魔法学園25
新入生歓迎交流会当日――。
ヴィヴィはスタンプラリーで迷っている子がいないかと、マリルと一緒に校舎内をゆっくり見回っていた。
時にはとんでもない場所に行ったりする子もいるので、校舎外も見回りの対象なのだが、そちらはランデルトを中心に行っている。
特に仕事などが割り当てられていない生徒は午後からの登校で、体育館での立食パーティーに参加することになっていた。
そのため、校舎内はひっそりとしている場所が多い。
「立ち入り禁止の札を掲げてロープで塞いでても、毎年男子生徒たち何グループかは入っていくらしいのよねー」
ヴィヴィが先輩から聞いた話をマリルにしていると、廊下の先から軽快な足音が聞こえてきた。
ここはスタンプラリーとは関係ない教室棟だ。
いったいどのグループだろうとヴィヴィとマリルが足音の正体を待っていると、角を曲がって現れたのは、ジュストだった。
どうやら四人で回っているらしく、二人は見たことのない子だったが、もう一人はアレンだ。
「あ! ヴィヴィアナ先輩、やっと見つけた!」
「まあ、ジュスト君! アレン君も! どうしたの? 迷ったの?」
「違いますよ。僕はヴィヴィアナ先輩を捜していたんです。なあ、アレン?」
「うん」
「私を?」
もうそろそろゴールである体育館に向かっていないと、心配される時間だ。
それなのにジュストたちはけろりとしている。
「みんな、もうゴールに向かわないと、先輩たちが心配するわ。わからないなら案内してあげるから――」
「違います。僕たち後はゴールだけだし、そこが体育館だってこともわかってますから」
すっかり言葉遣いも変わったジュストが胸を張って言うと、他の三人もうんうんと頷く。
元のマナー教育もあるのだろうが、ジュストの変わり様にヴィヴィは会長たちを改めて尊敬した。
さらにはアレンとも仲良くやっているらしいことに驚くばかりだ。
「僕は、この後のパーティーでヴィヴィアナ先輩と踊っていただきたくて、申し込みにきたんです」
「私と?」
「僕もです!」
予想外の申し込みに驚くヴィヴィに、アレンも意気込んで加わった。
この後の立食パーティーでは楽団を招いており、ダンスもできるようになっている。
ダンスパーティーは魔法祭の最後に行われるものが一番盛大だが、この交流会のダンスを楽しみにしている生徒はかなり多い。――特に女子に。
魔法祭では最初からパートナーが決まっており、もちろんパートナー以外と踊ることも自由だが踊らないことも自由なのだ。
パートナーを決めない自由もあるが、ヴィヴィは毎年ジェレミアにお願いされてパートナーという名の防壁役になっている。
しかし、この交流会ではダンスを申し込まれると、基本的には断ることができない。
一回生やまだ慣れない低学年の子たちに自信を持たせる意味があるのだ。
そのため、日頃人気のある男女――ジェレミアやフェランドは大変そうである。
ただ時間に制限があるので申し込みは早い者勝ちでもあった。
「もちろん、私でよければどうぞよろしくお願いします」
「やった!」
「本当に!?」
「ええ。でも、私はもう少し見回りしていかなければいけないから、パーティーに参加するのは少しだけ遅れるわ。それでもいいかしら?」
「当然です!」
「いくらでも待ちます!」
可愛い紳士たちの言葉にヴィヴィは思わず笑顔になった。
あの現場に居合わせた時はどうなることかと思ったが、やはり生徒会を主体とした指導は上手くいっているらしい。
ちなみに他の二人は恥ずかしそうにマリルにダンスを申し込んでいた。
マリルも笑顔で了承している。
「じゃあ、他の先輩方が心配しないうちに、早くゴールしてね。でも廊下は走ってはダメよ」
「わかりました」
「では、また後で!」
ヴィヴィの言葉に四人は笑顔で手を振りながら、駆け出していく。
