魔法学園33
「ヴィヴィ、聞いたわよ」
「何を?」
「今日の夕方、ジェレミア君と廊下を腕組んで歩いていたって」
「……情報が早すぎない?」
寮の食堂で一人食事をしていると、隣に座ったマリルが真っ先に口にした言葉に、ヴィヴィは驚いた。
あれからヴィヴィが寮に戻り、着替えてから食堂に来るまでの時間しか経っていない。
ただ、今日はずいぶん視線を感じるなとヴィヴィも思っていたところだった。
「それだけ騒ぎになっているってことなの。私は侍女から聞いたから、おそらく女子寮のみんなが知っていると思うわ」
「私の侍女はまだ何も言っていなかったけど……」
「それは当事者に近いからじゃない? きっと今頃、他の侍女仲間にどういうことかって問い詰められているわよ」
「それはミアに悪いことをしたわね。まだ彼女には何も言っていないから」
生徒たちが食堂で食事をしている間に、侍女たちも自分の食事を調理場に取りに行って、部屋でとるのだ。
その時にきっと、ミアは他の侍女たちから質問攻めにあってしまうだろう。
「恐るべし、女子の情報網」
「それだけ大事件ってことね」
「でも私とジェレミア君は、今までだって十分に仲が良かったわ。腕を組んで歩くくらい、マナーの一環じゃない」
「いくら仲が良くても、今までは一定の距離を保っていたでしょう? 舞踏会以外で腕を組むなんてあり得なかったから、みんな驚いているのよ」
「じゃあ、もう少ししたらもっと驚くことになるわね」
呟いて、ヴィヴィはとても淑女のものとは思えない悪い笑みを浮かべた。
その笑顔を見て、マリルは首を傾げる。
「何を企んでいるの?」
「まだ内緒なんだけどね……」
そう言いかけたヴィヴィは周囲に人がいないことを確認して、さらに声を潜めて続けた。
「今日ね、ジェレミア君と話をして、今度の舞踏会でパートナーを解消することにしたの」
「それじゃあ、やっぱりランデルト先輩と――」
ヴィヴィは慌てて人差し指を口に当てて、嬉しそうに言うマリルに警告した。
途端にマリルは口を噤み、その横を女生徒が通り抜ける。
「ごめんね、ヴィヴィ」
「ううん、大丈夫よ。聞こえていなかったみたいだし。ただこのことは当日まで内緒なの」
「当日まで?」
「ええ、今年も私とジェレミア君はパートナーだと思われるでしょうから、当日まで内緒にしてみんなをあっと言わせるの。ジェレミア君のパートナーはジゼラさんなのよ。そうなると王宮を巻き込んでの騒ぎになるでしょうし、ひょっとしてその前に邪魔が入るかもしれない。色々とかく乱するためにも、当日はジェレミア君と二回踊る約束もしたわ」
ジゼラの名前を出す時、ヴィヴィはことさら小声で告げると、マリルは驚きの声を上げないように口を手で押さえた。
その後の内容に、マリルの大きな目がさらに見開かれていく。
「その……それって、誰の案なの?」
「ジェレミア君よ。パートナー解消もジェレミア君が言い出してくれたの。もし相手が決まっていないなら、今年も付き合うよって言ってくれたけど、すぐに私が先輩に申し込まれていることを見抜かれて……。そんなに私ってわかりやすいかしら?」
「……ヴィヴィだからね」
「そっか。じゃあ、これからは気をつけないと。ジェレミア君やマリルはいいけど、他の人に考えを読まれるのは弱みになるものね」
「想像以上に不器用な人ね……」
「え? ごめん。何て言ったの?」
「ううん、何でもないわ」
わかりやすいと言われたヴィヴィは、そのことに気を取られて、マリルがぼそりと呟いた言葉を聞き取れなかった。
訊き返してもマリルは何でもないと笑うので、そのまま話は流れていく。
ジェレミアは基本的に他人に興味がないようだが、ヴィヴィにだけは常に関心を持っている。
そんなジェレミアに対して、ヴィヴィは普段は敏いのにどうしてこんなに自分の恋愛になると鈍いのだろうと、マリルは不思議だった。
それからは、今日の会議について話し合う。
明日はさっそく魔法祭の出場競技を決めるためだ。
