魔法学園5
「あれ? ジェレミア君。また隣なのね」
「ああ、本当だ。これって腐れ縁っていうのかな?」
「ええ? 腐ってはないでしょ、まだ」
「まだ?」
「だって、まだ席決めも三回目だもの」
入学式当日の席決めから三か月に一度、このクラスでは席替えがあり、前回はヴィヴィが前、ジェレミアが後ろの席だった。
そして入学から半年、三度目の席決めでは一番後ろの右端にジェレミア、その隣にヴィヴィとなったのだ。
「ジェ、ジェレミア君、私は前の席になったマリル・アソニティスです」
「ああ、うん。マリルさん、よろしく」
にっこり笑って前の席に決まったマリル嬢に挨拶をするジェレミアを見て、ヴィヴィは思わず「けっ!」と言いそうになった。
あの入学式の反抗期坊やはどこへいったんだというくらいに、今のジェレミアはいつも微笑んでいる。
アドバイスしたのは自分とはいえ、ここまで上手く切り替えてやれるとは思ってもいなかった。
たかが十一歳とはいえ、さすがは王子様だ。
「どうしたの、ヴィヴィアナさん?」
「ううん、何でもない」
ヴィヴィアナの胡乱な視線に気付いて、ジェレミアが微笑みながら問いかけてきた。
しかし、その目は笑っていない。
だからヴィヴィアナもまた嘘臭い笑顔で答える。
(まったく、あの入学式初日の拗ねた態度でさえ演技だったんじゃないかと思えるわ。侮れないわね)
ジェレミアはすっかりクラスの――学園の人気者となってしまっている。
もちろん、将来の国王ともなれば予想通りというか、ご機嫌取りに集まってくる人種も多い。
そんな彼らにも笑顔で対応するものだから、ジェレミアの評判は上々なのだ。
十一歳でこれなら、十八歳になった時はどうなるのだろうと心配にはなるが、ヴィヴィにとっては将来の王様として頼もしくもあった。
魔力の相性のいい人――というか、好きな人はまだいないが、ヴィヴィには心に決めていることがある。
イケメンは観賞用。
男子は誠実に限る。イケメンは信用ならない。
それは偏見だとさすがにわかってはいるが、ヴィヴィの前世はイケメンに苦労させられたからだ。
浮気はもちろんのこと、借金、DVなど、色々と大変だったことは最近特に思い出してしまう。
ヴィヴィの前世は面食いで、イケメンは正義だった。
そんなことはないと気付いた今世では、身分も顔も慎ましくて優しくて、ヴィヴィ一筋な人と結婚したいと思っている。
この学園では十四、五歳くらいから交際を始める生徒もいるが、女性は当然貞淑さを求められるので結婚までは清い交際のはずだ。……たぶん。
十六歳で成人なので、一部の女生徒は卒業を待たず結婚のために退学することもあるようだが、たいていは卒業まで在籍している。
それだけ、この学園は居心地がいいのだろう。
入学して半年、それはヴィヴィも感じていることだった。
大人の目がないというのは、かなり自由である。
最初は不安だったヴィヴィも、ミアがいてくれたおかげで寂しくはなかったし、週末には帰ろうと思えば屋敷へと帰れるのだ。
「――ヴィヴィアナさんはどれに出るつもり?」
「はいっ?」
ぼんやりしていたせいか、ジェレミアに声をかけられてヴィヴィは声が裏返ってしまった。
そんなヴィヴィにジェレミアはいつもの笑顔を向けてくるが、絶対に内心では面白がっている。
「今度の学園魔法祭、どの競技に出場するつもりなのか訊いたんだよ。今、説明があっただろう?」
いつの間にか始まっていたロングホームルームは、もうすぐ開催される魔法祭について。
男女の委員長が前に出て、説明をしている。
「ああ、魔法祭ね……。えっと、私は補欠ということで」
「残念。全員参加だよ」
「俺は的当てかな」
「君には訊いてないよ、フェランド君」
「ええー。俺も会話に入れてくれよ。なあ、ヴィヴィ?」
「どうぞご勝手に」
いきなり会話に割り込んできたのは、ヴィヴィの前の席のフェランド。
バレッツ侯爵家の子息だ。
そして人懐っこいと言えば聞こえはいいが、ヴィヴィにとっては将来のイケメン候補であり、十一歳にしてすでに敬遠すべきチャラ男。
ジェレミアには偉そうにいつも笑顔で本心を隠したほうがいいとヴィヴィは忠告していたが、イケメン候補に対しては辛辣である。
