魔法学園27
交流会のファーストダンス――一回生のダンスは、長い前奏の間にパートナーがいない子を、八回生のダンスが上手い生徒が誘うので、ヴィヴィやマリルは特別に目立つ存在ではなかった。
それでも皆の視線が集中するのは、第一王子と親しいヴィヴィが、第二王子であるジュストと踊っているからだ。
しかもそれがファーストダンスなのだからなおさらである。
ヴィヴィが今までダンスに誘われることがなかったのは、その両脇をがっちりジェレミアとフェランドが固めていたからなのだ。
要するに、本人は気付いていないが、男子生徒にとってヴィヴィは高嶺の花だった。
それが今、ジェレミアとフェランド以外と踊っている。
しかも相手は年齢こそ違えど、ジェレミアの最大の敵対者であり、決して相容れぬと思われていたジュストなのだ。
ひょっとして二人はヴィヴィアナを取り合っているのか?
それともヴィヴィアナを介して手を組むのだろうか?
ならば最近、第三王子の叔母であるブルネッティ公爵令嬢がジェレミアに近づいているが、それも関係あるのだろうか?
様々な憶測が飛び交う中、ジェレミアはいつもの穏やかな笑みを浮かべたままダンスフロアを見ており、その心境は計り知れなかった。
また渦中のヴィヴィとジュストはその身長差のせいで可愛らしく踊りながら、おしゃべりを楽しんでいる。
やがて一曲目が終わると、上級生たちは拍手をして一回生たちを讃えた。
しかし、皆はジュストがヴィヴィをどこへ――誰の許へ連れて行くのだろうと固唾をのんで見守り、会場には異様な緊張感が漂っている。
ヴィヴィはいつもと違う空気を不思議に感じながらも、先ほどいた場所までジュストと戻り、アレンの迎えを待った。
背後からビュッフェに並ぶ料理の美味しそうな匂いがする。
お腹が鳴ったが、周囲の音にかき消されて幸いだった。
「ヴィヴィアナ先輩、どうか僕と踊ってくれませんか?」
「はい、喜んで」
かなり緊張した様子のアレンの手を取ると、なぜか周囲がざわついた気がしてヴィヴィは顔を上げた。
途端にさっと皆が視線をそむける気配がする。
(何? ひょっとして何か私、おかしいところがある? でもそれならジュスト君がさり気なく教えてくれるはずだし……)
やはりというか、ジュストは堂々とした様子で傍にやって来た女の子の手を取っている。
本来は男性が迎えにいくものだが、交流会ではこうした光景は珍しくない。
そして始まった二曲目のダンスは、たどたどしいアレンにリードされながら踊った。
「す、すみません」
「いいのよ。全然平気。それよりも私のほうが背が高いから、踊りにくいのよね。きっと同年代の女の子相手なら絶対に上手く踊れるわよ」
「でも、僕はすぐに大きくなります!」
「そうね」
軽くつま先を踏まれてしまったが、アレンの体が軽いのでヴィヴィは転ぶことなく続けることができた。
だが、アレンはかなり気にしているようだ。
ヴィヴィが大丈夫だと伝えても、アレンはむきになって答えた。
その時、ヴィヴィの腕に軽く誰かの肘が触れる。
「失礼」
「……いいえ」
謝罪する声は顔を見なくてもわかった。
確かにフロアは混み合っているが、ダンスの上手い彼がこんなミスをするわけがない。
答えながらも、ヴィヴィは相手を軽く睨みつけた。
すると、相手は――ジェレミアは心外だとでも言わんばかりに片眉を上げる。
「ジェレミア様は悪くありませんわ。あちらの動きが予想外に大きすぎるせいでしょう」
「いや、今のは――」
「す、すみません! 僕が不慣れで……」
「アレン君、気にしなくていいのよ。今日はあなたたちが主役なんですもの。上級生は本来譲るべきなのよ」
ジェレミアのパートナーであるジゼラの言葉に、ジェレミアは何か言いかけたが、アレンの謝罪に遮られてしまった。
ヴィヴィはアレンに気にする必要はないと優しく言い、今度は二人を睨みつけてからさり気なくリードして場所を移動する。
しかし、アレンはすっかりしょげていた。
「ねえ、アレン君。周りの一回生を見てみて? ほら、上手い子もいるけど、慣れていない子も多いでしょう? だって、今年は北棟校舎の改装でダンスの授業がまだなんだもの。仕方ないわ。それに上手い子は歩き始めた時からダンスを習っているような子ばかりよ。だから大丈夫。自信を持って」
「――はい」
ヴィヴィの励ましにアレンは笑顔を取り戻し、しっかり返事をした。
