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魔法学園30

 

 会議は滞りなく終わり、ヴィヴィは帰り支度を始めた。

 初めて魔法祭の実行委員側として参加することになるが、おそらく例年と変わらないはずで、マリルにもフェランドにも文句は言われないはずだ。

 今日の議長はランデルトで、その凛々しい姿を怪しまれることなくじっと見ることができてヴィヴィは大満足だった。


「――ヴィヴィアナ君、ちょっといいかな?」

「は、はいっ?」


 そこに、当のランデルトから声をかけられてヴィヴィは驚いた。

 まさか内心がだだ漏れだっただろうかと不安になりながら顔を上げると、ランデルトはヴィヴィの反応に困ったように笑いながら近づいてくる。


(ああ、どうしよう。この表情も萌え。やばい、心臓が口から挨拶しに出てきそう)


 普段は厳つい表情のランデルトの笑顔は破壊力が凄まじい。

 しかも、つい先ほどまで真剣な表情で議長を務めていたのだから、そのギャップに悶えてしまう。

 ヴィヴィは必死に笑顔を保ちながら、脳内の暴走を鎮めようと頑張っていた。


(魔法学室から闘技場をいつも盗み見ているのがばれた!? それともさっきの視線が痛すぎた!? いや、落ち着け、私。先輩は笑っているんだから、悪いことではない……はず)


 ランデルトが会議室を横切るだけの時間が、ヴィヴィにはとても長く感じられた。

 もちろんあっという間のはずだが、行動の早い生徒会執行部の生徒たちは早々に部屋を出ている。

 残っているのは、黒板を消しているクラーラくらいだ。

 そのクラーラも黒板消しを置くと、汚れてしまった手を簡単な浄化魔法で綺麗にしてから、ヴィヴィににっこり笑いかけた。


「では、ヴィヴィアナさん。今日はお疲れ様。何かあったら大声で助けを呼んでね? 隣にいるから」

「え? あの――」

「何もねえよ!」


 クラーラの言葉にヴィヴィがどう答えればいいのか迷う暇もなく、ランデルトが低い声で厳しく突っ込んだ。

 だがその声にも表情にも怒りは感じられず、クラーラも気にせずに手を振って去っていく。

 本当に仲が良いんだなと思いつつ、ヴィヴィに嫉妬はなかった。

 この半年近く生徒会に参加しているうちに気付いたのだが、おそらくクラーラは会長のジュリオと付き合っている。

 どうやら執行部では暗黙の了解となっているらしい。


(まあ、男女それぞれに人気のある二人が付き合っているとなると、みんな絶望するかも……)


 あのマリルでさえ、会長のことはかっこいいと言っていたくらいだ。

 執行部には会長と人気を二分する存在――書記のアンジェロもいるが、恋人はいない。

 これはアンジェロが恋人という存在を面倒に思っているだけではないかとヴィヴィは密かに思っていた。

 そもそも執行部の生徒たちはみんな人気があり、目の前のランデルトも「そんな奇特な女子はいない」と言っていたが、ヴィヴィはちゃんと知っている。

 ランデルトのことをこっそり見ている女子が自分だけでないことを。


 さらには寮の食堂で、とある平民出身のひと学年上の先輩が友達に嬉しそうにしていた話をヴィヴィは聞いてしまったのだ。

 子爵家出身の男子に無理やり付き合いを迫られていたところに、ランデルト先輩が助けに現れ、それ以来その男子に絡まれなくなった、と。


(ほ、惚れる……! それは絶対にヤバいって!)


 話を聞いただけでヴィヴィは悶えたのだから、当の本人は間違いなく恋してしまっただろう。

 ただ侍女のミアが言っていた通り、ランデルトは貴族令嬢たちよりも平民出身の女子に人気があるので、彼女たちは伯爵家子息のランデルトに対して積極的に声をかけられないでいるようなのだ。

