマリルは顔を見合わせた。
フェランドがふざけているのはいつものことなので、無視して挨拶したのだが違うらしい。
困ったように笑うジェレミアはそれ以上何も言わず、フェランドがにやにや笑いながらヴィヴィたちの無言の疑問に答えた。
「ヴィヴィ、ランデルト先輩と付き合うことになったんだってな?」
「……え?」
「それで、昨日の男子寮は大騒ぎだったぞ」
「何で……」
何がどうなって、もうランデルトのことが知られてしまったのか。
しかもなぜ、それが男子寮の大騒ぎに繋がるのか。
訳がわからず唖然としたまま、ヴィヴィは力が抜けたように椅子にすとんと座った。