魔法学園4
「ねえ、ジェレミア君」
「ジェレミア君? お前、僕はこの国の――」
「お前じゃなくて、ヴィヴィアナよ」
「誰がお前の名前なんか――」
「あら、まさかジェレミア君はこの学園に入学するにあたって、入学書類にある教育方針や規則を読まなかったの? 全てをしっかり読まなくても、普通はざっと目を通すわよね? そうすれば、一番大切な規則が何かはわかったんじゃない?」
「読んだに決まってるだろ!」
「ふ~ん。それで、その態度なんだ。ふ~ん。この学園では生徒は皆平等。これが大原則よね。そのためにも家名ではなく、個人名で呼び合うようにって書いてなかった? まあ、たまに家名を笠に着て威張り散らす生徒もいるって、お兄様に聞いてはいたけど、本当にいるのね。ふ~ん。しかもこの国の王子様がねぇ」
「お前、僕を馬鹿にしてるのか?」
「あら、まさか。ただ驚いているだけ。ひょっとして、今は反抗期とか?」
「ち、違うに決まってるだろ!」
顔を真っ赤にして否定するジェレミアを、ヴィヴィは冷めた目で見ていた。
それからこれ見よがしに、はあっとため息を吐く。
「第一王子様ってことは、やっぱり将来は王様になるの?」
「予定ではな」
「じゃあ、あれだ。人間不信だ。小さい頃から誰よりも勉強とか大変で、周囲の期待も大きくて、ご機嫌取りも多くて、一生懸命頑張っているのに、何か失敗すれば陰口を叩かれたり笑われたりして、そのうち信用できる人間がいなくなったとか?」
「お前、何でそれを……」
「え? 図星?」
「え? 適当?」
「いえ、適当っていうか、予想? きっと王位継承者って大変なんだろうなーっていう。でも、要するに馴れ合うつもりがないのは、私だけじゃなくて、他の人たちもってこと?」
「……そのつもりだ」
「そっかぁ。それははっきり言って、愚策じゃないかな」
「どういうことだ?」
「だって、それじゃ、みんなに嫌われてしまうわよ」
「別に僕はそれでかまわない」
ぷいっとまた窓の外へと向いたジェレミアを目の前に、ため息を吐きたいのをヴィヴィは堪えた。
前世で少し年の離れた弟がいたことを思い出したのだ。
弟が中学生になった頃の反抗期に似ているなあと思う。
ジェレミアはまた十歳だが、周囲の環境で弟よりも精神的成長が早いのだろう。
「だとすれば、ずいぶん茨の道を選ぶのね」
「茨の道?」
「そうよ。だって、この学園の生徒たちは、ジェレミア君が王様になった時に、支えてくれるだろう人たちよ? その人たちに嫌われるって、すごく大変だと思うわ」
「……僕に、みんなの機嫌を取れと言うのか?」
「もちろん違うわよ」
余計なお世話だと思いつつ、ヴィヴィはどうしても気になって言ってしまった。
だがジェレミアには上手く伝わらない。
よほど嫌なことがあったのかもしれないなと思いながら、ヴィヴィは言い方を変えることにした。
「あなたの従者は信頼できる人?」
「ああ、アントニーは信頼できる」
「それなら、これはチャンスよ」
「チャンス?」
「ええ。今まで、ジェレミア君がお城でどういうふうに過ごしていたのかは知らないけれど、この全寮制の学園に入学したのをきっかけに、ジェレミア・インタルア王子殿下を演じるの。寮のお部屋で過ごしている時以外は」
「演じるも何も、僕は本物だ」
「そうね。私から見たらとっても高飛車で感じの悪い王子様よね」
「お前な……」
「正直でいいでしょ? でも、ほとんどの人は感じ悪いと思っても直接文句は言わず、遠巻きにして陰口を叩くか、我慢してでも取り入ろうとしてくるかだと思うわ。だから、今日からはいつも微笑んでいる優しい王子様を演じるの」
「やっぱり、ご機嫌を取れってことじゃないか」
ヴィヴィの説明にジェレミアは不機嫌そうに顔をしかめた。
まだまだ子供だから当然だが、ジェレミアは純粋すぎるのだろう。
「あのね、ご機嫌を取るんじゃなくて、騙すの」
「騙す?」
「そうよ。どんなに腹を立てても、つらくても、とりあえず笑顔で本音を漏らさない。もちろん、みんなが悲しむべき場面では悲しんでみせる。王子殿下は素晴らしい人だって思わせるのよ。そんなジェレミア君を素直に信じる人は、扱いやすい人。笑顔の裏に何かあるんじゃないかって探ってくる人は、油断ならない人。いつも笑ってて気持ち悪いって考える人は、味方候補ね」
「そんなに上手くいくか?」
「さあ?」
「お前、無責任だな」
「だから、ヴィヴィアナよ。まず、お前って言うのをやめるべきね。言葉使いが悪すぎるわ。せめて、君って言ってくれる?」
「……ヴィヴィアナは――」
「ヴィヴィアナ君、よ。もしくは〝さん〟でもいいわ。とにかく誰のことも〝君〟か〝さん〟付けするべきね。特に女子は、女子同士のいざこざに発展する可能性ありだから、特別扱いをしないように公平でいないと。ただ男子に関しては、ジェレミア君と仲良くなったら、呼び捨てでもいいと思うけど」
「難しすぎないか?」
「そう? それなら、難易度の高いゲームだと思ってみたら? とはいえ、今はまだみんな子供なんだから、単純で簡単よ。そしてこれから八年間一緒にいるうちに、だいたいの人間性が掴めてくると思うの。だからこそ、子供のうちに出会える今がチャンスなのよ。成長すればするほど、攻略するには難易度が高くなるでしょうから。それに大人たちから隔離されている分、みんな本性を見せてくれるわ」
「おま、……ヴィヴィアナ、さんの言うことはわかった。確かに、ゲームだと思えば面白そうで悪くはない。ただヴィヴィアナさんが一番信用できないな。子供らしくない」
「信用してくれなくていいわよ。まあ、昔から大人びているとか、子供らしくないとか、家庭教師の先生にもよく言われたわ。可愛くないって。でも残念ながら、学力も魔力も普通なの。これで優秀で美人だったら、完璧なのにねぇ」
「美人は関係ないだろ?」
「大ありよ。男子なんてね、どんなに性格が悪くても頭が悪くても、美人には弱いんだから。性格重視とか噓よ、噓。所詮は顔なのよ!」
ヴィヴィが思わず力説してしまって我に返ると、ジェレミアはぽかんとしていた。
つい前世でのあれやこれやの不満が噴き出してしまったらしい。
今のはあまりにも十歳らしくなかったが、ジェレミアが笑いだしたので、とりあえずヴィヴィも笑って誤魔化した。
「えっと、そろそろ人も増えてきたし、席に戻るわ」
そう言って本来の自分の席――ジェレミアの隣に移る。
そんなヴィヴィをジェレミアは目で追っていたが、黙ったまま今のことを考えているようだった。
それから、ジェレミアに挨拶してくる生徒たちには笑顔で答え始めた。
どうやら、ヴィヴィの提案を受け入れることにしたようだ。
しかも笑顔に不自然さがない。
ひょっとして、ジェレミアはお城でもいつも笑顔を作っていたために、学園ではありのままでいたかったのかもしれないと、今になって気付いた。
だとすれば、やっぱり余計なことを言ってしまったのではと、ヴィヴィはちょっと落ち込んだのだった。