魔法学園43
「よし、これでいいわよね?」
「たぶんね。私も初めて書くからわからないけど……」
ヴィヴィとマリルは放課後、進路希望表に必要事項を書き終えると、もう一度見直した。
間違えていれば先生から新たな用紙とともに返されるだけなのだが、それはそれで面倒である。
何より保護者の承諾のサインをもらうのが、寮生としては大変なのだ。
「とはいえ、あれだけ悩んで魔法科を落とされたらどうしよう……恥ずかしいわよね」
「だ、大丈夫よ。ヴィヴィは魔法学の成績はいいし、フェランド君とジェレミア君以外はみんなヴィヴィは家政科に進むものと思っているから!」
「……ランデルト先輩も知ってる」
「あー」
進路については、貴族の令嬢は無条件で家政科に進級でき、子息は政経科に進級できる。
その代わりというか、魔法科と魔法騎士科は実力ある平民出身の希望者が多いため、倍率も高く希望通りにいかないことがあるのだ。
ちなみに平民出身の女子で家政科に進む場合、その後の職業は学園入学前の貴族の子女を対象とした家庭教師になることが多い。
ヴィヴィとマリルはそのまま教員室へ行き、希望票を提出した。
すると、担当の先生はヴィヴィが家政科ではなく、魔法科を希望していることにかなり驚き、ご両親はご存じなのかとしつこいほどに訊かれることになった。
前もってもらっていた父のサインもあったので、結局は受理されたのだが、先生は納得がいかないようだった。
「あの勢いだと、選考前にお父様に確認がいきそうだわ」
「まあ、ヴィヴィが魔法科っていうのはかなり予想外だものね」
「そうかなあ。でもその余計な先入観のせいで落とされたら嫌だわ」
「さすがにそれはないわよ」
「だよね? なら、いいんだけど」
一ヶ月後には最終選考の末、進路が決まる。
ヴィヴィは魔法学の成績が最近急に伸びてきて、学年でもかなり上位になっているのだが、先生の反応でますます不安になってきていた。
寮に戻りながらヴィヴィはため息を吐き、それから気持ちを切り替える。
「でも、進路が決まれば先輩たちは卒業しちゃうんだよね……」
「本当に早いわね。これから卒業式に向けて、七回生を中心に生徒会は活動するのよね?」
「うん。それに新しい三役も決めないと。会長はランデルト先輩で副会長にアンジェロ先輩がなるだろうけど、もう一人の副会長と書記は誰になるかなあ?」
この学園では三学期制なのだが、最終学年の八回生だけは二学期終了と同時に卒業となる。
春に向けて、社交界デビューや領地に戻って仕事に就くための準備期間とするためだ。
生徒会では前々から準備は進めていたが、明日の会議で新たな三役候補を決め、その後に全生徒の信任投票が行われる。
今までヴィヴィは生徒会に興味がなく、どうせ誰でも一緒と思い、いつも信任に丸をつけて投票していた。
生徒会は華々しいエリート集団というイメージだったため、きっと仕事も簡単にやってくれるだろうと思っていたのだ。
しかし、裏方に回ってみれば地道な作業の連続で、いかに大変なのかが今ならわかる。
そのため、ヴィヴィは歴代の生徒会の先輩たちに心の中で謝罪していた。
(でも考えてみれば、六回生以上の執行部の先輩たちは、来年も必然的になるけれど、補助委員はあくまでも候補なのよね。各クラス一人ずつ選出で、三役がいるクラスだけはもう一人選出されるけど……)
「私、来年は無理かも!」
「いきなりどうしたの?」
思わず叫んだヴィヴィに、マリルが驚く。
そんなマリルの手を握り、ヴィヴィは不安を訴えた。
「だって、生徒会執行部って各クラス一人選出でしょう? 家政科に進級ならともかく、魔法科だと生徒会に入れるとは限らないじゃない」
「……ヴィヴィは来年も生徒会に入りたいの?」
「それはっ……あれ?」
マリルから冷静に問い返されて、ヴィヴィはそこで気付いた。
確かに補助委員に決まった時は嫌々だったのだ。
六回生になればそのまま執行部入りする可能性が大きく、そのことが憂鬱でもあった。
だが、もしヴィヴィが魔法科に進級すれば、平民出身の子も多く、生徒会執行部やクラス委員長になりたがる生徒は多いだろう。
