魔法学園41
今年の舞踏会は例年にないほど皆に衝撃を与えて始まっていた。
今まで決してなかった会長のジュリオとクラーラの組み合わせに、二人のファンは嘆き悲しんだ。
八回生の舞踏会でパートナーを組むと、そのまま婚約ということがほとんどである。
ただ文句なしにお似合いのため、やっぱりという諦めの声とともに祝福の声も多かった。
また、ジェレミアとヴィヴィが長年のパートナーを解消したことも大きな話題となった。
そして、ジェレミアの新たな相手がジゼラであり、王妃候補と言われていたヴィヴィの相手がランデルトであることが様々な憶測を呼んだ。
ジェレミアがヴィヴィを振り、ジゼラを選んだことで傷心のヴィヴィはランデルトを選んだのではないかと。
これがジュリオやアンジェロだったのなら、まだみんなも納得しただろうが、相手は伯爵家四男で強面のランデルト。
彼では明らかにヴィヴィの相手には不足だと思われた。
しかし、ヴィヴィはとても嬉しそうにしており、あのランデルトも厳つい顔に笑みを浮かべ、お互い楽しそうに過ごしている。
ジゼラも当然満足そうではあるが、彼女はいつも自信満々であり、ジェレミアも穏やかな笑みを浮かべているだけなので、よくわからない。
さらには今、ジェレミアとヴィヴィは二回目のダンスを楽しそうに踊っているのだ。
ジゼラはアンジェロと踊っている。
いったいどうなっているのかと、皆は首をひねり、寮に帰ったらすぐにあるがままを家に伝えなければと、貴族出身の者たちは二人に注視していた。
「楽しそうね?」
「そりゃね。でも、ヴィヴィアナさんも楽しいだろう?」
「……悔しいけど、楽しんでるわ」
心からにこにこと笑っているジェレミアと踊りながら、ヴィヴィは問いかけた。
すると、素直な返答とともに問い返される。
仕方なくヴィヴィも素直に答えて笑った。
パートナーを解消したはずの二人が二度もダンスを踊るのはなぜなのかと、皆おそらく見当外れなことを考えているだろう。
「色々考えても、みんな一生答えにたどり着けないだろうね」
「あら、意外とただの友情だと気付く人もいるかもよ?」
「だとすれば、僕の演技力は完璧だね」
「ジェレミア君の演技力は常に完璧だと思うけど?」
「……どうやらその通りらしい」
ジェレミアの言葉になぜか違和感を覚えたヴィヴィだったが、突然くるりと回されて、ヴィヴィは小さく悲鳴を上げた。
「もう! ジェレミア君、私はダンスは苦手なのよ。無茶なターンやステップはやめて!」
「とか言いながら、しっかりついてきているじゃないか」
「それはジェレミア君のリードが上手いからよ」
「お褒めにあずかり光栄です」
「褒めてないわ、苦情を言ってるのよ」
すぐにありきたりなステップに変わり、二人はゆっくり踊りながら笑った。
こんなやり取りも久しぶりで、ヴィヴィは心から楽しんだ。
そしてダンスが終わると、ジェレミアはランデルトの許へとヴィヴィを連れて戻る。
「ランデルト先輩、ヴィヴィアナさんをよろしくお願いします」
「……ああ、もちろんだ。ジェレミア君」
「では、ヴィヴィアナさんありがとう。楽しかったよ」
「こちらこそ、ありがとう。ジェレミア君」
「ではまた」
軽く礼をしてジゼラを迎えにいくジェレミアの背中を、ヴィヴィは何気なしに見つめた。
「……ジェレミア君はいいやつだな」
「はい。とても」
迷いなく答えたヴィヴィに、ランデルトは苦笑して、ビュッフェのほうへと連れていく。
ヴィヴィはお腹は空いていなかったが、喉が渇いていたので、ランデルトからありがたく炭酸水を受け取った。
「ジュスト君とアレン君とのダンスも可愛かったよ」
「ありがとうございます。二人とも、歓迎会の時よりずっと上手くなってたんですよ」
「そりゃ、目標があったからだろうな」
「目標?」
「ダンスが上手くなって、好きな女の子をかっこよくリードしたいってのは、男として当然思うことだからな」
「先輩もですか?」
「なぜ、意外そうな顔をする……」
「あ、すみません」
「いや、かまわない。俺自身びっくりだからな」
「そう、ですか?」
ストイックなイメージのあったランデルトの言葉に驚いたヴィヴィだったが、傷ついた顔をされて慌てて謝罪した。
すると、ランデルトは笑って許してくれたが、結局はどういうことからわからなくなって、ヴィヴィは困惑した。
途端にランデルトが噴き出す。
「すまない。あまりにもヴィヴィアナ君が可愛くて」
「はい!?」
笑われたことにちょっとだけショック受けたヴィヴィに、ランデルトはさらりととんでもないことを言う。
顔を真っ赤にしたヴィヴィを優しく見下ろして、ランデルトは続けた。
「まあ、好きな子云々は別として、俺は毎年アンジェロの姉さんに振り回されてばかりだったからな。今年こそはと必死に練習しても、どうしても勝てない。だがそのお陰でヴィヴィアナ君とは恥をかかずに踊ることができてよかったよ」
「先輩はリードがお上手で、安心して踊れます」
実際、交流会の時には失礼ながら驚いたのだ。
他の男子とヴィヴィは踊ったことはないが、みんなのダンスを見ていればだいたいわかる。
だがランデルトは大きな体をとても軽やかに動かし、ヴィヴィを上手くリードしてくれた。
もちろんこの舞踏会でも。
「そう言ってもらえると、嬉しいよ。本気でアンジェロの姉さんたちは容赦ないからな」
そう言うランデルトの視線の先には、ジェレミアと踊るメラニアの姿があった。
その二人を見て、ヴィヴィも思わず納得してしまう。
確かにあれはダンスではなく戦いだ。
お互い爽やかな笑みを浮かべ優雅に踊っているが、よく見ればステップはとても複雑なものである。
「大変ですね……」
「今年の試練は終わったから大丈夫だ」
少し前、ヴィヴィがフェランドと踊っている時に、ランデルトはメラニアと踊っていた。
あの時はひたすら微笑み合う二人にちょっと嫉妬してしまい、すぐに視線を逸らしたが、そんな生易しいものではなかったらしい。
ちなみにフェランドの今年のパートナーは、男子の誰もが初めはわからずに外部の女性だと思った。
それが実は実行委員の六回生の女子だとわかり、男子の間に衝撃が走った。
今まで地味で目立たなかった先輩で、それが今回驚くほどの変身を遂げ、美しくなっていたからだ。
女子にそれほど驚きがなかったのは、普段から寮で顔を合わせており、みんなが先輩のことを磨けば綺麗になるのになと思っていたからである。
女子の間では衝撃よりも、「さすがフェランド君」という思いが強く、おそらく先輩が嫌がらせされることはないだろう。
「もうすぐラストダンスだな」
「そうですね」
いつの間にかラストダンス前のお決まりの曲が流れている。
この曲が流れれば、皆はラストダンスに向けてパートナーの許へ戻るのだ。
「では、ヴィヴィアナ君。私と今日最後のダンスを踊っていただけますか?」
「――はい、喜んで」
儀礼的な誘い文句を口にしたランデルトの顔はとても真剣で、答えるヴィヴィの声も震えた。
そして手を取り合った二人は照れながらも微笑み合い、ダンスフロアへと歩み出ていったのだった。