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魔法学園39

 

 魔法祭は華々しく幕を開け、学年別クラス対抗の魔法競技ではフェランドの作戦通り、ヴィヴィたちのクラスが圧勝した。

 ちなみに六回生からは各クラス特色がありすぎるので、様々な有利、不利のルールが課せられている。

 ヴィヴィは当然ランデルトのクラスを応援し、魔法騎士科は一番大きな不利ルールではあったが、七回生では見事優勝を果たしていた。


 そしていよいよ舞踏会である。

 午前中は皆が準備に追われ、女子寮はちょっとした戦場と化していた。

 そして開始時間も近くなると、男子が女子寮入口までパートナーを迎えにきたり、他の場所で待ち合わせたりと忙しく生徒たちが動く。

 女子寮の入り口は毎年混み合うので、ヴィヴィはランデルトと女子寮から学園までのわずかな道程にある小さな石像の前で早めに待ち合わせていた。


 会場の最終チェックは生徒会及び実行委員の男子が午前中にしている。

 後は特別に王宮や各貴族の屋敷から派遣された使用人たちに任せれば間違いはない。

 それでもどうしても早く会場入りしたくなるのは役職柄仕方ないだろう。


 ヴィヴィは待たせてはダメだと約束の時間よりなおも早く寮を出た。

 こういうところが前世の都合のいい女体質が抜けていないのかもしれないが、女性は遅刻するものという風潮があまり好きではない。

 何より大好きなランデルトを待たせたくなかった。

 しかし、石像の近くにやって来ると、ひときわ背が高く、体格のいい男性が立っている姿が見えた。


「……先輩?」


 ヴィヴィの驚きの声に応じて、男性が振り返る。

 すると、予想通りランデルトだった。

 周囲はまだ時間が早すぎて、ほとんど誰もいない。


「――ヴィヴィアナ君、早いな」

「先輩のほうが早いです。お待たせしてすみません」

「いや、俺は……その、いてもたってもいられなくてと言うか……と、とにかく、その……すごく綺麗だ」

「……ありがとうございます」


 いったいどれだけ初々しい恋人同士だと突っ込みたくなるほどに、それきり二人は向かい合ったまま顔を赤くして黙り込んでしまった。

 ヴィヴィは初めて褒められたわけでもなく、ジェレミアやフェランドにはすんなり「あなたも素敵よ」などと返せるのだが、今日は上手くいかない。


 また、侍女のミアには今年用に仕立てたドレスで十分などと言っておきながら、今朝は屋敷から取り寄せていたドレスを全て着て試し、悩み、結局は仕立てたドレスに落ち着くという騒動を繰り広げていた。

 しかも、普段はミアに任せっぱなしの髪型もあれやこれやと試してもらい、お化粧も口紅の色でどれほど悩んだか。

 最後はやはりヴィヴィを一番に知っているミアの言葉を信じて、いつもよりほんの少しだけ紅い口紅を差したのだった。


「こ、ここにいつまでいても仕方ない。行こうか」

「は、はい」


 やがてランデルトが声を出して動き、ヴィヴィへと腕を差し出す。

 一度ダンスを踊っているとはいえ、正式なパートナーとして一緒に舞踏会へ出席するというだけで、ヴィヴィの手は震えた。

 それでもたくましい腕に手を添えれば、自然と心も落ち着く。

 もちろん心臓はどきどきしたままではあるが、もう何日も一緒に仕事をこなしてきたのだ。

 ランデルトがどれほどに頼れるかはわかっている。


 二人が会場に入ると、生徒たちはまだほとんど来ていなかった。

 というよりも、すでに来ているのは生徒会か実行委員会の者たちばかりだ。

 その中にマリルの姿を見つけ、思わず嬉しくなる。

 すると、そんなヴィヴィの様子にランデルトがマリルのほうへと足を向けた。


「先輩、他の方への挨拶はよろしいんですか?」

「他のやつらはいつでも会える。だが、リューベン殿とは久しぶりだからな」

「ご存じなんですか?」

「リューベン殿とは寮の部屋が隣同士で何かとよくしてもらったんだ。特に魔法学の座学では助かった」


 ランデルトの気遣いを感じつつも、他にも会長やクラーラ、アンジェロと妖艶な美女などがいるのにいいのだろうかとヴィヴィは問いかけた。

 すると意外にもランデルトはマリルの兄のリューベンを知っていたようだ。


「そうだったんですね」


 マリルの兄は魔法科を一番の成績で卒業した優等生だった。

 王宮の魔法使いにとも誘われたそうだが、研究のほうに専念したいということで、今は魔法研究所で働いているらしい。


「ヴィヴィ、今日は一段と綺麗ね」

「ありがとう、マリル。今日はさらに可愛いわ」


 舞踏会での褒め言葉はいちいち謙遜しないで素直に受け取るのが習慣である。

 最初の頃はこの習慣に、元日本人であるヴィヴィは慣れずにかなり恥ずかしかった。

 それでも今はずいぶん慣れてきた。


「ヴィヴィアナ君、久しぶりだね。とても綺麗になっていたから最初、わからなかったよ」

「ありがとうございます、リューベン様。リューベン様のご活躍はマリルからよく伺っております。またぜひ詳しく教えていただけたらと……。あ、もちろんお話できる範囲でかまいませんのでよろしくお願いします」

