魔法学園20
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「ただいま、ミア。ごめんね、遅くなって」
「お気になさらないでください。学園より使いの方がいらっしゃって、遅くなられることは伺っておりましたから。私よりもお嬢様のほうがお疲れでしょう? お食事はこちらへお運びいたしましょうか?」
「ううん、それはいいわ。病気か何かと変に勘違いされても困るし。すぐに着替えて食堂へ行く」
「かしこまりました」
確かに疲れていたヴィヴィは部屋でゆっくりしたかったが、ジュストやアレンのことが女子寮側に知られてしまった時のことを考えて、食堂へ行くことにした。
そういえばあの時……などと、変に勘ぐられるのは面倒である。
食堂に入るとマリルはいなかったが、他に仲の良い友人を見つけたので、そちらで一緒に夕食をとった。
どうやらマリルは課題をするために部屋に食事を運ばせたらしい。
他にも同じような生徒が何人もいたので、食堂はいつもより人数が少なかった。
こんなことならわざわざ食堂に来なくてもよかったなと思いながら部屋に戻り、すでに用意されていたお風呂に入る。
そして早めに寝支度を整えたヴィヴィは、ずっと気になっていたことをミアに訊ねた。
「ねえ、ミア」
「はい、お嬢様」
「あのね、今年入学したダミアーノ君って知ってる?」
「はい。存じ上げております」
「そうなの? 出身は?」
「彼の方はボンガスト侯爵のご令孫でいらっしゃいます」
「ボンガスト侯爵家といえば、確か第二王子殿下のお母君のご実家よね?」
「さようでございます。侯爵のご息女であるメラニア様がジュスト殿下のご生母でいらっしゃるので、ジュスト殿下とダミアーノ様は従兄弟同士でいらっしゃいます」
「そうだったのね……」
それでダミアーノはあんなに偉そうだったのかとヴィヴィは納得した。
おそらくジュストの態度を助長させていたのは、ダミアーノなのだろう。
そしてダミアーノを見れば、ボンガスト侯爵家の教育方針もわかる。
(そもそも王家の方たちの教育方針に問題がある気がする……)
今でこそジェレミアは将来の王として自分たちの未来を託せる、と皆に思わせるほど立派に見えるが、入学当初はかなりひねくれていた。
ヴィヴィが父親からそれとなく聞いたところによると、王家では子供たちの養育はそれぞれ実母である妃に任されており、兄弟間の交流もほとんどないらしい。
(まあ、ジェレミア君の本音はどうだかわかんないけどね……)
最近のジェレミアが何を考えているのかヴィヴィにはよくわからなくなっていた。
王になりたくて努力を続けているのか、単純にゲームを楽しんでいるのか。
ただジェレミアの口から兄弟の話は、実の妹のことでさえ一度も聞いたことがない。
(たぶん、ジュスト君――というより、ボンガスト侯爵家としては、ジュスト君を王様にしたいだろうねえ。ダミアーノ君の雰囲気から考えても。でも、あれじゃダメだよね。ジェレミア君を際立たせることになってるもの)
ヴィヴィはベッドに入り、ごろりと寝返りを打った。
まだ寝るには早い時間なので、本当は全然眠くない。
ただベッドの中にいるほうが考え事をしやすいのだ。
今頃、男子寮では先生や先輩たちが集まって話をしているのだろうかと思うと気になる。
(あー、こういう時にスマホとかあればすぐ連絡が取れるのに……。むしろ、先輩のSNSとか知りたいかも。……ないけど)
前世を思い出して無駄なことを考えつつ、自分で突っ込む。
時々、こんな記憶がなければとヴィヴィは思うことがあった。
幸いなことにヴィヴィの父は母に一途なので、夫婦仲も兄弟仲も良いが、友人たちの話を聞くと珍しいらしい。
それでもみんな――マリルにしても当たり前のこととして受け入れているのだから、おそらくこの世界では自分の考え方――感じ方が間違っているのだ。
(いや、でも奥さん同士で仲が悪いとかよく聞くし、やっぱり女性の本音としては自分一人を想ってほしいんだよね?)
