魔法学園32
「ジェレミア君……」
どうにか口を開いたものの、返事に詰まるヴィヴィを見て、ジェレミアはいつものからかうような笑みを浮かべた。
「もちろん、僕と組みたいのなら喜んでお相手をするけど?」
「え? それは、その……」
「――ひょっとして、もうランデルト先輩に申し込まれた?」
「ど、どうしてそれを!?」
「いや、……ただの勘だよ。先輩たち魔法騎士科は今年に限って来週末まで演習だからね。寮でも色々な先輩たちがかなり愚痴ってた」
ジェレミアはくすくす笑いながら、ずばり当てられて驚くヴィヴィに説明した。
ヴィヴィはなるほどと納得したが、どうしても気になることを訊かずにはいられなかった。
「その、出過ぎた質問だとは思うけど、ジェレミア君はどなたと出席されるの?」
「僕はジゼラさんと出席するよ。きっとみんな驚くだろうね」
「大丈夫なの?」
王宮での立場は大丈夫なのかと心配するヴィヴィに、ジェレミアはにっこり笑って頷いた。
「心配してくれてありがとう。だけど、卒業パーティーではないからね。ただちょっとだけ、ヴィヴィアナさんに甘えてもいいかな?」
「ええ、いいけど……何かしら?」
卒業パーティーでは必ず婚約者同士がパートナーを組むことになる。
もし相手がいないのなら、家族などの縁故関係にある者という暗黙の了解があるのだ。
確かに魔法祭の舞踏会は本格的なものではあるが、恋人同士でも後に別れることもあり、パートナーにそこまで約束された地位はない。
ただジェレミアに関しては特別に注目されているために、騒動になるのは必至であった。
おそらくジェレミアとジゼラの組み合わせは学園内に留まらず、王宮でも騒ぎになるだろう。
それでも大丈夫だというジェレミアが何を考えているのか、何を企んでいるのか知りたくて、ヴィヴィはすぐに了承した。
すると、ジェレミアはかすかに困ったような表情で首を振る。
「ダメだよ、ヴィヴィアナさん。内容も聞かずに了承するなんて」
「でも、ジェレミア君は友達だもの。信頼しているわ」
「……そう言ってもらえて嬉しいよ。だけど、ずうずうしいお願いだよ? 舞踏会で二回、僕と踊ってほしいんだ」
「二回?」
「ランデルト先輩は嫌がるかな?」
「まさか! 先輩はそのような方ではないわ。ただパートナーでもないのに二回踊ることに驚いただけ。ジゼラさんが気にしないならいいわよ。でも、どうして?」
同じ相手と二回踊ることはマナー違反ではない。
ただ少し、親密な関係ではないかと勘繰られるだけだ。
そして、それがパートナーとは別の相手なのなら、なおさら憶測を呼ぶ。
優しいランデルトならきっと許してくれるだろうと思いながら、逆にプライドの高いジゼラがそれを許すのかヴィヴィは気になった。
だが、ジェレミアはジゼラのことには触れず、悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「今回、僕とヴィヴィアナさんがパートナーを解消することで、みんな好き勝手に噂するだろうね。だから彼らをさらに混乱させるんだよ」
「意趣返しなの?」
「ちょっとしたね。いつも僕たちをネタに楽しんでいるんだから、少しくらいはいいだろう? このことはもちろん先輩に打ち明けてくれていいよ。下手に誤解させて心配をかけたら申し訳ないからね。ただパートナーについては当日まで内緒にしてくれないかな? そのほうがみんなをあっと言わせられる。王宮もね」
「……わかったわ。その企みに付き合う」
「企みって酷いな」
ジゼラが当日まで黙っているとは思えなかったが、ジェレミアとパートナーを組めるのなら、それさえも我慢できるのだろう。
またくすくす笑うジェレミアをヴィヴィはじっと見つめた。
「ジェレミア君、ありがとう」
「……何が?」
「私の友達でいてくれて」
「それは……僕の言葉だよ。いつもありがとう。ヴィヴィアナさんは僕の、最高の友達だよ」
ジェレミアはきっと、ヴィヴィがランデルトから誘われた時に困らないようにと、先にパートナー解消を申し出てくれたのだろう。
しかし、それを言葉にすることはできなくて、ありのままの気持ちを口にした。
そんなヴィヴィにジェレミアは驚いたのか、軽く目を見開く。
だがすぐに笑顔になってヴィヴィ以上の言葉を返した。
「けっこう遅い時間になってしまったね。寮まで送るよ」
「ううん、大丈夫よ。昨日もこの時間に帰ったけど、全然平気だったもの。まだ外は明るいし、他の生徒の声もするでしょう? 先輩もジェレミア君も心配が過ぎるわ」
「……紳士としては、当然だけどね」
「では、校舎を出るまでエスコートをお願いしても?」
「もちろん」
わざとらしくヴィヴィが澄ました声でお願いすると、ジェレミアは乗ってきたばかりか、腕まで差し出してきた。
この腕を取って校舎内を歩けば、まだ残っている生徒の目を引くだろう。
普通はしない行動ではあるが、はしたないわけではない。
これで舞踏会に別々のパートナーを伴って出席すれば、みんなはさらに混乱すること間違いなしだ。
この話は寮に戻ったらマリルにだけ話そう。
そして、ランデルトが戻ってきたら、申し込みを受けるのだ。
そう思うと緊張したが、冗談めかしてジェレミアの腕に手を置けば自然と気持ちは落ち着いた。
もう四年。まだ四年。
どちらが正解かはわからないが、ヴィヴィにとってジェレミアもフェランドもマリルも大切な友達なのだ。
この先、三人が困ることがあれば必ず助けよう。
ランデルトも友達を大切にするヴィヴィが好きだと言ってくれたのだから。
そこまで考えて、ヴィヴィは顔がかあっと熱くなってしまった。
昨日はたくさんのことがありすぎて、すっかり流してしまっていたが、ランデルトに好きだと言ってもらえたのだ。
そのことに今さら気付くなど遅すぎる。
きっとランデルトの好きには他意がないというか、女性として告白されたわけではないだろう。
ランデルト自身、騎士道精神に溢れているのだから、友達という存在に重きを置いているはずだ。
だからこそ、ヴィヴィに好感を持ったに違いない。
「――ヴィヴィアナさん。顔が赤いけど、どうかした?」
「へ? え? そ、そうっ? ちょっと暑いかな?」
「そうだね。今日は少し暑いと思うよ」
「ね? そのせいみたい」
「そうか。それは残念だな。僕と腕を組んでいるせいかと思ったのに」
「あ、あら、それは言うまでもないかと」
「気を使うには遅いよ、ヴィヴィアナさん」
白々しくため息を吐くジェレミアに、どうにかヴィヴィは合わせて答えた。
すると、ジェレミアが噴き出し、二人は声を出して笑った。
その笑い声につられて、校舎内でまだ残っている生徒たちの視線が集まる。
そして驚く生徒たちにはかまわず、二人は堂々と腕を組んで歩いたのだった。