魔法学園17
「なっ、誰だ、お前!」
「お前? 明らかに年上である私に、お前?」
一番に我に返ったのはやはりリーダー格の男の子で、かすかに怯えながらもヴィヴィに牙をむいた。
だが、その態度が悪い。
ヴィヴィはつかつかと歩み寄ると、男の子たちの間を割って入って倒れていた男の子を抱き起こした。
「大丈夫? 痛いところは?」
「あ、あの……大丈夫です」
「本当に? 後から痛くなるかもしれないし、お腹や頭が痛くなったらすぐに誰かに言うのよ? 重大な怪我につながってるかもしれないからね?」
「は、はい……」
前世での経験からしっかり注意すると、ヴィヴィは立ち上がって振り返った。
そして四人の男の子たちをわざと上から睨みつける。
「彼に何をしたの?」
「う、うるさい! 僕は王子様なんだぞ!」
「ええ? 本当に? すっごーい! とでも言うと思った? 自分で王子様って名乗るなんて……しかも〝様〟ってつけるなんて、ダサッ!」
「ダサ……?」
「かっこ悪いってこと。あ、それとも王子様っていうのが名前だった? だとしたら、ごめんね。せっかくご両親がつけてくれた名前なのに、ダサいなんて言って」
「そ、そんなわけないだろう!? 僕の名前はジュスト・インタルアだ!」
「あ、そう。ジュスト君っていうのね?」
「お前、この名前を聞いても何も思わないのか!? インタルアだぞ!? 僕はこの国の王子様なんだぞ!?」
「で?」
「え?」
動じた様子がないどころか、それが何か? と言わんばかりのヴィヴィの態度に、ジュストは目を見開いた。
その後、信じられないものを見るように、何度も瞬きを繰り返している。
「あのね、ジュスト君。この学園の大原則を知っているかな? みんな平等なの。だから家名を名乗ったりはしないのよ。中にはお家の力を借りて、いばり散らすお馬鹿さんもいるらしいけど、そういうお馬鹿さんはね、みんなに嫌われるの。こっそり陰で笑われるのよ。あの子、馬鹿だねって」
「ぶ、無礼だぞ!」
「あら、それじゃあ自分のことを言われている自覚はあるのね? でもまだちゃんと理解できていないなんて……。無礼なのはジュスト君でしょう? 私はあなたの先輩なの。この学園では礼節も重んじるのよ。だから、ジュスト君は先輩に対しての礼儀がなっていないし、紳士として女性に対する礼儀もなっていないわね。それだけでも残念なのに、あろうことか彼に対して暴力を振るったわね? これは先生に報告させてもらうわ」
「な……そんなこと、許さないぞ!」
「誰が?」
「ぼ、僕のお母様やおじい様だ!」
「……ジュスト君、あなたは寮へ帰って最初からちゃんと入学案内を読んだほうがいいわ。それでも理解できなかったら、先生に尋ねることをお薦めするわね」
ちょっとだけ初めて出会った時のジェレミアを思い出していたヴィヴィだったが、話しているうちに全然似ていないことに気付いて呆れた。
ジェレミアは生意気ではあったが、少し意地を張っていただけなのだ。
きちんとヴィヴィの意見を聞いて考え、納得して受け入れてくれた。
それに、あのまま無視をされていたとしても、こんなふうに取り巻きを連れて、一人を虐めたりなんて絶対にしなかっだろう。
ヴィヴィは振り返っておどおどしながら立っていた男の子に、腰を屈めて目線を合わせた。
「えっと……ごめんなさい、まだ名前を訊いていなかったわね。私はヴィヴィアナよ。あなたは?」
「ぼ、僕はアレン……です」
「そいつは平民なんだぜ! だから家名なんてないんだ!」
「黙れくそガキ」
「え?」
「ん? 何か聞こえたかな?」
取り巻きその一が何か言ったので、ヴィヴィの口からつい本音が漏れてしまった。
目の前の男の子――アレンはぽかんと口を開けたので、どうやら聞かれてしまったらしい。