 そこでふと現実に戻ったヴィヴィは、自分を呼び止めたはずのランデルトが微動だにしないことに気付いた。


「あの、先輩……?」

「あ、ああ、すまない。その……」


 不思議に思ってヴィヴィが呼びかけると、ランデルトは慌てて答えた。

 しかし、その顔は赤くすぐに口ごもる。


「――くそっ、クラーラが余計なことを……」

「はい?」


 ヴィヴィから顔を逸らし、ぼそっと呟かれた言葉は上手く聞き取れず、ヴィヴィは訊き返した。

 すると、ランデルトははっとして一歩後退する。


「し、失礼! 女性に聞かせる言葉ではなかった。申し訳ない!」

「……いいえ、大丈夫です」


 ヴィヴィにはそもそも聞こえていないのだが、おそらく汚い言葉を使ったのだろうと、予想して答えた。

 汚い言葉くらいで失神したり眉をひそめたりするほど、ヴィヴィは繊細ではいない。

 ただランデルトの赤い顔を見ていると、ヴィヴィの顔もさらに赤くなってくる。


「その、実はかなり卑怯だとは思うんだが……」


 言いかけて、ランデルトは唇を引き結び、ごくりと唾を飲み込んだ。

 ランデルトの緊張が伝わってくるようで、ヴィヴィまで手が震え、さり気なくお腹の前で両手を組み合わせてぎゅっと握る。

 いったい何を言われるのだろうと、ヴィヴィは不安になっていた。

 しかし、ランデルトは大きく息を吐き出すと落ち着きを取り戻したのか、真剣な表情に戻り、ヴィヴィを真っ直ぐに見つめた。


「ヴィヴィアナ君」

「は、はい」

「お、俺の舞踏会のパートナーになってくれ、くれませんか!」

「……え?」


 今度の声ははっきりとしていたので、ヴィヴィにもしっかり聞き取れた。

 ただ信じられなくて唖然としてしまったのだ。

 その反応を誤解したらしいランデルトは、急ぎ言葉を続けた。


「もちろん、断ってくれてかまわないんだ。そもそもまだ期間でもないのに、申し込むなど礼儀に反する。ただ俺は明日から来週末まで演習で学園を離れるので、気が気じゃないというかどうしても――」

「嬉しいです」

「とにかく今日を逃せば……え?」


 つらつらと言葉を紡ぐランデルトは、普段の彼からは想像ができないほど焦っている。

 ヴィヴィも心臓がどきどきして苦しいほどだったが、それでも自然と返事は口から飛び出した。

 その答えがようやく頭に浸透したのか、ランデルトは驚いて口を噤んだ。


「すごく……嬉しいです」


 改めて気持ちを言葉にするのはとても恥ずかしかったが、ヴィヴィはどうにか口にした。

 だがそこでなぜかジェレミアの顔が頭に浮かび、このまま受け入れるべきか迷う。

 すると、ランデルトはその気持ちをまるで察したように優しく微笑んだ。


「先ほども言ったように、断ってくれてかまわないんだ。それに抜け駆けしたのは俺なんだから、返事だって待てる。ただ、ジェレミア君や他の男子たちだけでなく、俺もヴィヴィアナ君のパートナーに立候補したいのだと知っていてほしかったんだ」


 返事を急いで追い詰めるどころか、気遣ってくれる言葉に、ヴィヴィはランデルトの度量の大きさを実感して、ますます胸が苦しくなってしまった。

 それでも、きちんと伝えなければと、お腹の前で握った両手にさらに力を入れる。


「あ、ありがとうございます。本当に、先輩からお誘いいただいてすごく嬉しいんです。でも、ジェレミア君は大切な友達で……。今年はまだ約束しているわけではありませんが、もしジェレミア君が私を必要とするのなら、力になりたいんです」

「……ジェレミア君とは友達なのか?」


 返事よりも何よりも、ジェレミアと友達だと言うヴィヴィの言葉はランデルトにとってかなり意外だったようだ。

 周囲はすっかりヴィヴィとジェレミアの仲を誤解しており、二人とも敢えて正すことはしなかったのだから当然だろう。

 だがヴィヴィは、好きな人にはやはり真実を知っていてほしかった。


「みんなに誤解されていることは知っていますが、ジェレミア君は私にとって大切な友達です。ですから彼の立場上、私は必要な役割を引き受けているんです」

「……そうか。確かにヴィヴィアナ君なら、それも可能だろうな」


 ヴィヴィの説明を聞いたランデルトは重々しく頷いた。

 バンフィールド伯爵の王宮内での影響力は強く、王の信任も厚い。

 本来なら許されないことだが、学園内での家格による他の女生徒からの圧力があったとしても負けることはないだろう。

 ランデルトは不安そうな表情になっているヴィヴィに、自分の顔が厳ついことを思い出して笑ってみせた。


「もし、ジェレミア君がヴィヴィアナ君を必要としているのなら、どうか俺のことは気にしないでくれ。俺は……待てるから」

「え? あの、でも……」


 申し込み期間が始まってから一週間で、大方の人たちはパートナーを決めてしまう。

 それなのに魔法騎士科は演習で来週末まで学園を離れてしまうなど、先生たちは何を考えているのだろうと、ヴィヴィは混乱してどうでもいいことを考えてしまい、返答に詰まった。

 そんなヴィヴィに、ランデルトは早口で続ける。


「俺は、友達を大切にするヴィヴィアナ君が好きだよ。じゃあ、あまり引き止めても申し訳ないな。寮まで送って――」

「だ、大丈夫です! まだ明るいですし、他の子たちもいますから!」


 ヴィヴィは寮まで送ると言い出しそうなランデルトを慌てて遮った。

 窓の外はまだ明るく女子生徒の声も聞こえてくる上に、学園の敷地内なのだから安全なのは間違いない。

 たった今、とんでもないことを聞いたような気がしたが、ヴィヴィにはもういっぱいいっぱいで、考えることを放棄した。

 ぎゅっと鞄を握り締め、勢いよく頭を下げる。


「ランデルト先輩、お誘いいただきありがとうございます! あの、演習から無事に戻られることをお待ちしております。ですから、その……」

「うん。俺も待っているが、気にしないでいいから。じゃあ、本当に送らなくてもいいのか?」

「はい。大丈夫です。失礼します!」


 ランデルトは落ち着きを取り戻したように見えたが、まだ耳が赤い。

 当然、ヴィヴィは落ち着くどころか限界だった。

 とにかくこのどうしようもない動悸と胸いっぱいの感情を治めるためにも、ランデルトから離れなければならない。

 ヴィヴィは別れの挨拶をすると会議室を出て速足で廊下を進み、角を曲がると走り出したのだった。





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