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魔法学園42

 

 様々な衝撃が走った舞踏会から二ヶ月。

 王宮ではその影響が未だに残り、あちらこちらの派閥で活発に動きがあるようだが、学園ではいつもの日常を取り戻していた。


 あれからヴィヴィとランデルトに何か進展があったのかと言えば、ない。

 生徒会の仕事で会えば少し話をして、お互いにこにこしているだけで、周囲を苛々させていた。

 いわゆる「お前ら早くくっついちゃえよ!」状態である。


 ただヴィヴィが気になることといえば、ランデルトとダニエレの顔に当て布をしていることが以前に比べて確実に増えたことだ。

 ヴィヴィが心配して訊けば、「友情を確かめ合っているだけだから、心配しないでくれ」と言われてしまった。

 まるで漫画みたいだなと思いつつ、ヴィヴィはそれ以上何も言わなかった。


 結局、魔法騎士科と五回生の教室は棟が違うので、魔法学室から闘技場を覗くことはできても、直接会うことは生徒会の用事以外にはほとんどない。

 食堂利用も魔法騎士科だけなぜか時間がずれている。

 不思議に思ったヴィヴィが何気なく疑問を口にすると、ジェレミアが「騎士科の人たちは血の気が多いからね……」と遠い目をして言っていた。


 しかし今、ヴィヴィが頭を抱えているのは、ランデルトとは関係のないことだった。

 要するに、進路で悩んでいる。


「ああ、どうしよう……。進路希望用紙の提出まであと二日しかないわ」

「ヴィヴィは家政科と魔法科で悩んでいるんでしょう? それぞれの魅力と不満を挙げてみたら」

「魅力と不満……」

「たとえば、家政科に進めば大好きな手芸がいっぱいできる、とか――」

「それはマリルにとっての魅力でしょ? 私にとっては不満だわ」

「そのうち魅力になるかもよ?」

「現時点で違うなら意味ないじゃない」


 進路を家政科に決めているマリルの余裕の言葉にヴィヴィは突っ込み、二人で笑う。

 それから昼食についていたデザートを食べ始めていると、マリルが疑問を口にした。


「それじゃあ、どうして魔法科に進むことをためらっているの? はっきり言えば、家政科で習うことって花嫁修業みたいなものだし、それなら十分に家庭学習でも間に合うじゃない? 私は魔力が普通だし、政治には興味ないしで、家政科一択だけど、魔力の強い女子は魔法科に進む子も多いわよね?」


 平民出身で領主などの後見を得て学園に入学した女子は、魔力が強い。

 そのため魔法科か政経科に進む。

 基本的には王宮や領地で魔法使いや事務官として働くためなのだが、三年間で出世しそうな男子や貴族出身の男子をゲットできる利点もあるのだ。

 貴族出身の男子を無事にゲットできれば、奨学金返済を肩代わりしてくれ、そのまま結婚――ということもあるが、やはり正妻にはなり得ない。


 それなのに喜んで貴族男子と結婚する子が多いのは、やはり元日本人のヴィヴィには理解できないでいた。

 他の女性と夫を共有するくらいなら、自分の力で働いて自由に生きたほうが楽しいと思うのは、ヴィヴィが生きていた時代の影響が大きいだろう。

 デザートを食べ終わったヴィヴィはスプーンを置いて、ナプキンで口を拭いた。


「以前、ランデルト先輩と話していて気付いたんだけど、魔法使いって魔物を倒したりもしないといけないじゃない?」

「それは、まあ……魔法騎士とは別に魔法使いは騎士団所属になることも多いわね」

「最悪の場合、戦争が起こったら?」

「ヴィヴィ、それは考えすぎよ。それにお兄様のように研究所勤めだってできるじゃない」

「でも、有事には狩り出されるんじゃないかな?」

「何かあったの、ヴィヴィ? 今のところこの国は平和だし、魔物の被害も少ないほうよ。そもそも伯爵令嬢のヴィヴィが危険なことに巻き込まれるわけがないわ」

「うん、それはわかってるんだけどね……。それって不公平というか、卑怯じゃない?」

「卑怯?」

「だって、いざという時に力がありながら逃げ出して、安全な場所で守られるだけなんて」

「……ヴィヴィって、勇ましいわね」

「どこが? だって、怖いから魔法科に進むのを躊躇しているのよ?」

「上手く言えないけど、とにかく私は一生ヴィヴィについていくわ」

「ごめん、マリル。意味がわからない」


 眉を寄せるヴィヴィを見て、マリルはくすくす笑う。

 マリルの可愛らしい笑い声を聞いていると、ヴィヴィの気分も不思議と軽くなってきた。


「マリル、ありがとう」

「何のこと? 私は何もできていないわよ?」

「ううん。話を聞いてくれただけで、すごく助かった。ちょっと考えすぎていたみたいね。やっぱり魔法科にするって決めたわ。だって、魔物はともかく戦争云々に関しては、政経科に頑張ってもらえば回避できることでもあるものね」

