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魔法学園45

 

「ずいぶん楽しそうだな、ヴィヴィアナ君は」

「え? そうですか?」

「うん。ずっとにこにこしているよ」

「ええ!?」


 生徒会室で作業をしていたヴィヴィは、ランデルトに言われて思わず両手を頬に当てた。

 別に変な顔をしていると言われたわけではないが、やはり恥ずかしい。


 ちなみに例の如く、部屋には二人きりである。

 先日の信任投票で無事に生徒会長になったランデルトは会長席に座り、ヴィヴィは円卓で作業をしているのだが、アンジェロや他のみんなはなぜか隣の会議室にいるのだ。


 ヴィヴィはすぐに手を離し、どうにか真面目な顔で取り繕うとしたが上手くいかない。

 ランデルトはそんなヴィヴィが可愛らしく、それでも笑わないように必死に堪えていた。


「実は、魔法科に無事に進級できることが決まったんです」

「そうか! それはおめでとう!」

「ありがとうございます」


 顔を輝かせて祝福してくれるランデルトに、ヴィヴィは頬を染めたままお礼を言った。

 ランデルトはまるで自分のことのように喜んでくれている。

 その笑顔を見ていると、ヴィヴィはさらに嬉しくなってきた。


「それで、来週のお休みには、マリルとジェレミア君とフェランド君と、進級祝いに街へ遊びに行くことになったんです」

「……四人で?」

「はい。四人は今まで一回生からずっと同じクラスだったんですよ。ですが、六回生からはさすがに別れるので、お別れ会ならぬ進級祝いということで遊びに行こうって話になりました。もちろん付き添いはいますけど」

「――そうか。五年間も同じクラスだったのなら、確かに少し寂しい気もするだろうな。だが、また魔法科クラスで新しい出会いもあるさ」

「そうですね。ですが今は、クラーラ先輩たちが卒業してしまうのが一番寂しいです」

「確かになあ……。それにジュリオがいなくなったら、誰がアンジェロを動かすんだか。そのくせ副会長とか、無謀だろ」

「今になってアンジェロ先輩の心配ですか?」


 しんみりしかけた空気を明るくするように、ランデルトがため息交じりに愚痴る。

 それが事実であることがおかしくて、ヴィヴィは笑った。

 もし二人が付き合うとしたら、この心地よい雰囲気は変わってしまうのだろうかと思うと、ヴィヴィは踏み出す勇気が持てないでいた。


 だがやはり、生徒会執行部の一員ではなくってしまえば、ランデルトと会う機会はほとんどないだろう。

 ヴィヴィはこんな時間もあと少しかもしれないと思い、寂しさを感じながらも黙々と作業を続けた。

 しかし、やがて仕事も終わるという頃になって、バキリッと聞き慣れない音が耳に入る。

 不思議に思って顔を上げたヴィヴィは驚いた。


「だ、大丈夫ですか?」


 ヴィヴィが目にしたのは、ランデルトの手元の万年筆が半分に折れている姿。

 そして、その欠片と思わしき物がころころと転がって机からぽとりと落ちた。

 それなのに、ランデルトは左手で額を押さえたまま動かない。

 余程の難しい案件か、何か問題が持ち上がったのかと心配したヴィヴィは、もう一度声をかけようとしてためらった。

 余計な邪魔をしてしまうかもしれないと思ったのだ。

 結局、そっとしておこうと結論を出した時、ランデルトがいきなり立ち上がった。


 その勢いは激しく、椅子がガンッと音を立てて後ろの戸棚にぶつかる。

 だが反動ですぐに椅子が戻ってきた時には、ランデルトはその場におらず、机にまたガンッとぶつかり書類などを落としておとなしくなった。

 一連の動きは一瞬であったが、ヴィヴィがそちらに気を取られている間に、ランデルトはすぐ傍に立っていた。


「せ――」


 いったいどうしたのかと問いかけようとしたヴィヴィの声は、ランデルトがその場に跪いたことで言葉にならなかった。

 椅子に座ったまま動くこともできず唖然として見下ろすヴィヴィを、ランデルトは決意に満ちた瞳で見上げる。


「ヴィヴィアナ君、俺の恋人になってくれないか?」

「せ、先輩……?」

「俺とヴィヴィアナ君では釣り合わないことは重々承知している。交流会で踊った時には、満足できた。舞踏会でパートナーを組んでくれた時には、これで十分だと思った。日々のこの何気ない作業でさえ幸せで、これ以上は望むべくもないと自分を律してきた。だがやはり無理だ」


