魔法学園22
ヴィヴィが会議室に入った時には、もうほとんどの生徒が席に着いていた。
慌てて席に向かう途中でランデルトと目が合い、恥ずかしさと高揚感で顔を赤くしたヴィヴィに、ランデルトは厳つい顔を和ませ微笑んだ。
どうにか微笑み返すことができたのは奇跡だろう。
この甘い拷問から逃げ出したくて、失礼にならないようさり気なく目を逸らすと、今度はアンジェロと目が合ってしまった。
アンジェロは昨日と変わらない柔らかな笑みを向けてくれる。
何か鎮静効果でもあるのか、その笑顔を見るとヴィヴィも落ち着くことができ、自然と微笑み返して席に着いた。
それからばたばたと数人が駆け込んできて時間になり、会議は始まった。
「さて、今日は来週末に迫った新入生歓迎交流会の進捗状況についての会議ですが、その前に会長から報告があります」
今日の議長である副会長のクラーラが簡単な挨拶の後にそう告げると、会長が立ち上がり、ジュストとアレンたちの経緯説明を始めた。
ジュストやダミアーノ四人と被害者生徒の名前も上がる。
ヴィヴィはその内容を真剣に聞きながらも、こうしてきちんと報告されることに驚いていた。
日本では個人のプライバシーだの何だのと理由をつけて隠ぺいされることが多いが、この学園では問題を内容の大小にかかわらず関係各所に周知させることで、再発防止に取り組むようだ。
会長は最後に、今後の彼らの動向に細心の注意を払い、また他の生徒にも――特に平民出身の生徒たちを気にかけてほしいと告げた。
やはりクラス替えのこの時期は新入生を中心に同様の問題が起こりやすいそうだ。
ジュストたちの処分はもうしばらく調査を進めてから決まるらしい。
(そういえば、初めての会議の時、会議内容は必要事項以外の口外を禁止する旨の誓約をしたわよね……)
もちろんヴィヴィも誰かに――マリルにさえ言うつもりはないが、生徒会を甘く見ていたことを反省した。
それと同時に不安になる。
(私……恋に浮かれていたけど、そもそも私がこの生徒会でやっていけるのかしら……)
この学園は男女の出会いの場の意味合いが大きいが、考えてみれば魔力の強い者たち――将来国を担っていくための重要人物が揃っている。
そんな生徒たちを、生徒会は各クラス委員長とともにまとめ、導いていかなければならないのだ。
だがもちろん生徒たちも、生徒会だから、クラス委員長だからと素直に従うわけではない。
そのため、年度によって生徒会の力は大きく変わる。
ヴィヴィが二、三回生で嫌がらせを受けていたのも生徒会にそれを抑えるだけの力がなかったからだろう。
(そういえば、昨年――今の会長が副会長になってから、嫌がらせもぐっと減ったわね……)
ヴィヴィが堪えないことと、みんなが成長したせいだと思っていたが、今の生徒会役員の顔ぶれを見れば、それだけではなかったことに今さらながら気付いた。
生徒会は生徒会補助員の三人と三役を含めた生徒会執行部員の十二人の計十五名から構成される。
その中に、ヴィヴィはジェレミアの意地悪で入ってしまったのだ。
(……もう、ジェレミア君の馬鹿。どうしてくれるのよ)
心の中で悪態を吐きながら、それでもヴィヴィは必死に会議内容を頭に入れていた。
そしていよいよスタンプラリーの問題点について、ランデルトが立ち上がり説明を始める。
「今回のスタンプラリーですが、北棟校舎が使えないために、一部変更して行うことになります。実際、立ち入りできなくなるのは来月からですが、校舎を今年の一、二回生が使用することはないので変更点として最初に上げるべきでした。この件については、私が責任者になった時点で気付くべきだったのに、遅くなったことをお詫びします。対応としては、私もヴィヴィアナ君も特別棟と北棟校舎の下見をすでにしておりますので、次の会議までに二人で新たなコースを検討、作成し、皆の承認を得たいと思います」
ランデルトの発言については特に異議が出ることもなく、会議は次の案件へと移る。
ヴィヴィは進んでいく会議内容に耳を傾けながらも、ランデルトの「二人で」発言にどきどきしていた。
まだ補助委員とはいえ、生徒会に名前を連ねているのだから、自分の希望ではなくても真剣に取り組まなければと思うのに、どうしてもランデルトが気になってしまう。
(だめだー。こんなんじゃ、先輩に呆れられてしまう。恋も大切だけど、やるべきことはやらないと!)
