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魔法学園40

 

 あまりの美しさに圧倒されたヴィヴィだったが、そこでふと思い出した。

 毎年、必ず舞踏会に現れる謎の美女二人のことを。

 パートナーに興味はなかったので、美女の姿ばっかり目で追い、ジェレミアに笑われたほどだった。


(そうか、アンジェロ先輩のお姉様だったんだ……)


 アンジェロファンの友達が、戦う前から負けている、と嘆いていたことを聞いたこともあるが、それも納得してしまう。

 ただこれほどの美女を毎年エスコートしていたのなら、ランデルトに「綺麗」と言ってはもらえたが、種類が違うんだなとかすかに落ち込んだ。

 そんな考え自体間違っているのだが、これは理屈ではどうにもならない。

 本当に戦う前から負けている。


「それでランデルト。そちらの美しくて奇特なお嬢さんを紹介してくれないの?」

「奇特は余計です。メラニアさん」

「あら、だってランデルトとパートナーを組もうだなんて、奇特な子以外にあり得ないでしょう?」

「……こちらは、俺のパートナーで五回生のヴィヴィアナ君。ヴィヴィアナ君、こちらはアンジェロの二番目の姉君でメラニアさん」


 結局、ランデルトは諦めたように二人を紹介した。

 年の離れた姉の二番目とはいったい何歳なんだろうとは思ったが、気にしても仕方ないのでヴィヴィは膝を折って深く腰を落とし、恭しく挨拶をした。


「はじめまして、ヴィヴィアナです」

「メラニアよ。よろしくね、ヴィヴィアナさん」

「はい、よろしくお願いします」


 ヴィヴィが律儀にもう一度膝を折ると、メラニアは持っていた扇子で口元を隠し、くすくすと笑う。

 おそらく自分が笑われているのだろうとは思ったが、ヴィヴィはまったく嫌な気がしなかった。


(いや、むしろ〝お姉様〟って言いたくなるほどだわ。こういうのってカリスマ性があるっていうのかな)


 そう考えながらも、このように素敵な女性が四人も身近にいたのでは、確かに他の女性では物足りないのかもと、ヴィヴィは気怠げなアンジェロを見て思った。

 その時、後ろから聞き慣れた声がする。


「お義姉様! いらしてたんですね!」


 振り返れば、喜色満面のジゼラといつもの笑みを浮かべたジェレミアが近づいてきていた。


「そうよ、ジゼラさん。ようやく私に気付いてくれたのね。私は、あなたが少し前から休みのたびに屋敷に帰ってはドタバタと騒いでいることには気付いていたわ」

「も、申し訳ありません、お義姉様」

「いいのよ。その理由も今はよくわかったから」


 にっこり慈愛に満ちた笑みを浮かべるメラニアは、妖艶な美女から菩薩様のように見えた。

 もちろん菩薩様と言ってもヴィヴィ以外に誰もわかってはくれないだろう。

 そしてヴィヴィは、初めて見るジゼラのしゅんとした姿にちょっとだけ驚いていた。

 どうやらメラニアはジゼラの兄と結婚しているらしい。

 三年前に結婚したヴィヴィの上の兄の奥様は淑女の鑑とでもいうべき素敵な女性で大好きだが、メラニアのような女性が姉であったなら、また違った楽しさがあるだろうなとヴィヴィは思った。


「お義姉様、紹介するまでもないかとは思いますが、紹介いたしますわ。こちらは私のパートナーのジェレミア様です。ジェレミア様、こちらは私の兄トレッティの奥様でメラニア義姉様です」

