魔法学園28
「あ、いや、すまない。今日のような日に申し込むべきではなかったな」
「いいえ! あ、いえ、その、喜んで……お受けいたします」
ヴィヴィの反応を見たランデルトは慌てて謝罪した。
申し込みを断れないためにヴィヴィが困惑していると思ったのだろう。
その声に我に返ったヴィヴィは、すぐに受け入れたが、ランデルトは申し訳なさそうに続ける。
「本当に俺とでいいのか? その、ヴィヴィアナ君と俺ではあまりにも似合わないだろう?」
「んなっ、そんなことないです! 私はすごく嬉しいです。いつも誰も――ジェレミア君とフェランド君以外は申し込んでいただけないので。それなのに今日はもう二人からも申し込まれましたし、さらには先輩からも誘っていただけるなんて、本当に嬉しいです」
「はあ?」
「え?」
「いや、失礼。まさかヴィヴィアナ君がそんなふうに思っていたなんてと驚いたんだ。ヴィヴィアナ君はいつもジェレミア君とフェランド君と一緒にいるだろう? それに聞いた話だと成績優秀で魔力も申し分ない。はっきり言って、高嶺の花なんだよ、ヴィヴィアナ君は?」
「……はい?」
自分を卑下するランデルトにも驚いたが、ヴィヴィ自身の初めて聞く話にも驚いた。
いつもジェレミアたちが傍にいるせいで男子が近寄ってこないのはわかっていたが、一人でいても誘ってこないのだ。
それをランデルトは好意的に解釈し、慰めてくれているのだろう。
そう思ったヴィヴィは嬉しさと恥ずかしさで顔を赤くした。
「だが、このことは内緒にしておこう」
「……内緒?」
重々しく告げられた言葉を不思議に思い、伏せていた顔を上げたヴィヴィは、声に反してランデルトの瞳が悪戯っぽく輝いていることに気付いた。
「もし今の言葉を男どもが知ったら、ここぞとばかりに申し込みが殺到するからな。もったいない」
「もったいない……」
ヴィヴィはランデルトの言葉を繰り返し、そして理解した。
ランデルトの表情からもそれがわかる。
「ランデルト先輩がそのように冗談をおっしゃる方だとは思っておりませんでした。ですがお世辞でも嬉しいです。ありがとうございます」
「は? 冗談?」
ランデルトは再び変な声を出したが、ヴィヴィの素直な笑顔を目にして驚いた。
どうやらヴィヴィは謙遜でもなく本気でそう思っているらしいと。
「……俺は、ヴィヴィアナ君に謝罪しなければならないな」
「謝罪、ですか?」
「ああ。実は、今までヴィヴィアナ君のことを、近寄りがたい女性だと勝手に思っていたんだ。よく知りもしないのにな。だが、一緒に仕事して全然違うことに気付いたよ。すまなかった」
そう言って、ランデルトは頭を下げた。
場所が場所だけに、目立たないようにと軽いものだったが、ヴィヴィは急いで首と手を横に振る。
焦りすぎて自分の怪しい動きに気付いていない。
「そ、そんな! 私、顔がきついですし、話し方もきついですし、性格もきついですから、先輩がそう思われるのも当然です! 謝罪される必要はありません!」
「いや……」
何か言いかけて、ランデルトはまた噴き出した。
ヴィヴィはなぜ笑っているのかわからないといった表情だ。
ランデルトは説明をしなければと思うのに、上手い言葉が見つからず、とにかく笑いを抑えた。
はっきり言えば、この学園でヴィヴィはジェレミアと並んで有名人である。
そのためランデルトも、ヴィヴィが生徒会補助委員になる前から知っていた。
噂では、将来の王妃候補として申し分ないという。
もちろんそれは、ジェレミアが王位に就くことが前提だが、それも今は間違いないだろうとされていた。
ただ中にはヴィヴィのことを高慢だとか威圧的だと評するものもある。
そして、ジェレミアに他の女生徒を近づけないようにしているとも。
もちろんランデルトもさすがにその言い分を信じてはいなかった。
遠くから観察した限りでは、――正確には将来仕えるべきであろうジェレミアを観察していたのだが、どうやらジェレミア自身がヴィヴィを盾にしているように見えたのだ。
ヴィヴィ自身、わかっていて付き合っているようで、二人の間にはすでに約束がなされているのだと思っていた。
その上で、さらにジェレミアは他の男子生徒をヴィヴィに寄せ付けないようにしていると。
「みんなの憧れであるヴィヴィアナ君が、まさか自分のことをそのように思っていたなんて意外で、つい笑ってしまったんだ。すまない」
「あ、憧れ?」
「自覚がないのがまた……」
ランデルトは不安そうな表情のヴィヴィにどうにか説明したが、その内容にヴィヴィは目を丸くしている。
すまないと謝りながらも、ランデルトは結局また笑ってしまった。
(まずいな、これは……)
ジュストたちのいじめの現場に居合わせた時のヴィヴィの凛とした姿に、なるほどと噂の一部に納得させられた。
それから仕事を一緒に進めていくうちに、惹かれていくようになっていたのだ。
だがおそらく、あの時にはもう手遅れだったのだろう。
ただ認めたくなかっただけで。
彼女を知れば知るほどに、確実になっていく。
真実、彼女は高嶺の花なのだ。
同じ爵位でも格が違うバンフィールド伯爵令嬢の彼女は、たかが四男の自分が求めていい相手ではない。
それでも今日だけは、同じ仕事を成し遂げた者として接していのではないか。
ランデルトはそう結論付けて、未だほんのりと赤いヴィヴィの顔を見つめた。
「ヴィヴィアナ君、もしよければ俺と――いや、私と、今日のラストダンスを踊ってくれませんか?」
「も、もちろん、喜んで」
口ごもりながらも再び顔を真っ赤にして、ヴィヴィはランデルトの正式な申し出を受けた。
しかし、ふと疑問が浮かぶ。
「あの、どうしてラストダンスなのですか?」
「ん? ああ、今はまだヴィヴィアナ君はジュスト君とアレン君と踊っただけだからな。男連中は彼らのちょっとした事情を知っているし、ヴィヴィアナ君が生徒会補助委員ということも知っている。そのあたりで勝手な憶測をしているだろうが、俺と踊れば自分も受け入れてくれるんじゃないかって思うかもしれない。だが、ラストダンスならそう思っても、もう遅いだろう?」
「はい……?」
いまいち意味を摑めていないヴィヴィを見て、ランデルトはぐっと両拳に力を入れた。
そうでなければ今すぐヴィヴィを連れて会場を出てしまったかもしれない。
ジェレミアが他の男子生徒を寄せ付けないようにしていた理由がよくわかる。
「では、ここに立っていても邪魔になるだろうし、本部席で座っていようか」
「え? でもアンジェロ先輩が――」
「十分、休憩しただろ。会長もクラーラも今日ばかりは断ることなく踊っているんだから、あいつももう少しくらいは踊るべきだよ」
「では、ランデルト先輩も私に気にせず踊ってくださいね?」
「俺に申し込んでくる奇特な女子はいないから、心配はいらないさ」
そんなことはないと、ここにいると言いたかったが、ヴィヴィはそれ以上何も言わず、ランデルトについて本部席に向かった。
今日は本当に幸運の日だ。
余計なことを言えば、幸せは逃げていってしまうかもしれないと怖くなるくらいに。
そう考えたヴィヴィは、交流会が終わるまで緊張しながらも、夢のような時間を過ごしたのだった。