 最初は聞き間違いかと思った。

 しかし、続いた言葉に返事よりも心臓が飛び出しそうで、思わず両手で自分の口を押えるヴィヴィに、ランデルトはなおも言い募る。


「だから、今だけでいい。俺はヴィヴィアナ君を独占したい。理由などなくても堂々と傍にいたい。一緒に過ごしたい。俺は、ヴィヴィアナ君が好きだ」


 何か、何か言わなければと思うのに、言葉が出てこない。

 ヴィヴィは今までこんなにも心のこもった言葉をもらったことがなかった。

 だから、何を言えばいいのかわからないのだ。

 だが言葉にできなくても、気持ちを伝えなければと、ヴィヴィは動いた。


 震える足に力を入れ、腰を浮かせて、椅子から下りると膝をつく。

 今度はランデルトが目を見開いて驚いたが、ヴィヴィは逞しい膝に置かれた大きな左手に自分の右手を重ねた。

 ただ恥ずかしくて顔は上げられず、生徒会室の床の小さな傷を見つめる。


「……ヴィヴィアナ君?」

「わ、わたしも…っ……い、一緒に……傍にいたい、です」


 ヴィヴィは好きだと言おうとして、どうしても恥ずかしくて言えなかった。

 火が出そうなくらいに熱い顔もまだ上げられない。

 それでもどうにか震える声で、言えるだけの言葉を口にした。


 すると、自身の左胸に当てていたランデルトの右手が、ぎゅっと握り締めたヴィヴィの左手をそっと包み込む。

 はっと顔を上げれば、真剣ながらも真っ赤な顔のランデルトと目が合った。


「それは……恋人になることを、承知してくれるということだろうか?」

「は、はい」

「嘘だ……」


 ランデルトの問いかけに、ヴィヴィはさらに赤くなって頷いた。

 しかし、聞こえてきたのは嘘だという言葉。

 さあっとヴィヴィの顔が青くなっていく。


「う、嘘?」

「いいい、いや! 違う! いや、本気で! 俺は本気だ! ただ、信じられなくて、その……本気で、俺はヴィヴィアナ君が好きなんだ」

「――はい」


 ランデルトがこんなことで嘘を言う訳がない。

 わかって当たり前なのだが、ヴィヴィも動揺していたらしい。

 少しずつ落ち着いてきたヴィヴィは、きちんと自分の気持ちも伝えようと決意した。

 いつの間にか両手とも大きな手に包まれていて、その温もりが勇気をくれる。


「あ、あの、先輩――」

「あー、もう無理。もう耐えられない。もう待てない」


 言いかけたヴィヴィの言葉を遮るように勢いよく開いたドアから、だるそうに呟きながらアンジェロが入ってきた。

 そのまま床で固まる二人を素通りして、アンジェロは自分の机に置いていた鞄を取り上げる。


「僕の仕事、終わったから帰るね、ランデルト」

「あ、ああ……」

「あと、お前の声でかいよ」


 そう言いながらアンジェロはドアの前で立ち止まり、振り返る。


「ヴィヴィアナさん」

「は、はいっ?」

「続き、どうぞ」


 すっかり勇気が萎えてしまったヴィヴィに酷なことを促して、アンジェロは帰っていった。

 そして、その場にはどうしようもない沈黙が残る。


「……さ、さてと。ヴィヴィアナ君はまだ仕事が残っているか?」

「えっと、もう終わります」

「そうか。ではさっさと終わらせて帰ろうか」

「は、はい」


 結局、告白の余韻も何もなく、気まずい中で二人は残りの仕事を片づけた。

 そこに、ちょうど仕事を終わらせた他の生徒会執行部と合流し、それぞれ別々に帰ることになったのだった。




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