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魔法学園34

 

 ――週明け。

 毎年恒例にはなっているが、やはり舞踏会のパートナー申し込み解禁日になると、学園全体がそわそわしていた。

 朝からの呼び出しに始まり、休憩時間や昼休みにも呼び出され、パートナーの申し込みがあちらこちらでされている。

 たいていは男子から女子に申し込むので、男子は断られないかどきどきし、女子は誘われるかとどきどきしているのだ。


 その中で女子からその一挙手一投足を注目されているのはジェレミアだった。

 無駄だとわかりつつ、誘ってもらえないかとつい期待してしまうのが乙女心なのだろう。

 そしてフェランドは毎年違うパートナーを連れているため、今年は誰だと賭けが行われていたりもする。


 ヴィヴィはそんな空気を外野気分で毎年見ていたのだが、今年は驚くべきことが起こっていた。

 なんと休み時間ごとに、ヴィヴィにパートナーの申し込みをするために男子が訪れるのだ。

 これは一回生の時以来であり、とにかく頭を下げて断りながらも、なぜ今年になってと不思議だった。

 昼休みになり、食堂で食事をとっていたヴィヴィがその疑問を口にすると、マリルからはあっさり答えが返ってきた。


「それはもちろん、交流会でランデルト先輩と踊ったからよ」

「先輩と? それが何の関係があるの?」

「今までヴィヴィはジェレミア君とフェランド君としか踊らなかったでしょう? それが今年の交流会では一回生二人だけでなく、他の男性と踊ったから。自分にもひょっとしてチャンスがあるんじゃないかって思った男子が増えたんだと思うの」

「チャンス……」

「ヴィヴィって、かなりモテるのよ?」

「ええ!?」

「私は今の今まで自覚がなかったヴィヴィに驚くわ……」


 本当に驚いたように言うマリルを、ヴィヴィは呆然として見つめた。

 前世では努力の末にイケメンをゲットしてはいたが、いわゆる都合のいい女だったのだ。

 これがモテ期というものかと納得しそうになって、前世のあれこれを思い出した。


「わかったわ。私がバンフィールド伯爵家の娘だからね。持参金もしっかりあるし、お父様が後ろ盾につけば、王宮でもかなりの地位に就ける可能性があるから」

「……それを全ては否定しないけど、たかが五回生の私たちが考えることかしら?」

「でも、女子ってけっこうそういうこと考えてるっぽくない?」

「うーん、否定できないわね。でも今回は違うわよ。ヴィヴィだって、先輩がバンフィールド家の後見がほしくて申し込んできたとは思わないでしょう?」

「まさか! 先輩はそんな方じゃないわ!」


 ヴィヴィが強く否定すると、マリルがほらねと言わんばかりに微笑む。

 何だか最近はマリルに諭されてばかりだ。


「マリルって変わったわよね? 初めて会った頃は何て言えばいいのか……おとなしい感じだったのに、今はすごくしっかりして、私は頼ってばかりだわ」

「私が変わったのは、ヴィヴィのお陰よ。ヴィヴィがいつも励ましてくれたから、自分に自信が持てるようになったの。そして、私は今の自分が好き。だから、ありがとう」

「やだ、お礼を言うのは私のほうよ。いつも愚痴を聞いてくれて、助言もしてくれて、ありがとう。それに、これからも頼るからよろしくね」

「まあ、仕方ないわね」


 真面目な話からいつの間にかいつもの冗談に変わり、ヴィヴィもマリルも笑った。

 それから二人はそれぞれ男子生徒から呼び止められて、教室には別々に戻ることになった。


 そして放課後。

 今日は特に会議があるわけではないが、事務作業を手伝うためにヴィヴィは生徒会室へ行くことになっていた。

 帰り支度をしながら視線を感じて顔を上げれば、ジゼラと目が合う。

 何かと思えば、ジゼラはこれでもかと顎を上げてふふんと笑った。


(ああ、ジェレミア君から申し込まれたのね。でも内緒だから誰にも言えず、私にだけドヤってると)


 どう反応すればいいのかわからないので、とりあえずにっこり笑顔を向けてみた。

 すると、ジゼラは訝しげに顔をしかめる。


(まだまだ修行が足りんな……)