どうやら大丈夫そうだとヴィヴィが安堵したところで二曲目は終わりを迎えた。
「アレン君は、まだ約束があるの?」
「はい。何人かに誘われたので……」
「では、ここでもう大丈夫よ。だから、アレン君は約束した子を迎えにいってあげて?」
「……わかりました。でも、あの、また一緒に踊れますよね?」
「ええ。今日は無理かもしれないけれど、魔法祭や他にもダンスパーティーはあるわ」
そう答えると、アレンは名残惜しそうにしながらも笑顔で去っていった。
素直に好意を示してくれるアレンが初々しくて可愛い。
一回生の頃のジェレミアとフェランドは初々しさとは無縁だったので、ヴィヴィは新鮮な気分だった。
そのまま上機嫌でビュッフェに向かう。
マリルは次に同級生に誘われたらしく、三曲目を踊るためにフロアに出ている。
当然、ジェレミアもフェランドも女生徒と踊っており、ヴィヴィはいつものようにぼんやりフロアを眺めながらもしっかりビュッフェを楽しんでいた。
「もう踊らないのか?」
「――っランデルト先輩?」
突然声をかけられて、ヴィヴィは持っていたお皿を落としそうになってしまった。
三曲目が始まった時、ランデルトは本部席に座っていたので、すっかり油断していたのだ。
まさかこんなふうに鶏肉のカチャトーラを幸せいっぱい頬張っているところを見られるなんてと、ヴィヴィは泣きたい気分になった。
もちろん本当に頬張っているわけではないが気持ちの問題だ。
手に持ったお皿にはまだポルペッティーニやプロシュットコットとルーコラのサラダが載っている。
(肉ばかりかよ! って思われたら……)
そもそも一皿にこんなに盛ること自体があまり上品ではない。
ヴィヴィはほとんど咀嚼せずに飲み込んだカチャトーラが喉に引っ掛かり、水が欲しかったが我慢して、さり気なくお皿をテーブルの上に置いた。――つもりだったが、その動きをランデルトは見逃さなかったようだ。
「ああ、遠慮せずに食べてくれ。交流会はまだ終わっていないが、ひとまずスタンプラリーは成功だったな。お疲れ、ヴィヴィアナ君」
「あ、ありがとうございます。先輩こそスタンプラリーだけではありませんでしたのに、お疲れ様でした」
ランデルトはヴィヴィにさり気なく炭酸水を渡しながら、今日の働きを労った。
そしてヴィヴィが受け取ったグラスと自分のグラスを軽く触れ合わせる。
そのスマートさに惚れ惚れしながら、ヴィヴィは喉の痛みを無視してお礼を言い、炭酸水を一口飲んでようやく喉を潤した。
先ほどまでお腹が空いていたのに、今は胸がいっぱいで食べられそうにない。
「あ、あの、先輩は本部席はよろしいのですか?」
そこで何か話題をと、ヴィヴィは一番に思いついたことを口にしたのだが、まるでサボっているのかと言っているようですぐに後悔した。
しかし、ランデルトが気を悪くした様子はない。
「それが、本当なら五曲目までは当番なんだが、アンジェロが代われと言ってな。しかも何か食事を見繕って持ってこいと言うんだ。まったく……」
「アンジェロ先輩は本部席がお好きなんですか?」
「まさか!」
ヴィヴィの素直な質問に、ランデルトは噴き出した。
それから楽しそうに笑いながら、答えてくれる。
「アンジェロはとにかく面倒くさがりなんだ。だから本当は生徒会も嫌がったが、能力はあるからな。それで俺とジュリオが――会長が無理やり入れたんだ。今日はダンスを申し込まれたら基本的に断れないだろう? だが、仕事があると言えば断われるから、この会が終わるまで本部席に居座るつもりなんだよ」
「……なるほど」
アンジェロは書記の仕事などはきっちり完璧にこなしているが、いつもどこか気怠げである。
女生徒たちに囲まれて柔らかく微笑みながらも、一線を画している気がしたのは、おそらく面倒を避けるためだろう。
(種類は違うけど、ジェレミア君と似てるなあ……)
モテる男はつらいよ、であるのだろう。
ランデルトは説明すると、アンジェロのためなのか給仕にあれやこれやと料理を頼んでいる。
また本部席に戻るのかと、残念な気持ちで見ているヴィヴィだったが、ランデルトは料理を本部席に運んでほしいと頼んだ。
そして給仕にお礼と言って振り返ったランデルトは、ヴィヴィに向けて厳つい顔を笑みに変えた。
「ヴィヴィアナ君、もしよければ俺と踊ってくれないだろうか?」
「へ?」
あまりにも予想外の言葉に、ヴィヴィの口は間抜けな声を出してしまったのだった。