「はじめまして、メラニア殿。噂通り、とても美しい方ですね」

「ふふふ。ありがとう、ジェレミア君。こちらもあなたの噂はよく耳にするわ。とても優秀な方だと」

「ありがとうございます」


 子供のように嬉しそうにジェレミアを紹介するジゼラを見ていると、ヴィヴィまで自然と微笑んでいた。

 今のところヴィヴィがランデルトを紹介するような相手はいないが、おそらく自分も同じようになってしまうだろうと思う。

 ただジェレミアとメラニアのお互いの挨拶は、微笑み合っているのに、なぜかヴィヴィには肉食獣同士が睨み合っているように見えた。

 この空気の中でにこにこできるジゼラと、興味なさげにあくびをしているアンジェロは大物だろう。

 ラデルトも同じように感じているのか、さり気なくヴィヴィを庇うように前に出て、お決まりの挨拶を口にした。


「ジゼラ君、ジェレミア君。今日一日、楽しめるといいな」

「ジゼラさん、その髪型、とても似合っているわ。ジェレミア君も言うまでもないでしょうけど、素敵ね」

「ええ。ありがとう」

「ヴィヴィアナさんにそう言ってもらえるなんて嬉しいな。ありがとう。ヴィヴィアナさんもいつも以上に綺麗だよ」

「ありがとう、ジェレミア君」


 褒められれば素直にお礼を返すのは習慣だが、必ず褒めなければいけないわけではない。

 満面の笑みでジェレミアに褒められてヴィヴィがお礼を返すと、ランデルトが再びヴィヴィの手に手を重ねた。


「では、我々はこれで失礼するよ」


 軽く頭を下げたランデルトに続いて、ヴィヴィも片手でドレスの裾を摘まんで小さく膝を折る。

 そして四人からある程度離れたヴィヴィは大きく息を吐いた。


「メラニアさんにお会いして、すごく緊張してしまいました。何か失敗していないか心配です」

「十分だよ。彼女たちを前にすると、満足に挨拶もできないやつもいるからな。アンジェロの姉さんたちは密かにアルボレート伯爵家の魔女四姉妹と呼ばれているんだ」

「魔女……」

「それに、ヴィヴィアナ君はメラニアさんに気に入られたみたいだな」

「ええ? そうなんですか?」


 いったい何がどうなって気に入られたのかさっぱりわからなかったが、とにかく嬉しい。

 喜びに顔を輝かせるヴィヴィを見て、ランデルトも柔らかく微笑む。

 するとヴィヴィの胸はまたもや高鳴った。

 本当にランデルトの笑顔はやばい。


(ギャップ萌えというものを、まさか今世で理解することになるとは……)


 思わずランデルトの腕に添えていた手に力を入れると、ランデルトは慌てて片方の手を離した。


「す、すまない、また……」

「え? あ、いいえ。違います。あの、ただ……」


 ランデルトにギャップ萌えしていたとはとても言えない。

 しかも、あの空気から守るようにしてくれたことが、ヴィヴィにとってはどれほど嬉しかったか伝えたいのに、やはり上手い言葉が出てこなかった。


「あの、先ほどの……メラニアさんとジェレミア君とのやり取りは、不思議な空気でしたね」

「ああ。あれはあれで、ジェレミア君はメラニアさんに別の意味で気に入られたみたいだな。あの四姉妹を味方につければ、まず間違いなくジェレミア君は王になれるだろう」

「それほどの方なのですか?」

「まあ、俺も噂でしか知らないがな……。アルボレート伯爵家はそもそも女系一家なんだ。確かアンジェロが何百年ぶりかで生まれた男子らしい」

「それは……すごいですね」


 結局、ランデルトに気持ちを伝えることはできなかったが、その場しのぎの話題で予想外の事実をヴィヴィは知って驚いた。

 やはり、あの空気で何がどう気に入られていたのかはさっぱりわからなかったが。

 ただ世の中は男性が動かしているようで、女性が陰から動かしていることなどざらであり、ランデルトの言葉も真実に近いのだろう。

 メラニアが影響力の強いブルネッティ公爵家に嫁いでいることから、他の姉妹も影響力の強い家に嫁いでいるのかもしれない。


(あら? ちょっと待って……。確か我が家にも何代か前にアルボレート伯爵家から嫁いでいらした方がいたはず……)


 今度実家に帰ったら調べてみようと考え、それからちらりとジェレミアのほうを見た。

 会場はずいぶん人が増えてきており、ジェレミアの周囲には多くの人がすでに集まっている。

 今年はパートナーがヴィヴィでないことに驚いているのか、幾人かの視線がさまよっているのはヴィヴィを捜しているからかもしれない。

 ジゼラはジェレミアと腕を組んだまま、まるで女王様の風格で挨拶を受けている。

 ヴィヴィが疎外感を覚え、寂しくなってしまったのは、きっと将来を見ている気がしたからだろう。


「そろそろ行こうか」

「あ、はい」


 舞踏会は実行委員長の言葉で始まるが、生徒会執行部と魔法祭実行委員は一緒に壇上に上がって後ろに並ぶのだ。

 壇上を見れば、何人かはもう上がっている。

 それは委員同士でパートナーだからだろう。

 相手が委員でない場合は、しばらく離れて待っていてもらわなければならない。


 この日のために会場に飾り付けられた大きな生け花の陰に隠れるように立っていた二人は、壇上に向けて腕を組んで進み始めた。

 途端に会場にざわめきが広がっていく。

 ランデルトの体が大きく目立つだけでなく、エスコートしているのがヴィヴィだからだった。


 ジェレミアとジゼラの組み合わせを見ても、いまいち半信半疑だった皆が、ヴィヴィとランデルトが明らかにパートナーとして一緒にいることでようやく理解したのだ。

 五年目にしてパートナーを解消したジェレミアとヴィヴィの間にいったい何があったのかと、皆の間に衝撃が走る。

 こうして今年の魔法祭舞踏会は、会長とクラーラがパートナーを組んでいることによってさらなる衝撃を与えて始まったのだった。




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