実際、今の補助委員もヴィヴィ以外の二人は平民出身である。
「……最初は、生徒会はすごく面倒で嫌だったけど、今はやりがいを感じているわ。執行部の人たちもとてもいい人ばかりで、新しい体験もできたから……」
「それにランデルト先輩にも会えたものね?」
「マリル!」
からかうように言うマリルに、ヴィヴィは顔を真っ赤にして抗議した。
慌てるヴィヴィを見て、マリルはくすくす笑う。
「生徒会じゃなくなったら、先輩に会いにくくなるっていう不純な動機はないの?」
「それは……ある」
「あら」
正直に打ち明ければ、マリルは首を傾げる。
ヴィヴィは後ろめたさから目を逸らして続けた。
「もちろんさっきも言った通り、生徒会の仕事自体やりがいがあって楽しいのよ? 今まで適当にしていた行事だって、大変だけど心から楽しめてる。今度の卒業式だって、寂しいけど会長やクラーラ先輩たちにいっぱいの感謝の気持ちを込めて送り出したいと思ってるわ。だけど、私とランデルト先輩はこれからどうなるのかなって不安もあるの」
「ヴィヴィはどうしたいの?」
「……わからない」
「そうなの?」
「だって、私は先輩が大好きよ。それに先輩が私に好意を持ってくれているのはわかるわ。でもその好意ってどれくらい? ただの可愛い後輩って程度? 付き合いたいって思ってくれるくらい? 独占したい? 結婚したい? じゃあ、私の大好きはどれくらい? 一生をかけるくらい? って、考え出したら止まらなくて、結局は今の関係を壊したくなくて、何もできないの」
前世のヴィヴィなら間違いなく告白していただろう。
相手の気持ちは関係なく、自分の気持ちを押し付けて満足していたのだ。
受け入れてもらえればラッキー。断られると一晩泣いて、新しい恋を探した。
もちろんその時は間違いなく本気だったし、イケメンなら誰でもよかったわけではない。
大人になれば結婚も意識して、彼からのプロポーズも待っていた。
今のヴィヴィだって、初めの頃はランデルトにもっと積極的に攻めるつもりだったのだ。
それなのにランデルトを知れば知るほど、近づけば近づくほど怖くなってしまう。
その不安は、振られることなのか、上手くいくことなのかがわからない。
「魔力の相性なんて、当てにならないもの……」
「……そうね」
ヴィヴィの呟きに、マリルも静かに同意した。
この学園内でも、付き合っていたのに別れてしまう人たちがいる。
一夫多妻制なのは、男性が何人もの女性を好きになれる――魔力の相性がいい女性が何人もいるからだ。
女性だって、夫がいながら浮気をしてしまう人もいるらしい。
子供を生み育てることはとても大切だけど、今のヴィヴィにはそこまでは考えられない。
あれほど愛し愛される幸せな家族を夢見ていたのに。
「ねえ、ヴィヴィ」
「うん?」
「私たちって、まだ十五歳じゃない?」
「ええ」
「でも、来年には成人として認められるのよ? それなのに、まだ進路も決まらなくて、将来のことなんて何もわからないわ。だから、不安になって当然なのよ」
「マリル……」
「だから私たちは今できることを一つ一つ頑張って片付けていくしかないのよ。その先に未来があるんだから」
マリルの言葉はずっと昔、前世で何度も聞いたことのあるようなものだった。
だが、今ほど心に沁みたことはなかった。
「ありがとう、マリル。その通りだよね。何かここのところ進路のこととか、クラーラ先輩が卒業しちゃうとか、色々とあって弱気になってたみたい。でも元気出てきた」
「よかった。偉そうに言いながら、私も不安でいっぱいなんだけどね。ひとまず私は大好きな手芸をしながら、素敵な人を探すつもり」
「じゃあ、私は先輩たちの卒業式を最高のものにするために頑張るわ」
「うん。お互い頑張ろうね」
「ええ!」
マリルに励まされて、ヴィヴィはいつもの前向きさを取り戻していた。
ランデルトのことは、心の中で密かに決める。
進級して生徒会に入れなかったら告白しようと。
それまでは好きの気持ちはひとまず置いて、生徒会の仕事に専念するのだ。
そしてもし生徒会を継続することになったら、その時はその時に考えようと。