魔法学園37
気がつけば、生徒会内ですっかり公認の仲になってしまったヴィヴィとランデルトは、何かと理由をつけて二人で仕事をさせられていた。
正確には押しつけられている。
それでもヴィヴィはランデルトと二人で仕事ができることが嬉しかった。
また、会長とクラーラのことにしてもそうだが、執行部の者たちはわざわざ口外したりしないので安心である。
ただ一つ、今のヴィヴィには気になることがあった。
「あの、先輩のそのお怪我は治癒魔法で治されないんですか?」
「私情での怪我は、基本的に治癒師は治療してくれないんだ。だが、舞踏会までには治るから心配しないでくれ」
「ですが、痛そうです」
「ああ、心配かけてすまない、ヴィヴィアナ君。ただこの痛みが現実を思い出させてくれるからいいんだ」
「そう、ですか……」
ランデルトのことがヴィヴィは好きだ。
しかし、彼のことを知れば知るほど、たまに理解できないことがある。
それで嫌いになるというわけではなく、むしろ意外な一面を見ることができて嬉しくもあるのだが、やはり怪我はしてほしくない。
(私情って……お友達のダニエレ先輩だっけ? まさか、本当にあの方を殴ったんじゃ……)
魔法学室から闘技場を見た時に、ダニエレは顔に怪我をしていたのだ。
そして殴り返されたのではないかと思うような怪我が、ランデルトの両頬にある。
当て布をしているのでよく見えないが、初めの頃は確実に腫れていた。
今は変色しているのがわかる。
(この間の発言とは関係なく、ただ単にケンカしたのかな? とすれば、もう仲直りもしたってことよね……)
ランデルトとダニエレはお互い、両頬に当て布をしていながらいつものように笑い合っていた。
男子の友情というものが、ヴィヴィにはよくわからない。
前世のヴィヴィには男兄弟がいなかったし、彼氏に友達を紹介してもらうこともほとんどなかった。
そこまで思い出して、ヴィヴィは落ち込んだ。
もう何度も考えたことではあるが、本当に自分は都合のいい女だったのだなと。
「ヴィヴィアナ君、どうかしたのか? やはり仕事量が多すぎるか?」
「い、いいえ! 私は大丈夫です!」
「そうか……」
ランデルトは無骨なようで、ヴィヴィのちょっとした変化にも気付き、気を配ってくれる。
今も仕事量が多いと言いながら、さり気なく自分のほうが多く引き受けているのだ。
ジェレミアやフェランドにしてもそうだが、まさしくレディファーストな扱いを自然に受けると、元日本人としては嬉しいやら恥ずかしいやらで言動が怪しくなってしまう。
以前はそれでよくフェランドにからかわれたりもした。
もちろん他の男子もほとんどは優しく、これが一夫多妻制を容認してしまう理由の一つかと納得もする。
(とはいえ、なかには酷い扱いを受けている奥さんもいるって聞くし……。やっぱり釣った魚には餌をやらないってやつかなあ。でも、日本人男性でもそれぞれだし、人間性によるとしか言えないか……)
この世界では女性の権利はある程度保証されている。
ある程度というのは、女性に財産、地位があればの話だ。
持参金は夫のものにはならないし、場合によっては女性が爵位を継ぐことも可能である。
また平民出身でも、魔力が強いものは職業婦人として結婚しなくても生きていけるのだ。
ただ、やはり男性優位なのは変わらない。
爵位継承も男子が優先され、魔力も男子のほうが強い。
最近、ヴィヴィの魔力が伸びてきているのは、異例中の異例であり、先生たちも首をひねっている。
そこでヴィヴィはこの機会に、ずっと気になっていた疑問を口にした。
「……先輩はなぜ魔法騎士科に進級されたのですか? 政経科や魔法科などで悩んだりはしませんでしたか?」
「ん? ああ、ヴィヴィアナ君たち五回生は魔法祭が終わると、進路を決めなければならないんだったな」
「はい。それで、皆さんどうやって選択されているのかと……」
「みんなはどうかは知らないが、俺はかなり早い段階――三回生の頃には決めていたからなあ」
「そうなんですか?」
「ああ」
魔法競技の保護者用プログラムを折りながら問いかけると、ランデルトも一瞬ヴィヴィに視線を向けたが、そのまま作業を続けながら答えてくれる。
「俺は四男で受け継ぐものは何もないからな。いや、正確には魔力の強さは一番に受け継ぐことができたから幸いだったよ。だから将来の選択肢としては魔法騎士か魔法使いくらいしかなかったんだが……座学が苦手なんだ、俺」
「ですが、先輩は魔法騎士科でも上位の成績だと……」
魔法騎士になるのなら、実技だけでなく構造も理解していないとならず、上位成績を収めるのなら座学も必ず必要である。
ヴィヴィの素朴な疑問に、ランデルトは苦笑した。