 なぜかどこかの師匠のようなことを考え、ヴィヴィは再び手元に視線を落とした。

 その時――。


「ヴィヴィアナ先輩!」


 可愛らしい声が聞こえて振り向けば、ジュストとアレンが教室に入ってきた。

 交流会から時々、二人はヴィヴィに会うためにクラスに遊びにくるのだ。


「こんにちは、ジュスト君、アレン君」

「こんにちは!」


 子供らしい元気な挨拶に、ヴィヴィも自然と笑顔になる。

 普段の用事といえば、勉強のわからない箇所を教えてほしいや、ラウンジでお茶をしようなどと他愛のないものだ。


「よお、ジュスト、アレン。今日はまさかヴィヴィにパートナーの申し込みにきたんじゃないよな?」

「どうして〝まさか〟と思うんですか、フェランド先輩?」

「おっと、これは失言だったな。申し訳ない」


 すっかりヴィヴィたちのクラスに馴染んでしまっているジュストとアレンに、フェランドが割り込んだ。

 しかもデリカシーがないことを言ったものだから、二人だけでなくヴィヴィやマリルにまで睨まれて、慌てて謝罪した。

 そのやり取りを苦笑しながら見ていたジェレミアがジュストに問いかける。


「要するに、ジュストとアレン君はヴィヴィアナさんに大切な用事があるんだね? では、ヴィヴィアナさん――」

「あ、ここで大丈夫です。兄上、お気遣いいただきありがとうございます」

「そう?」


 これ以上は引き留めてはいけないと思ったジェレミアは、ヴィヴィアナに挨拶をしかけたのだが、ジュストに遮られてしまった。

 ジェレミアとジュストは入学当初の無関心さが嘘のように、会えば言葉を交わし、時にはヴィヴィアナと一緒に勉強を教えるほどの仲になっている。

 お互いの後見人であるカンパニーレ公爵とボンガスト侯爵はよく思っていないようだが、学園内のことに口出しはできない。

 むしろ国王はこの話を聞いて喜んでおり、その仲立ちとなったヴィヴィの父親であるバンフィールド伯爵に礼を述べたほどだった。

 ただし、これは内密の話であり、国王と伯爵以外に知る者はいない。


「あの、ヴィヴィアナ先輩。えっと、今度の舞踏会で僕と踊ってくれませんか?」

「ええ、もちろん喜んで。お誘いしてくれて、ありがとう。アレン君」

「こちらこそ――」

「ズルいぞ、アレン。僕が先に誘おうと思ってたのに!」

「まあ、ジュスト君も誘ってくださるの?」

「もちろんです。僕はヴィヴィアナ先輩とまた踊るために、嫌いなダンスの練習も頑張ったんですから」

「僕もです! もう、足を踏んだりなんてしませんから!」

「ありがとう、ジュスト君。アレン君も、楽しみにしているわ」

「はい!」


 二人からの可愛らしいダンスの申し込みをヴィヴィは喜んで受けた。

 声を合わせて嬉しそうに返事をする二人を見ていると、半年前のことは記憶違いかと思えてくる。

 そこにフェランドががっかりしたように呟いた。


「なんだよ、パートナーの申し込みじゃないのか」

「フェランド先輩、さすがに僕たちでは、ヴィヴィアナ先輩に申し込むのは分不相応だってわかってます。身長だって足りないし」


 ジュストが拗ねたように答え、ヴィヴィアナがそんなことはないと言いかけた時、横から甲高い笑い声が聞こえた。

 みんながそちらへ向けば、ジゼラが口を歪めて笑っている。


「嫌だわ、ヴィヴィアナさんってば。一回生にさえパートナーの申し込みをされないのね」


 いったい今の話の何を聞いていたのだと誰もが思う内容だったが、ヴィヴィではなくマリルが反論のために口を開いた。

 しかし、マリルが声を発するよりも早く、ジェレミアが穏やかに言う。


「ジゼラさん、ジュストもアレン君もヴィヴィアナさんのことを思って身を引いたんだよ。それでも一度はダンスを踊りたいと勇気を出してここまで申し込みに来たんだから、笑うのは失礼じゃないかな?」

「で、ですが……」

「それにヴィヴィは、朝からずっと色々な男子に申し込まれているわ。断るのが大変なくらいにね!」


 マリルもジェレミアに続き、結局はヴィヴィの出番がなくなってしまった。

 フェランドは楽しそうににやにやしながら成り行きを見ている。

 そして、自分だけでなくヴィヴィまで馬鹿にされたジュストは、ジゼラを睨みつけながら問いかけた。


「そういう叔母さんは、誰かに申し込まれたんですか?」

「お、叔母さんですって!?」


 ジゼラは誰かに申し込まれたという問いかけよりも、〝叔母さん〟と呼ばれたことに気を取られたらしい。

 美人も台無しなほど怒りのために顔が赤くなっている。


「だって、そうじゃないですか。直接に血の繋がりはなくても、ジャンルカの叔母さんなんだから、僕にとっても叔母さんでしょう?」


 ジャンルカとはジェレミアとジュストの弟であり、第三王子のことである。

 この世界では一夫多妻制のため、血の繋がりはなくても、父親の妻なら実の母親以外の女性も形式上は母となるので、ジュストの言い分は間違っていない。

 実際にフェランドは八人いる父親の妻を、それぞれ名前の後に〝母上〟とつけて呼んでいるのだ。

 もちろんフェランドの家のような事例はめったにないが。


「あー、そういやそうだな。ってことは、ジゼラさんはジェレミアの叔母さんでもあるんだ」

「フェランド君! 失礼なことを言わないでくださる!?」

「事実だろ」

「た、たとえ形式上はそうでも、実際の血縁関係にはないんだから結婚はできるわ!」

「え? ジゼラさん、結婚するつもりなの? どっちと?」

「そこまでは言ってないわよ! 例えですもの!」

「ああ、例えね。例え」


 からかいではなく本気で意地悪なフェランドは珍しく、ヴィヴィとマリルは思わず顔を見合わせた。

 ジェレミアはといえば、困ったような笑みを浮かべているだけ。

 もはや怒りではなく動揺から赤くなっているジゼラを、ジュストは冷めた目で見つめ、アレンはどうしたらいいのかわからないといった様子で立っていた。

 この騒ぎはさすがに教室内いる皆の注目を集めており、耐えられなくなったのか、ジゼラは鞄を持つと、フェランドをきつく睨みつけた。


「女性に恥をかかせるなんて、フェランドさんは紳士ではありません! もう相手にする価値もありませんわ!」


 ジゼラはまるで負け惜しみのような言葉を残して去っていった。

 その姿をヴィヴィたちだけでなく、教室内に残っていた生徒全員が黙って見送ったのだった。




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