「うん。今の僕の研究はね、空間に漂う魔力を――」

「お兄様、そのお話は今ではありません。ランデルト先輩、失礼いたしました。今日は一段と素敵ですね」

「ありがとう、マリル君。しかし、マリル君もとても可愛いよ」

「ありがとうございます。先輩は兄とは面識がございましたね?」

「ああ、リューベン殿には大変お世話になったんだ。その節はありがとうございました」

「いやいや、ランデルト君はまたずいぶん逞しくなったねえ。確か魔法騎士科に進んだんだよね?」

「はい」


 舞踏会ではパートナー必須であり、兄弟姉妹を連れてくる生徒も多いので、ちょっとした同窓会になってしまう。

 卒業パーティーは卒業生とその同伴者しか入れないので、魔法祭でのこの光景も仕方ないだろう。

 そこでヴィヴィは、毎年この舞踏会でランデルトは誰をパートナーにしていたのだろうとふと思った。

 今まで考えもしなかったのが信じられないくらい、どんどん気になってくる。

 マリルなら知っているかもしれないが、この場で訊くこともできない。


「それにしても、本当に女性の成長には目を瞠るものがあるね。ヴィヴィアナ君と最後に会ったのは、僕が卒業する前だったから、まだこれくらいだったのに」


 もやもやしているうちに、リューベンが片手を自分の腰のあたりに広げて言った。

 するとマリルが肘で兄を小突く。


「それは大げさです、お兄様。でもヴィヴィは本当に綺麗になったでしょう?」

「うん、その通りだね……」

「ありがとうございます」


 しみじみと言うリューベンの言葉が照れくさくて、ヴィヴィは頬を染めてお礼を言った。

 好きな人に褒められるのも嬉し恥ずかしだが、好きな人の前で褒められるのも恥ずかしい。

 またリューベンとは二回生の時以来なので、十二歳の頃と十五歳になった今では大きく違うのも当然だろう。

 とりあえず笑っておこうという日本人思考で誤魔化していると、逞しい腕に添えたヴィヴィの手に、ランデルトのもう片方の手が触れた。

 どきりとしてヴィヴィが見上げると、ランデルトは厳つい顔を和らげる。


「ヴィヴィアナ君、そろそろ他の方にも挨拶に行こうか?」

「あ、はい。では、リューベン様、舞踏会を楽しんでくださいね。マリルもまたね」

「ありがとう、ヴィヴィアナ君。では、ランデルト君もまた」

「またね、ヴィヴィ。ランデルト先輩、お引止めしてすみませんでした」

「いや、こちらこそ忙しなくて申し訳ない」


 二人に挨拶をしてその場を離れると、ランデルトに連れられて歩いた。

 誰に挨拶へ行くのかよくわからなかったが、ヴィヴィはちょっと反省した。


「先輩、すみませんでした」

「は? どうした?」

「マリルと話し込んでしまって。他にも挨拶をしなければいけない方々がいらっしゃるのに、先輩のお時間を取らせてしまいました」

「ち、違う違う! その、違うんだ! いや、俺が悪いんだ!」


 ヴィヴィの言葉に、まるで我に返ったかのようにはっとして、ランデルトは未だにヴィヴィの手に触れていた手を慌てて離した。

 そして勢いよくその手を横に振る。

 風圧で思わずヴィヴィの両サイドに垂らした髪の毛が揺れるくらいに。


「いや、あの……情けない……」

「先輩?」

「その、リューベン殿に挨拶したかったのは本当なんだが、あまりにもヴィヴィアナ君を褒めるからどうにも……。しかも、俺の知らないヴィヴィアナ君の小さい頃を知っているんだなと思うとさらに我慢できなくなって、放り投げたくなってしまった。だから、早くあの場から離れたほうがいいと……」


 耳まで赤くした顔を片手で覆い、ぼそぼそと呟くランデルトの言葉は聞き取りにくかったが、しっかり意味は伝わった。

 放り投げたくなった発言は流すことにしても、とにかくランデルトは嫉妬してくれたのだ。

 それが嬉しくて、ヴィヴィもまた真っ赤になり俯きがちに打ち明けた。


「私も、今さらですけど……先輩が去年までいったい誰をエスコートしていたんだろうって思って、もやもやしていました。いえ、今もしています。でも考えても仕方ないので忘れようと……」

「あ、ああ、それなら去年まではアンジェロの姉さんにお願いしていたんだ」

「アンジェロ先輩のお姉様?」


 ほっとするべきなのかもしれないが、やはりちょっと胸がざわりとしてしまうのは仕方ないだろう。

 アンジェロの姉なら絶対に美人に決まっている。

 そう思いつつも、ランデルトの説明をヴィヴィは笑顔で聞いた。


「そうなんだ。アンジェロには姉さんが四人もいてな。皆、年は離れていて結婚はしているんだが、学園の舞踏会は懐かしいといつも付き合ってくれて。確か一番年が近い姉さんでも今年――」

「あら、でかい図体で通行の邪魔をしているのは、ランデルトではなくて?」

「そうだよ、姉さん。脳筋にもついに花が咲いたらしくてね。毎日毎日、そわそわして鬱陶しいんだ」


 背後から聞こえた声に、ランデルトはギギギと音が鳴るのではないかという仕草で振り返った。

 ヴィヴィももちろん振り返り、息を呑んだ。

 そこには先ほど見た妖艶な美女がアンジェロと一緒に立っていたのだ。

 間近で見ればその美しさの迫力は凄まじく、ヴィヴィを含めた周囲の景色を霞ませるほどの威力を持っていたのだった。




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