ヴィヴィは自省しつつ、どうにか会議に集中した。
会議の雰囲気は前世でのプロジェクトミーティングと学生時代のグループミーティングのようで懐かしくもある。
やがて会議は会長の言葉で締められ、各自それぞれが担当の仕事のために動き始めた。
ヴィヴィも荷物をまとめて立ち上がったところで、ランデルトが近づいてくる。
「ヴィヴィアナ君、これからさっそく打ち合わせができるかな?」
「もちろんです」
「じゃあ、隣に――生徒会室に移動しよう」
「――はい」
このまま会議室の席を移動して作業を行うと思っていたヴィヴィはわずかに驚いた。
すると、その気持ちを察してか、ランデルトが小声で付け足す。
「この後、昨日のことをまた説明してほしいんだ。指導部の先生にも連絡して来ていただくから」
「は、はい……」
「心配しなくても大丈夫だ。別に尋問しようってわけじゃない。ただ俺たちは彼らが何をしたか、正確に知っておきたいだけだから。作業の合間にちょろっと話してくれるだけでいい。女子ではクラーラも同席するから、安心してくれ」
「クラーラ先輩も……」
ヴィヴィはランデルトの言葉に一気に緊張した。
そんなヴィヴィを安心させようとしてか、ランデルトが出した名前を聞いて、途端に複雑になる。
今、ランデルトはクラーラを先輩にもかかわらず呼び捨てにしたのだ。
「……ランデルト先輩とクラーラ先輩は、お付き合いされてるのですか?」
「は?」
「え? あ、すみません! 差し出がましいことを! その、お名前を呼び捨てにされていたので……」
思わず口をついて出た質問にランデルトは驚いたようだった。
ヴィヴィも焦って謝罪したが、ランデルトは気にしていないのか笑いだす。
「あの……?」
「いや、すまない。あまりにも予想外の質問で面食らってしまったんだ。生徒会の他のやつらはみんな知ってるけど……そうだな。補助員のヴィヴィアナ君は知らなくて当然だよな」
未だ笑うランデルトを見て、ヴィヴィは胸が苦しくなった。
やはり二人が付き合っているのは、公然の秘密だったのだろうかと思う。
しかし、続いた言葉こそ、ヴィヴィには予想外だった。
「俺とクラーラは親戚なんだよ。」
「そうなんですか?」
「ああ。母方の祖母が姉妹で母親同士が従姉妹だから小さい頃から交流があってな。年も近いしで、仲が良いいんだ。だから……まあ、そういうことだ」
何か言いかけ、ランデルトは結局言わずに話を締めてしまった。
ヴィヴィは気にはなったがそれ以上を訊き出すのは無粋なので我慢する。
二人が付き合っていないという事実だけでも大収穫なのだ。
そして廊下側から生徒会室の前に来ると、ランデルトがドアを開けてくれた。
こういう紳士的な態度はジェレミアもフェランドも当然してくれるが、好きな人にされると全然違う。
ヴィヴィは小声で「ありがとうございます」とお礼を言い、生徒会室へ初めて足を踏む入れた。
「あー、ひとまずそっちの机を使うか。過去のスタンプラリーの台紙とクイズは……あった、これだ」
初めて入る生徒会室にヴィヴィがきょろきょろと周囲を見ているうちに、ランデルトは十人ほどが座れる円卓を指さし、壁際にずらりと並んだ書架やロッカーの中から大きな箱を一つ取り出した。
ヴィヴィが円卓の椅子を引いて鞄を置き、手伝いますと言おうと振り返った時にはもう箱は円卓の上に載せられていた。
そしてランデルトはヴィヴィが鞄を置いた椅子の隣にどかりと座る。
「さあ、始めようか」
「は、はい」
ヴィヴィは鞄を円卓の下の台に入れたものの、すぐ隣には座ることができず遠慮がちに椅子を一つ空けて座り、ランデルトが箱から次々に出す資料に視線を落とした。
その中の二つにはしっかり見覚えがあり、思わず頬が緩む。
あの頃は前世の自分が「こんな子供騙しなんて……」と文句を言いながらも、しっかり楽しんでいたのだ。
(結婚もせず、ずっと実家暮らししていた私は、生活費を多少入れていたからって立派な大人だと言うにはちょっと無理があるわよね……)
成長すればするほど、自分の無力さを痛感する。
ジュストたちのいじめの現場を見ても、しっかり対処できたとは言えない。
ジェレミアの王子としての苦悩もわからない。
そして、どんなに前世で恋愛経験があっても、今世ではどうすればいいのかわからない。
(それで当たり前よね。だから今を精一杯頑張るしかないんだわ)
まずは目の前の仕事――スタンプラリーの変更案を決めなければならない。
それからは、ランデルトを意識しつつも、ヴィヴィなりに考えた新しい案を出し、二人で検討を重ねたのだった。