前世でも浮気、不倫は普通にあった。
ヴィヴィもかなり泣かされたものだ。
さらには両親が離婚、再婚して親のどちらかが違う兄弟がいる友人も何人かいた。
その子たちにもそれぞれ考えや捉え方はあって、様々な葛藤を抱えていたけれど、さすがに同じ家に母親以外の女性が何人もいたなど聞いたことはない。
(探せばいたのかもだけど、基本的に日本でそれは許されなかったからねえ……)
結局、考えてもヴィヴィにはジェレミアの気持ちはわからないのだ。
ヴィヴィは大きくため息を吐いて、ふと気付いた。
(あれ? そもそもジュスト君たちのことを考えてたのに、いつの間にジェレミア君のことになってたんだろう?)
気になるのはジュストたちの処分とこれからの対応だ。
おそらく、まだ一回生ということで、そこまで厳しいことにはならないだろう。
それよりも心配なのは、被害者であるアレンである。
ランデルトの言い様では、アレンの他にも被害者はいるようで、報復の心配はないだろうが、心の傷になってはないだろうか。
(他の子はともかく、ダミアーノ君は要注意だよねえ。はっきり言って、ジュスト君と離したほうがいいのは間違いないけど、そうなるとボンガスト侯爵家が黙っていないかな? さすがに学園に口出しはできないはずだけど……)
考えれば考えるほど、ヴィヴィは腹が立ってきていた。
侯爵家も問題ではあるが、一番の原因は夫である国王なのだ。
日本でも昔は一夫多妻や大奥があったり、他の国でも後宮があり、さらにはヴィヴィの生きる時代でも一夫多妻制の国はあった。
それらはたいてい正妻が取り仕切っており、その力量が重要視されていたのだ。
妾たちを統制できなかったからと、正妻の資格なしと判断され離縁されたなどの話もある。
(それなのに、みんな等しくお妃様で、たまたま第一王子を――ジェレミア君を生むことができたからって理由でジェレミア君のお母さんを正妃になんて、他のお妃様は納得できないに決まってるよ。それならそれで、王様がちゃんと統制しないといけないのに、ほったらかし状態とか。男の甲斐性は稼ぎだけじゃないよ。たくさん奥さんをもらうなら、ちゃんとケンカしないように配慮しないと)
現国王の治世は安定しているので、仕事ぶりに問題はないのだろう。
ただ女性に対してぞんざいな気がする。
そう考えて一人ぷりぷりしていたヴィヴィだったが、このままでは眠れないと思い、何度か深呼吸を繰り返した。
すると少しずつ落ち着いてくる。
今日は予想外のことに巻き込まれてしまったが、本来はスタンプラリーのためだったのだ。
特別棟を見学してイメージは掴め、北棟校舎に行ったことで、当時の内容を思い出すことができた。
これならば明日、ランデルトと相談して新しいスタンプラリーのコースやクイズを考えられるだろう。
(それにしてもランデルト先輩かっこよかったなあ。てっきりダミアーノ君たちの言い分を聞き入れて、なあなあに終わると思ってたのに。やっぱり生徒会役員に選ばれるだけあるよね。まさしく高潔な騎士って感じ)
はあっと恋する乙女のため息を吐き、ヴィヴィはランデルトの胸きゅん笑顔を思い出した。
さらに今日のランデルトをリプレイする。
そこで、一時停止。
(ちょっと待って。あの時は状況が状況だけに聞き流していたけど、先輩ってば私のこと素敵な女性って言ってなかった? 言ってたよね!?)
それがたとえあの場を抑えるためでも、社交辞令でも、口にしたのは事実だ。
間違いなくランデルトはヴィヴィを素敵な女性だと言った。
(これって、脈あり? ああ、どうしよう。そうだったら、告白する? いや、まだ早すぎる。でもでも魔力が惹かれ合って、先輩も同じように私に一目惚れしてくれてたり?)
たった一言でここまでプラスに考えられるのは、ある種の才能だろう。
そうして前世でもヴィヴィはいつも押せ押せできたのだ。
(でも、待って。この世界では慎ましい女性が淑女とされてて、今のところ先輩の前では私は借りてきた猫で……)
本来のヴィヴィは決しておとなしくはない。
だが、ランデルトがそんな女性を好きなのなら頑張れる。
そこまで考えて、まずはランデルトの好みの女性をリサーチしなければとの結論に至った。
とにかく全てが明日なのだ。
ヴィヴィは明日に備えてお肌のためにも、もう寝ることにして目を閉じた。
そして、あっという間に眠りに落ちたのだった。