魔法学園16
「それじゃあ、先に帰るわね」
「ええ。課題、頑張ってね」
「ありがとう。明日までに出来上がるか不安だけど、とにかく頑張るわ」
「マリルなら大丈夫よ。手伝えたらいいんだけど、私にはあの複雑な模様は編めないから……ごめんね」
「ううん、ヴィヴィが謝る必要はないもの。無理して始めた自分が馬鹿だったの。じゃあ、気をつけてね」
「うん、マリルも気をつけて。無理もしないでね」
先ほどまでの選択授業の手芸で、先週の課題であるレース編みが、今日いきなり提出期限は明日までだと先生に言われたのだ。
どうやら最近、おしゃべりばかりで提出期限を守らない生徒が多いからというのが原因らしい。
ヴィヴィもマリルも毎回期限は守っており、ヴィヴィは抗議したが、連帯責任だと一蹴されてしまった。
レース編みが苦手なヴィヴィは、簡単なものを編んでいたため完成させることができたが、マリルはかなり凝った模様にしていたので、授業時間では間に合わなかったのだ。
マリルを見送ったヴィヴィが〝原因〟の一人であるジゼラを睨んでしまったのは仕方ないだろう。
「な、何よ?」
「ジゼラさんは大丈夫なの? いつも期限を守れていないみたいだけど」
「い、いつもじゃないわ!」
「そうだったかしら?」
我ながら性格が悪いなと思いつつ、ジゼラを責めていたヴィヴィだったが、そこへ別の授業からジェレミアとフェランドが戻ってきたので口を閉じた。
誰だって好きな人に、かっこ悪いところを知られたくないはずだ。
「あれ? マリルは?」
「もう帰ったわ。私は用事があるから残ったの」
「あ、そう」
たいていはヴィヴィとマリルは一緒に寮へ帰るため、フェランドは不思議に思ったようだ。
ただ理由がわかったからか、もう興味はないらしい。
しかし、ジェレミアはヴィヴィの用事という言葉に反応した。
「ひょっとして、生徒会室に行くの? だったら僕も用事があるから一緒に行くよ」
「あ、ううん、違うの。別の用事。まさかジェレミア君は各クラス委員の時間希望をもうまとめてくれたの?」
「――みんな協力的だったからね」
「だとしても、ありがとう。すごく助かるわ」
昨日、ヴィヴィは三回生から五回生までのクラス委員長の各学年代表に、今週末までにスタンプラリーの受付当番の可能時間を訊いてまとめてほしいとお願いしていたのだ。
そして、それを生徒会室に届けてほしいと。
ジェレミアが学年代表として決まってしまったと委員会の翌日に聞いた時は同情したが、こうも仕事が早いとそれも納得してしまう。
最近は王子だから人気があるのではなく、ジェレミア自身の魅力が高まってきたからではとヴィヴィは思っていた。
今のままジェレミアが成長すれば、立派な王になるだろう。
「あ、そうだ。明日は会議があるから預かるわよ?」
「いや……、せっかくだから今日持って行くよ」
「では、お願いします」
「うん」
「ジゼラさんもありがとう。とても助かったわ」
「え? そ、それは、当然よ。仕事だもの」
ヴィヴィとジェレミアのやり取りを、必死に笑顔を作って見ているジゼラにもお礼を言うと、かなり驚き焦っていた。
それでも高飛車な言い方はジゼラらしい。
ヴィヴィはちらりとジェレミアを見たが、いつもの笑みが浮かんでいるだけで、ジゼラのことをどう思っているのはわからなかった。
(私の勘違いだったかな……?)
