魔法学園21
翌日の放課後。
ヴィヴィが会議のために急いで帰る支度をしていると、ジェレミアに声をかけられた。
「ヴィヴィアナさん、今日は会議だよね? 僕も少し生徒会室に用事があるから一緒に行こう」
「――ええ、そうね」
「あら、ジェレミア様。委員の仕事でしたら、私もご一緒しますわ」
ひょっとしてジュストのことかと思いながらヴィヴィが了承すると、ジゼラが割り込んできた。
このクラスになるまではいつもの四人でいることが多かったが、最近ではジゼラが積極的に入ってくる。
普段はそれほど気にならないのだが、今日はさすがにジゼラに対してヴィヴィは苛立った。
「いや、ちょっと会長に話があるだけなんだ」
「……そうですの? では、またお仕事の時は、いつでもお声をかけてくださいね」
「うん、ありがとう。じゃあ、ジゼラさん、さよなら」
「ごきげんよう、ジェレミア様」
穏やかに断るジェレミアにほっとしながら、自分には挨拶をしないジゼラにヴィヴィもまた挨拶をしなかった。
そしてヴィヴィは早々に教室を出ていく。
するとすぐにジェレミアは隣に並んで小さく笑った。
「何かおかしかった?」
「いや、そんなに早く会いたいんだと思って」
「え? あ、いえ、そうじゃなくて……そうかな?」
ランデルトのことを言われているのだと気付いたヴィヴィは、否定しかけて曖昧に答えた。
早くジェレミアと二人で話がしたかったとは言えない。
そもそも本当に話があるのかもわからないのだ。
しかし――。
「ごめん、生徒会長に用事があるというのは嘘なんだ」
「え?」
「二人きりで話がしたくて。だから、会議室まで少し遠回りをしてくれないか?」
「え、ええ。いいわよ」
予想通りではあったが、申し訳なさそうに言うジェレミアの笑顔にヴィヴィは戸惑った。
笑顔の裏にあるはずのジェレミアの本心が最近はさっぱり読めない。
(でもそれも当たり前かも。私たちは成長しているんだもの)
「ごめん、そんなに時間は取らせないから」
「え? 何が?」
「心ここにあらずって感じだから、会議のことが気になっているのかと」
ジェレミアの笑顔を見てからぼんやり考えていたせいで、誤解させてしまったらしい。
ヴィヴィは慌てて首を振った。
「別にまだ大丈夫よ。時間を気にしてたんじゃなくて……。何て言うか、お互い大きくなったなと思って」
「大きくって……どうして急に?」
「うーん。何となく? 入学式で初めて会って、それから四年経って、あの頃は少しだけ私のほうが高かった身長も、今はジェレミア君のほうが高くなって、こうして見上げないといけないから」
「……まだ背は伸びてるよ」
「いいなあ。私はもう止まったみたい。身長だけでもこんなに差ができたんだから、考え方もそれぞれ変わってくるよね。来年になったら、たぶんクラスも別々になるし。ジェレミア君は政経科に進むんでしょう?」
「わからないよ。ひょっとして家政科に進むかもしれない」
「じゃあ、私は魔法騎士科ね」
からかうように言われ、ヴィヴィも冗談で返した。
しばらく二人で笑ったが、学園を卒業すればこんな時間も無くなるのだろう。
「……すごく気が早いけど、卒業したらみんな別々の道を行くのよね。そう思うと寂しいわ」
「――確かにヴィヴィアナさんは気が早すぎるよ。でも、大丈夫。まだ時間はあるから」
「そうよね。――って、ごめんなさい。私ばかり話してしまって。何か話があるよね?」
どうでもいい話になっていることに気付いて、ヴィヴィは慌てて謝罪した。
すると、ジェレミアは困ったように微笑んだ。
今度は気持ちが読み取れたことに、ヴィヴィは密かにほっとする。
「それは……うん。昨日、弟のジュストが迷惑をかけたと聞いて、謝りたかったんだ。ごめんね、ヴィヴィアナさん」
「ううん。ジェレミア君が謝る必要はないわよ。私は何もしていないし、迷惑とも思っていないから大丈夫。それに……知らなかったんでしょう?」
「うん、情けないことにね。昨夜、寮監室に呼ばれて、弟たちが何をしていたのか初めて知らされたよ。みんな――侍従のアントニーさえ、知っていたのにね。だけど本当は教えられるまでもなく、僕も気付くべきだったんだ」