ただフェランドが実行委員である限り、すぐに決まるだろうとの結論に至り、二人で笑って食事は終わった。
翌日、予想通りに出場種目はあっという間に決まった。
ほとんどフェランドの強制指名によって決まったのだが、文句を言えないほどに皆の特徴を的確に捉えていたのだ。
「なんだかフェランドが怖いわ」
「何でだよ?」
「確かにフェランドの言うことは間違ってないと思うけど、みんなが素直に従いすぎると思って」
「……それは、俺の人徳のなせる業だな」
「そうねー」
「ヴィヴィ、お前、信じてないな?」
「信じてるわよ。ただ、私にはフェランドの人徳とやらがわからないだけで」
「大丈夫だよ、ヴィヴィアナさん。僕もフェランドの人徳は紛い物だと思うからね」
ヴィヴィとフェランドのちょっとした言い合い――じゃれ合いに、ジェレミアも参戦したが、どうやらヴィヴィの味方らしい。
「ジェレミア、お前な……」
言いかけて、フェランドはじっとジェレミアを見つめ、ふっと笑った。
そして立ち上がり、鞄を持つ。
「俺はお前ら二人には勝てないからな。早々に退散するよ」
「あら、別にケンカじゃないのに」
「まあな。だけど、ジェレミアに俺の秘密がばれたのが悔しいんだよ。だから帰って不貞寝する」
「……秘密?」
言葉通り、さっさと帰っていくフェランドを見送りながらヴィヴィが首を傾げると、ジェレミアが苦笑した。
「言い訳だよ。仕事をサボる」
「え? あ! マリルに残りを押し付ける気ね!?」
ジェレミアの言葉に、実行委員の今日の仕事はまだ残っていると思い出したヴィヴィはフェランドを追いかけようとした。
しかし、マリルがそんなヴィヴィを止める。
「大丈夫よ、ヴィヴィ。進行をフェランド君が全てしてくれたおかげで、私は記録係に徹することができたもの。残りの仕事と言えば、名簿を清書して生徒会に提出するだけだから」
「もー、マリルは甘いんだから」
ヴィヴィの言葉にマリルもジェレミアも笑った。
清書するのは面倒な仕事だが、二人もいらないのは確かだ。
そこにジゼラが焦れたように割り込んでくる。
「ジェレミア様、もうそろそろ行きません?」
「ああ、そうだね。じゃあ、ヴィヴィアナさん、マリルさん、また明日」
「また明日ね、ジェレミア君。ジゼラさんも委員会頑張って」
「頑張るほどのことではありませんわ」
クラス委員会へと誘うジゼラに答えて、ジェレミアはヴィヴィとマリルに別れの挨拶をした。
ヴィヴィも挨拶を返し、ジゼラにも声をかけたが、一蹴されてしまった。
「そう? まあ、さようなら」
「ジェレミア君、また明日」
少々腹は立ったが相手にしても仕方ないので、気にせず別れの挨拶を口にした。
マリルもジゼラの態度にむっとしたようだが、口には出さずにジェレミアにだけ挨拶をして二人を見送る。
おっとりしたマリルにしては珍しいなと、ヴィヴィは首を傾げた。
「マリル、怒っているの?」
「いい加減に腹も立つわ。いつもいつも私たちのことを無視するんだから。しかも、今日はヴィヴィに対してあの言い様! どうしてジェレミア君は彼女と組むのかしら」
「まあ、まずは同じクラス委員ということよね。他にはブルネッティ公爵家と無駄な争いを生みたくないとか? 味方につけたいとか?」
「まさか!」
「うん、そうよね。結局は、ジェレミア君が何を考えているかわからないっていうのが私の本音。でもそれで当たり前なのよね。人それぞれ、色々な考え方があるんだもの」
「……そうね」
マリルはヴィヴィの言葉に仕方なくといった様子で頷いた。
それからは名簿の清書に取りかかる。
ヴィヴィもマリルを待つ間、出された課題をすることにしたが、頭では別のことを考えていた。
ジェレミアがジゼラを好きだというのなら、友達としては無理でも嫌うことだけは避けたい。
もしジェレミアがランデルトのことを嫌いだとすれば、やはり悲しいからだ。
ヴィヴィは小さくため息を吐いて、課題に集中した。