そう思いながら、机の上に置いていた鞄を手に持ち、ジェレミアたちに笑いかける。
ジゼラは未だにヴィヴィの態度の変化を訝しんでいるようだ。
「それじゃ、もう行かないと。また明日」
「うん、また明日」
「じゃあな、ヴィヴィ」
「ヴィヴィアナさん、さよなら」
三者三様の挨拶を返されて、ヴィヴィは手を振りながら教室を出た。
北棟はこの学園で一番古い建物で、一階に練習用の舞踏室、二階に美術室と音楽室、それぞれの準備室があるのだ。
今回の改修で、ダンスの練習は講堂や多目的ホール、その他空き教室を利用するらしいが、音楽室と美術室は特別棟まで移動しなければならない。
特別棟には第二、第三と二教室ずつある。
ただ、どの教室も一階にあるので教室棟からの移動にそれほど時間はかからないからだろう。
どちらを使うかは、その時々らしい。
(とにかくこの特別棟の一階だけポイント箇所にすればいいんだけど、わざわざ四つの教室でスタンプを押さなくてもいいわよね……。手前を全てスルーさせて、一番奥の第三音楽室をポイントにする? )
特別棟の一階をゆっくり歩きながら、ヴィヴィは考えを巡らせた。
放課後のせいか一階にはほとんど生徒はいない。
だが二階より上階は魔法室や手芸室などがあり、まだまだ生徒がいる気配がする。
ひと通り教室を覗いたヴィヴィは、ふと思い立って北棟へと向かった。
まだ立ち入りはできるので、何かヒントが見つかるかもと思いつつ、本音では懐かしい気分になっていたのだ。
やはり一番古い建物らしく、においなどが前世の学校を思い出させる。
今はもう使用はされていないので、誰もいない棟内を二階へと上がり、第一音楽室に入った。
(そういえば、前世で音楽室って怪談の定番だったわよね……)
残念と言うべきか、この世界に怪談は存在しない。
死後の世界もなければ幽霊などの概念もないのだ。
不思議なことは全て魔法で片付く。
魔法には日常的なものから、非日常的なものまで様々であり、魔力の高い者は一人一人に特性があって、自分の使える魔法を秘めている魔法使いも多いらしい。
要するに、未知なることは、未知なる魔法というわけである。
(学校七不思議とか面白いのに……)
もし今ここでいきなり楽器が無人で演奏を始めても、誰かの魔法で、肖像画の目が動いても、誰かの魔法なのだ。
(でも、やっぱり魔法には夢があるわよね)
ヴィヴィが魔法科への進級を考えているのは、才能云々ではなく、面白そうだからだ。
ただ、ヴィヴィの魔力は最近になって著しく成長しているらしい。
魔法学の先生も珍しいこともあるなと首をひねっていた。
(……あれ? 今、何か音がした?)
ゆっくりと室内を歩いていたヴィヴィは、聞こえた物音に足を止めた。
前世なら怖くなっただろうが、今のヴィヴィは好奇心のほうが強い。
耳を澄ませば、人の話し声が聞こえる。
それもまだ子供だろう。
音楽室から出たヴィヴィは、声が階下からだとわかった。
一回生や二回生はもう帰っているべき時間だ。
音を立てないように、ヴィヴィは階段をそっと下りた。
どうやら声は舞踏室から聞こえているらしい。
こっそり舞踏室を廊下から覗くと、中には五人の男の子がいた。
しかも一人の子は倒れており、四人がその子を囲んでいる。
(これって、いじめ?)
あからさまではあるが、早計はダメだと自分に言い聞かせ、ヴィヴィは様子を見ることにした。
するとリーダー格らしい男の子が、倒れた子を踏みつけて言い放つ。
「いいか、僕はこの国の王子様なんだぞ! それなのにみんなの前で僕に恥をかかせるなんて! 僕より速く走るなんて失礼だろ! よく覚えておけ。僕の前に出るな!」
「はあああああ!?」
男の子の所業と偉そうに告げた言葉を聞いて、ヴィヴィは思わず声を上げていた。
様子を見るつもりが、あまりの理不尽さに怒りを抑えられなかったのだ。
一斉に男の子五人の驚いた顔が向けられる。
その時のヴィヴィはもう舞踏室へと足を踏み入れていたのだった。