それを笑顔で誤魔化していると、また別の声――取り巻きその二の声が聞こえた。
「ジュスト殿下、こいつ確かジェレミア殿下と仲が良いって噂の女です!」
「……こいつ?」
ヴィヴィは顔に笑みを張り付けて再び振り返った。
しかし、男の子たちが一歩、二歩と後ずさったのは、笑顔には見えなかったからかもしれない。
「嫌だわ。お馬鹿さんにはお馬鹿さんが集まってくるのね? 今までの話を聞いてた? それに、間違った言葉遣いだから直してあげるわね。私は、ジェレミア君と友達なの。友達だから仲が良いのよ。あなたたちには友達がいるのかしら?」
「い、いるに決まってるだろ! 今、ここにだって――」
「まあ! あなたたちは友達なのに、たった一人を四人で囲んで、踏みつけにすることを誰も止めなかったってこと? わざわざ人気のない場所を選んでいるなんて、悪いことだってわかっているからでしょう? 本当の友達なら、悪いことをしている友達を止めるべきよ。もちろん、あなたたちの友情が偽りだとまでは言わないけど、一度家名に関係なく、お互い個人をしっかり見てみたらどう?」
「お前は――」
「お前?」
「……せ、先輩は、兄上とは……兄上が第一王子だから仲良くしてるんじゃないのか?」
ヴィヴィは威圧的になっている自覚はあったが、それでも止めなかった。
一回生を相手に大人げないと思いつつ、ここはきっちり伝えたかったのだ。
そんなぴりぴりした雰囲気の中で、さすがというか他の子たちと違ってジュストは懸命にヴィヴィに立ち向かっている。
その根性に少しだけヴィヴィは見直した。
「私は、ジェレミア君だから、友達になったの。ジェレミア君とは冗談を言って笑い合うこともあるし、ケンカすることだってあるわ。でも友達だから仲直りできる。家名なんて関係ないの。ジェレミア君自身が大切な友達なのよ。他にも彼の周囲にいる子たちはみんなそうだわ」
「そんなの……嘘だ」
「うーん。まあ確かに、ジェレミア君の立場に魅力を感じて近づいてくる人だっているわ。そういう人は残念ながらジェレミア君自身を見ていないから……友達にはなれないみたいね。この学園では家名は役に立たないんだから、ジュスト君もみんなも、自分の立場をいったん置いて、この魔法学園の生徒として学生生活を楽しんではどう? 楽しいことがいっぱいあるわよ。あ、もちろん学生の本分は勉強だけどね」
友達の――ジェレミアのことを語るヴィヴィは、自然と口調が柔らかくなっていた。
先ほどまでの威圧的な態度から、すっかり優しいお姉さんになっている。
すると、ジュストは考えるように聞いていた。
他の三人はジュストの出方を待っているのか何も言わず、アレンはヴィヴィの背後でそわそわしているようだ。
(さっきは腹が立っていたから仕方ないけど、頭ごなしに怒るより、諭すように叱るほうが効果的ってことかな。って、すごく説教臭いよ、私……)
これでは四年前にジェレミアに説教した時と何も変わっていないと反省しつつ、ふと気付いた。
もしこのままジュストが受け入れず、〝お母様〟や〝おじい様〟に本当に言いつけてしまったら、ジェレミアの立場が悪くなるのではないだろうか。
自分のことは自業自得なので仕方ないが、ジェレミアに迷惑をかけるかもしれないとヴィヴィが内心で焦り始めた時、新たな人物の声が聞こえた。
「そこで何をしているんだ!?」
皆が驚きはっとして入り口を見れば、ランデルトが立っていた。
ランデルトは集まっている顔ぶれに驚いたようだったが、すぐに気を取り直したのか室内へと入ってくる。
「ランデルト先輩! 助けてください!」
そう涙声で訴えてランデルトに駆け寄っていくのは、取り巻きその二。
ヴィヴィはその切り替えの早さに、ただ呆気に取られて男の子を見ていたのだった。