「……仕方ないわ。学年が離れているし、行動時間が違うから、隠れてされると普通はなかなか気付きにくいものよ。それで、その、意地悪されてた子には……?」
「それが、僕は弟が何をしていたかを教えられただけで、弟たちの仲間や、被害者については知らされていないんだ。弟についてだけ、同じ学園に通う血縁者ということで一応の報告をしてくれたらしい。この後は全て生徒会に任せてほしいとね」
「そっか……」
被害者の子たちもジェレミアに謝罪されても困るかもしれない。
また仲間の子たちに関しても妃同士の確執などを生む可能性も考えて、先生や生徒会役員はジェレミアにこれ以上立ち入らせないようにしたのだろう。
だが、いつもは自信に満ちているジェレミアが落ち込んでいる。
ここは慰めの言葉の一つでもかけるべきなのだろうが、ヴィヴィには何も浮かばなかった。
(前世の経験とか、全然役に立たないよ……)
もうすぐ遠回りも終わり、会議室に着いてしまう。
ランデルトに早く会いたい気持ちもあるが、このまま友達を放ってもおけない。
そこまで考えて、ヴィヴィは急に立ち止まった。
しばらく無言で歩いていたジェレミアも合わせて立ち止まる。
「ヴィヴィアナさん? どうし――」
「ジェレミア君、私はジェレミア君の友達だからね!」
不思議そうに問いかけてきたジェレミアの手をヴィヴィはがっちり握って、ありのままの気持ちを伝えた。
ジェレミアは驚いたように目を見開いたが、かまわずにヴィヴィは続ける。
「何があっても味方ってこと。困った時には助けるし、寂しい時には傍にいるわ。だから何でも言って! あ、もちろん、言いたくないことは言わなくていいし、私では力になれないことのほうが多いかもしれないけど、それでも味方なの! 将来、別々の道を進むことになっても」
勢いよく言ったものの、ジェレミアから返ってきたのは沈黙。
ジェレミアを真っ直ぐに見つめていたヴィヴィは、その顔を見ていられなくて俯いた。
どうやらヴィヴィの言葉は見当違いだったようだ。
「……ごめん、迷惑だったね?」
「……どうして?」
「わからないけど……困ってるみたいだから」
「僕はそんな表情をしてる?」
「ううん。唖然としてる」
「だよね。僕は驚いているから」
「ごめん、変なこと言った」
「違うよ。ヴィヴィアナさんの気持ちはすごく嬉しい」
ばかなことを言ってしまったと手を離しかけたヴィヴィの手を、ジェレミアは強く握り返した。
そして告げられた言葉に、今度はヴィヴィが驚いて目を丸くした。
ジェレミアは普段、こんなふうに自分の気持ちをはっきり口にはしない。
「何だか、さっきの言葉通りだね」
「さっきの言葉?」
「本当に大きくなったんだなって。考え方も成長したみたいだ」
「私、今までそんなに子供っぽかった?」
「いや、子供だったのは僕だよ。だけど、今のヴィヴィアナさんの言葉で目が覚めた気がする。ありがとう、ヴィヴィアナさん」
「う、うん……?」
「僕は僕なりに頑張ってみるよ。たとえ報われなくてもいい。だって、ヴィヴィアナさんは僕が困った時には助けてくれて、寂しい時には傍にいてくれるんだよね?」
「もちろんよ」
ヴィヴィは自分がそこまで影響を与えるようなことを言った自覚はなかったが、ジェレミアの笑顔は心からのように思えた。
そのことが嬉しくて、ヴィヴィも満面の笑顔で答える。
「ありがとう、ヴィヴィアナさん。それだけで十分だよ。だから僕も、以前言った通り、いくらでもヴィヴィアナさんの力になる、――いや、なれるよう頑張るから、何かあった時には頼ってほしい」
「わかったわ。ありがとう、ジェレミア君」
「じゃあ、もう行かないと会議が始まるよ?」
「うん、そうね」
言いながらジェレミアはヴィヴィの手を離した。
幸い生徒会室や会議室が並ぶ階はほとんど生徒の出入りがなく、また遠回りしてきたために、手を握り合う二人の姿を目にした者はいない。
「じゃあ。ジェレミア君、また明日」
「うん、また明日」
笑顔で手を振って去っていくヴィヴィを見送ったジェレミアは、ふっと小さい笑ってから踵を返したのだった。