その後ろ姿を見てヴィヴィはため息を吐き、マリルはくすくす笑っていた。
「もう。走らないって言ったのに……」
「仕方ないわよ。とても喜んでいたもの。男の子に可愛いって思うのは失礼かもしれないけど……可愛いわ」
「うん、すごく同意する。さて、じゃあもう少し見回ってから、私たちも体育館に向かいましょうか。素敵な紳士たちからダンスを申し込まれたんだもの」
「そうね」
完璧に正装する魔法祭の時と違って制服なのが残念だけどね、などと言いながら、ヴィヴィとマリルはもうしばらく教室棟を見て回った。
そして最終チェックを済ませると、体育館へ向かう。
その途中で、マリルが声を潜ませ、ヴィヴィに訊ねる。
「ねえ、ヴィヴィは……先輩に申し込まないの?」
「あー、うん……それはちょっと悩んだんだけど……やめておくことにする」
「どうして?」
「断れないっていうのがね……」
以前のヴィヴィならここぞとばかりに押していただろうが、今はそんな気になれない。
もう少しじっくりとこの恋心を見つめようと決めたのだ。
いつも焦ってばかりいたから、今度はゆっくりいきたかった。
「じゃあ、先輩から申し込まれたら?」
「それはもちろん了承するに決まってるじゃない!」
即答するヴィヴィにマリルは笑い、ヴィヴィも一緒に笑った。
体育館に着くと、中からは音楽と賑やかな話し声がしており、もうパーティーが始まっていることを教えてくれる。
ヴィヴィは担当の先生に異常がなかったことを――ジュストたちのことは伏せて報告し、一、二回生ともに全員が体育館にたどり着いたことを知らされた。
「じゃあ、紳士たちの許へ行きましょうか?」
「でも、彼らはもう女の子たちに囲まれてそう」
「確かにね」
マリルの言葉に頷きながら、ヴィヴィは自分たちの時のことを思い出していた。
スタンプラリーではヴィヴィがやんわり断っていた女子も、ダンスが始まるとここぞとばかりにジェレミアに群がったのだ。
その勢いに押されてヴィヴィは危うく転びそうになりながらどうにか抜け出したが、二回生の時はゴールに到着すると、さっさとジェレミアから離れるつもりだった。
(それなのに、スタンプラリー中にダンスを申し込まれてしまったから、最初はジェレミア君と踊ることになったのよね……)
ダンスの申し込みは当日に限り有効というものなので、三、四回生の時のヴィヴィはは少し遅れて会場に入り、ジェレミアやフェランドに殺到する女生徒を横目に、せっせと用意されていた食事をとっていた。
前世の性というべきか、ビュッフェではどうしても食べすぎてしまう。
(今年こそは、食べ過ぎに注意しよう……)
そこまで考えてふと気付く。
今まで交流会どころか魔法祭でも、食べることに夢中だったせいか、ジェレミアとフェランド以外に踊ったことがないのだ。
なぜか男子生徒から誘われたことがない。
(あれ? ひょっとして、私ってダンスを誘う気も起こらないくらいのレベルだった……?)
ダンスは恥をかかない程度に踊れるだけで、特に好きでもないので今まで気にしたことはなかった。
しかし、女子としてはどうなのだろうか。
ヴィヴィは隣を歩くマリルをちらりと見た。
小柄で小動物のようなマリルはヴィヴィから見てもとても可愛い。
それに比べてヴィヴィは、まだ成長途中らしい小柄な男子より大きいのだ。
ミアが毎日頑張って磨いてくれているので、それなりの見栄えはしている。
ただきつめな顔なので近寄りがたいのかもしれない。
そう考えて、ヴィヴィはまあいいかと思った。
ランデルトだって、他の女生徒たちは顔が怖いといって近寄らず、ライバルが少ないのだ。
(それに今年は、二人もダンスに誘われたわ)
たとえそれが一回生でも、ヴィヴィにとっては嬉しかった。
今までの四年と違う一年が始まる。
そんな予感に、ヴィヴィはわくわくしながら、マリルとともに会場となっている体育館へと入ったのだった。