「まあ、ある程度は理解しているからな。あとは一夜漬けで試験はどうにかなっている。だが魔法使いになるには、魔法陣の構築やら属性の相対的組成の作用とやらを追究していかなければならないだろう? 魔法使いたちには悪いが、俺は彼らの考えた魔法技だけを使えればいいんだ。原理には興味ない」
「なるほど……」
新しい魔法技は魔法使いたちが考えだし、できる限り簡略して一般に普及されるようになるのだ。
当然のことながら、その魔法を扱える魔力には条件があるので、魔力の弱い者はごく基礎的なものしか扱えない。
また魔力の属性なども関わってくるので、魔力が強くても扱えないものなどもある。
ちなみに治癒魔法はかなり高度で希少な魔法なので、治癒師は花形の職業であった。
「ヴィヴィアナ君が進路に悩んでいるということは、家政科か魔法科かというところか?」
「はい。さすがに魔法騎士科は体力的に無理ですし、政経科はあまり惹かれないので」
「そうだな……。魔法騎士科は女子の進級を禁止しているわけじゃないが、あの課程に女子がついてくるのは難しいだろうなあ。しかし、申し訳ないがヴィヴィアナ君は迷いなく家政科に進むものだと思っていたよ」
「そうですね。家族にも友人にもまだ話していませんし、みんなそう思っていると思います。ただ最近は魔法に興味が湧いてきて。その、攻撃とかの魔法は苦手なんですけど、もっと生活に便利な魔法が考えられないかなと思ってるんです」
「生活に便利な、か……。確かにそれは面白いな」
やはりどの国も、いかに魔法によって国力を強くするかに重点を置いているため、攻撃や防御魔法の研究が盛んなのだ。
そのせいで、生活に便利な魔法は置き去りにされていた。
貴族たちは使用人を雇えばいいだけであり、庶民は労働によって生活が成り立っている。
生活に関する新しい魔法技が開発されたのは、一番新しくて十年ほど前で、浄化魔法の簡略詠唱くらいである。
ヴィヴィは前世を思い出すたびに、便利な生活が懐かしくなっていた。
頑張って働けば手に入れられる便利な電化製品に、夜道を明るく照らしてくれる街灯。
特にヴィヴィが欲しいのはスマホだが、これはさすがに無理なのはわかっている。
それでも何か、前世の知識を活かして新しい魔法を――みんなが使えるような魔法具を考えられたらと思っていた。
(いっそのこと、一生を新しい魔法の研究開発に注ぐっていうのもいいわよね)
生活に困らないだけの財産が相続できることは決まっているので、気ままな独身もいいかもしれない。
本音を言えば、やはり自分だけを愛してくれる人と結婚して幸せに暮らしたいが、前世の記憶がそれを阻むのだ。
目の前にいる大好きなランデルトでさえも、本当のところはわからない。
交流会ではダンスを誘ってくれ、舞踏会ではパートナーに申し込んでくれたくらいだから、多少の好意を寄せてくれているのだろうとは、ヴィヴィもさすがに思っていた。
ランデルトの周囲の評判では真面目で優秀。
堅物にも思えるが、意外に柔軟性があり、魔法騎士として将来を嘱望されている。
さらにはそれなりにモテるのに、今まで浮いた噂が一つもない。
こうして一緒に過ごせば過ごすほど、ヴィヴィはランデルトのことを好きになっていくのに、一方で怖かった。
「まあ、焦る必要はないさ。ちょっとばかり苦労はするが、六回生の間はクラスを変更することも可能なんだ。正直なところ、ヴィヴィアナ君の研究結果を見てみたいという気持ちもあるが、それは俺の意見だからな」
「は、はい」
進路の話から自分の将来のことまでぼんやり考えてしまっていたヴィヴィに、ランデルトは励ますように優しい言葉をかけてくれた。
それがまた、ヴィヴィの好きのバロメーターを押し上げる。
「先輩は……」
「うん?」
「その、やっぱり、奥さんをたくさんほしいって思いますか?」
ヴィヴィの唐突な質問を聞いて、ランデルトは激しく咽た。
苦しげに咳をするランデルトに、ヴィヴィは立ち上がると机を回り込んで、その背中を叩く。
やがてランデルトは大丈夫だというように片手を上げた。
「何か飲み物を買ってきましょうか?」
「……いや、大丈夫だ。すまない」
「いえ、私のほうこそ、変な質問をしてしまって申し訳ありませんでした」
ヴィヴィは自分の質問が巻き起こした騒動を後悔しながらランデルトの背中をさする。
するとランデルトは立ち上がり、ヴィヴィから距離を取った。
「先輩?」
「の、飲み物を買いに行ってくる! ヴィヴィアナ君は紅茶でいいか?」
「あ、はい。ですが、それなら私が――」
「いや、いい! 俺が行ってくるから、ヴィヴィアナ君は休憩していてくれ!」
あとはヴィヴィに何も言わせず、ランデルトは急ぎ作業場となっていた会議室を出ていってしまった。
残されたヴィヴィは、やはりいきなり変な――重い質問をしてしまったせいだと、後悔することになったのだった。