「――すごく、身に沁みるお言葉をありがとう」

「ジェレミア君!」


 突然割り込んだ声にびっくりして振り返ると、ジェレミアとフェランドがトレーを持って立っていた。

 驚きから我に返ったヴィヴィは、わざとらしくジェレミアを睨む。


「立ち聞きはよくないと思うわ」

「最後のほうだけ偶然聞こえたんだ。ごめんね」

「別に謝る必要はないわよ。聞かれて困る話でもないし、むしろジェレミア君にこそ聞いてほしい話だったから」

「手厳しいな」

「当然よ。もちろん、そこで笑っているフェランドもよ」

「俺もかよ」

「違うの? てっきりフェランドは政経科に進級すると思ってたわ」

「そうだけどな」


 二人とも言いながら、フェランドはヴィヴィの隣に座り、ジェレミアは机を回り込んでマリルの隣に座った。


「ヴィヴィとマリルは家政科なんだろう?」


 当然とばかりに問いかけるフェランドの言葉に、ヴィヴィとマリルは目を合わせた。

 その雰囲気を察して、フェランドが軽く目を見開く。


「違うのか?」

「私は家政科だけど……」


 マリルが答え、ヴィヴィへと視線で続きを促す。

 ヴィヴィも隠すことではないので、あっさり答えた。


「私は家政科と魔法科で迷っていたの。でも魔法科に希望を出すわ。第二希望で家政科ね」

「え? マジで?」

「そうなんだ?」


 ヴィヴィの言葉に、フェランドもジェレミアも驚いたようだ。

 確かに学園の歴史を見ても、貴族の子女が家政科以外に進んだ例は少ない。

 バンフィールド伯爵家ほどの名門貴族の令嬢であるヴィヴィが家政科以外に進むなど、かなり珍しいだろう。


「ヴィヴィ、お前まさか、魔法科は魔法騎士科と合同授業があるから選んだんじゃないだろうな?」

「え? そうなの?」

「知らなかったのかよ」

「ヴィヴィアナさん、一応は希望するクラスの課程内容は調べておいたほうがいいよ」

「し、失礼ね。調べたわよ。ただ、合同授業があるって知らなかっただけ」


 意外な事実を知らされてヴィヴィが驚くと、ジェレミアが微妙な表情でアドバイスをしてくれる。

 だが、当然ヴィヴィだって調べていたのだ。

 そう反論すると、マリルがなるほどといった様子で呟く。


「そうよね。確かに魔法科と魔法騎士科は一部の課程がかぶっているものね」

「マリル、お前はまさか進む気もないクラスの課程まで調べたのか?」

「ええ、ひと通りは目を通すべきかと――」

「真面目か」


 フェランドの突っ込みに、マリルがは恥ずかしそうに赤くなった。

 何だかんだでフェランドはマリルによくかまう。

 この二人の関係も微妙だなとヴィヴィが思っていると、ジェレミアが問いかけてきた。


「もしヴィヴィアナさんが魔法科に進むとして、ご家族は反対されないのかな?」

「ええ、それはもう了承をもらっているわ。元々、両親は私に学園で好きなことを学べばいいと言ってくれていたから、特に反対もなかったの。お父様は結婚だってしなくていいって言っているくらいよ」

「マジか。あのバンフィールド伯爵が……。親馬鹿恐るべしだな」


 フェランドの言葉は事実なので、ヴィヴィは反論しなかった。

 王宮ではバンフィールド伯爵は厳しくて有名だと聞いたことはあるが、家では妻と娘にデレデレなのだ。

 たまに実家に帰るくらいなので父のことも大好きだが、毎日一緒に暮らしていたとしたら、ひょっとしてあの甘やかしが鬱陶しくなって、ヴィヴィも反抗期を迎えていたかもしれない。


「もうこの際、結婚せずに魔法研究に一生を捧げるのもいいかもね。ランデルト先輩にも、研究したい魔法の話をしたら面白そうって言ってもらえたし」

「――先輩にはもう話したんだ?」

「ええ、けっこう前にね。進路で悩んでいるって相談したの。――じゃあ、私たちはもう行くわね」


 先ほどより食堂が混んできていたので、ヴィヴィはマリルに合図を送って立ち上がった。

 まだ席に余裕はあったが、やはりジェレミアたちと一緒にいると目立つのだ。


「ああ、うん。引きとめて悪かったね」

「いいえ、楽しかったわ。じゃあ、また後でね」

「それでは私も失礼するわ。ごゆっくり」

「おお、あとでな。ヴィヴィ、マリル」


 申し訳なさそうなジェレミアの言葉を笑って否定し、マリルと一緒に食堂を出る。

 その間も視線を感じるのは、未だにジェレミアと仲良くしていることに皆が興味を持っているからだろう。

 これにはもう慣れるしかなく、ヴィヴィはこっそりため息を吐いたのだった。




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