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魔法学園29

 

「夢は夢。やっぱりあれは夢だったのよ。人の夢と書いて儚いなんて、昔の人は上手いことを考えたわよね……」

「え? 何のこと?」

「ごめん、マリル。何でもない。ただ、あの交流会での夢のような時間のあとは現実しかなかったなって思っただけ」


 ヴィヴィは今、手芸の時間に手を動かすことなく、机に突っ伏して嘆いた。

 課題である刺繍は例の如く簡単な図柄を選んだのでもう終わらせている。

 そして相変わらず凝った図柄の刺繍をしているマリルは、針を刺していた手を止めてヴィヴィを見つめた。


「あの交流会で、ヴィヴィがランデルト先輩とラストダンスを踊った時は、大騒ぎだったわよね」

「え? そんなに浮かれてた、私?」

「ヴィヴィじゃなくて、周囲が驚いていたってこと」

「……ひょっとして、私がジェレミア君やフェランド君以外と踊ったから?」

「やっぱり気がついていたのね」

「ううん、あの時はいっぱいいっぱいで全然。今改めて言われてそうかなって思っただけ」


 むくりと起き上がり、ヴィヴィはため息交じりに答えた。

 ランデルトが言っていたことも、今ならわかる。

 ただ、ジェレミアたち以外と踊ったことはみんなにとって驚きだっただろうが、だからといって申し込みが殺到したとは思えない。


「あれから、先輩とは何も?」

「え? それは、少しは……交流会の反省点を話し合ったり、生徒たちに配るお知らせの印刷を一緒にしたり、折ったり……とか?」

「うん。それはただの生徒会の仕事ね?」

「マリルが冷たい」

「事実を述べたまでです」


 今度はマリルがため息を吐いて、また針を刺し始めた。

 ヴィヴィものろのろと手を動かして机の上の糸くずなどを片づける。

 そんなヴィヴィをマリルはちらりと見てから手元に視線を戻し、そのまま口を開いた。


「来週から始まるのよ?」

「……始まる?」

「魔法祭での舞踏会のパートナーの申し込み期間のこと」

「あっ!」


 新学期になった今、校内は魔法祭に向けて動き始めている。

 魔法祭は二日間開催され、一日目は体育祭のような魔法での競技。

 そして二日目は午後から舞踏会が開催されるのだが、これは各自正装した姿で参加しなければならず、さらにはパートナーの同伴が必要とされる本格的なものなのだ。

 パートナーに関しては生徒でなくてもいいので、下級生は家族などにお願いし、上級生になると婚約者と出席したりする。

 正式な申し込み期間は存在するが、かねてより交際している者など親しい間柄では前もって約束しており、ヴィヴィも今までは申込期間開始前日にいつもジェレミアに頼まれ、了承していた。


「マリルはもう決まっているの?」

「私は兄を同伴するつもり。というよりも、兄が未だに素敵なお相手に巡り合えなくて、私をエスコートしたいって言うのよ。学園生活が八年もあったのに、何をしていたのかしらね。今の職場も男性ばかりだし、お見合いは嫌だって言うし……」

「マリルのお兄様、素敵な方なのにね」

「ぱっと見はね」

「ええ?」


 マリルらしくない辛辣な言葉にヴィヴィは驚いた。

 五歳年上のマリルの兄は二年前に学園を卒業したのだが、未だに相手が一人もいないというのは家族の悩みの種なのだろう。

 ヴィヴィは何度か会ったことがあり、とても優しく穏やかな雰囲気の人だった記憶がある。


「それで、ヴィヴィはどうするの?」

「どうするって……どうしよう……」


 昨年までは、何も考えずにジェレミアの申し込みを受けていた。

 ヴィヴィには特にパートナーを組みたい相手はおらず、ジェレミアの防波堤としての役目を果たしていたのだ。


「毎年恒例にはなっているけど、今年もジェレミア君がそのつもりかどうか……」


 最近のジェレミアは以前よりもヴィヴィに話しかけてくることが少なくなっている。

 寂しくないと言えば嘘になるが、ランデルトのことを知って気を使ってくれているのだろう。

 そして代わるようにジゼラと一緒にいることが増えていた。


「……確認したほうがいいかな?」

「確認? 誰に?」

「ジェレミア君に。約束しているわけじゃないけど、やっぱり恒例になってるから……」

「でもそれで、今年も申し込まれたら受けるの? その後に先輩から申し込まれたらどうするの?」

「それは……約束は約束だもの」

「ヴィヴィ、それはおかしいわ。昨年まではヴィヴィに好きな相手がいなかったから成り立っていた関係よ。もし確認するなら、ジェレミア君ではなくランデルト先輩にするべきだと思うわ」

「そう、よね……」


 マリルの正論に、ヴィヴィは何も言えず頷くことしかできなかった。

 ランデルトに確認するということは、申し込むのも同然であり、その答えがヴィヴィは怖いのだ。

 ただもっと正直に言えば、ジェレミアとの約束も破りたくなかった。

 ジェレミアは大切な友達であり、困っている時には助けると約束している。

 そもそも、みんなに好かれるようにとけしかけたのはヴィヴィで、ジェレミアに特別な相手ができるまでは防波堤の役割をするつもりなのだ。


 悩んでいるうちに授業は終わり、ヴィヴィはできあがった作品を先生の所へ提出に向かった。

 マリルはやりかけの作品を丁寧に片付けている。


「ヴィヴィ、今日は生徒会なんでしょう?」

「ええ、明日の魔法祭実行委員会の打ち合わせなの」

「無理難題な議案が上がりそうになったら、止めてね」

「さあ、面白そうなら賛成するかも」


 お互い片づけが終わり、教室に戻りながらマリルの質問に答える。

 するとマリルが冗談を言い、ヴィヴィも笑って返した。

 あのシフォンケーキのお店に一緒に行った時から、マリルはかなり打ち解けてくれたようで遠慮がない。

 それがヴィヴィには嬉しくて、さらにマリルを好きになっていた。


「それじゃあ、マリル。また寮でね」

「ええ、ヴィヴィ。頑張ってね」


 鞄を持ってマリルに手を振り、ヴィヴィが教室を出たところで、戻ってきたジェレミアとぶつかりそうになってしまった。

 お互いちょっとだけ驚き、すぐにヴィヴィが謝罪する。


「ごめんなさい、飛び出したりして」

「いや、こちらこそ前をよく見ていなかったから。今から会議?」

「ええ、そうなの」

「ヴィヴィ、面倒な議案が上がらないようにしてくれよ」

「マリルと同じことを言わないでよ、フェランド。でもたぶん大丈夫よ」


 ジェレミアに問いかけられて答えると、一緒にいたフェランドが口を挟む。

 その内容がマリルとまったく同じで、ヴィヴィは笑ってしまった。

 二人の心配はわかるが、おそらくヴィヴィが反対するまでもなく、面倒くさがりのアンジェロがいる限り大丈夫だろう。


「――引きとめてごめんね、ヴィヴィアナさん。また明日」

「いいえ、気にしないで。それじゃあ、また明日ね。ジェレミア君、フェランド」

「おお、またな」


 生徒会の会議のたびに、誰かが新しく上げる議案を「無駄」の一言で切り捨てるアンジェロを思い出すとおかしくなる。

 ジェレミアはそんなヴィヴィに別れの挨拶を言うと、教室に戻っていく。

 ヴィヴィも慌てて挨拶を返し、フェランドに手を振って会議室に向かったのだった。




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