それ以外の生徒には明るくしっかりした性格から、一部の女子を除いて、お姉さんのように慕われているのだ。
「マリルさんはどの競技に出るつもりなの?」
マリルはアソニティス伯爵家の令嬢で、おとなしく控えめな性格のようだった。
そんな彼女がジェレミアに挨拶しただけでも勇気を振り絞ったのだろう。
入学当初のような態度を取られていたら、間違いなくマリルは傷ついていたはずだと思えば、自分もなかなかいいことをしたなとヴィヴィは思っていた。
他にもそのような女生徒は多いのだ。
将来イケメンはさっさと他の女性のものになってほしい。
そしてヴィヴィは、ライバルは少なくても誠実な男子をゲットするつもりだった。
マリルを優しく会話に引き入れたようでいて、ヴィヴィの心の内は打算だらけである。
「私は……変え物競争かな? 変化魔法が得意だから」
「なるほど。それで考えると私の得意な魔法……って、何?」
「ヴィヴィは何でもそつなくこなすからなあ。これといって……」
「それって可もなく不可もなくってことよね。それと、フェランド君。私、あなたに愛称で呼ぶ許可をした覚えはないんだけど?」
「固いこと言うなよ。なあ、マリル? マリルだってヴィヴィって呼びたいよな?」
「え? あ、はい」
「マリルさんは、好きに呼んでくれていいのよ。でもフェランド君は却下」
「何でだよ」
「チャラいから」
「は? チャラ……?」
「いいの。何でもないわ」
「じゃあ、呼び捨てでいいってことだな」
「はあ!?」
「――先ほどから、フェランド君とヴィヴィアナさんは騒がしいですよ。出場競技は決まったんですか?」
「はい! 俺とヴィヴィはペア競技の魔法玉転がしに出まーす!」
「ちょっと!」
「まあ、いいじゃん。可もなく不可もなくなヴィヴィの魔法を存分に発揮できる競技だよ。俺、フォローするし」
「……じゃあ、負けたらフェランド君のせいだからね」
「おう、任せとけ」
ヴィヴィは基本的に責任を負うのが嫌いなため、ペア競技はある意味助かるかもと渋々了承した。
魔法玉転がしとは、手などの体は使わず、二人で協力して大玉を魔法の力でゴールまで転がすのだ。
要するに魔法の風や水を当てて転がせばいい。
もちろん火魔法は玉が燃えてしまうので無理だが、土魔法で玉の下の地面を波打たせて転がすという手もある。
ただし、二人で行うので息が合ってないと大変なのだ。
とにかくこれでもう他の競技は出ないでいいなとヴィヴィが安心していると、隣のジェレミアがさっと手を上げた。
「委員長、フェランド君は魔法耐久マラソンにも出たいそうです」
「おい!」
「ありがとう、フェランド君。助かるよ」
「それから、僕は的当てに出場したいです」
学園では皆平等とはいえ、一応は王子であるジェレミアに遠慮していたのか、ジェレミアの希望が出てからはクラスの他の生徒たちも出場希望を挙げだした。
そもそも一番不人気の耐久マラソンが埋まったせいもあるだろう。
残りの出場競技は簡単に決まっていく。
委員長にお礼を言われ、すぐにジェレミアが自分の出場希望を挙げたために、フェランドの耐久マラソン出場は決定事項となってしまっていた。
「ジェレミア……お前、覚えてろよ」
「うん、何が?」
恨めしげに睨みつけるフェランドを、ジェレミアはあっさりとかわす。
魔法耐久マラソンは様々な魔法を繰り出しながら長距離を走る競技で、時間がかかるためにその間は他の競技も催され、応援が少ない上に過酷な悲しい競技である。
もちろん学年によって難易度は違う。
さらにはプログラム一番になる玉転がしとも被らないので、問題はない。
(ああ、これあれだ。ジェレミア君とフェランド君は、ケンカするほど仲がいいってやつじゃない? ひょっとしてフェランド君は将来の腹心の部下候補かもね)
ジェレミアにも遠慮することなく呼び捨てて、しかも「覚えてろ」などと悪役なセリフを吐けるなど、フェランドはずうずうしいを通り越して大物である。
澄ました顔で委員長の話を聞いているジェレミアを見ながら、ヴィヴィは密かに嬉しくなっていた。