魔法学園15
「え? ヴィヴィ、好きな人ができたの!?」
「マリル、声が大きい」
「あっ、ごめんなさい! ちょっと、ううん、すごくびっくりして……」
マリルはヴィヴィに注意されて、慌てて周囲に聞かれてなかったかきょろきょろしながら謝罪した。
幸い今の話を聞いた人はいないようだ。
平日の外出は制服でと決められているので、学園の生徒がいればすぐにわかるが、生徒でなくてもどこで誰が繋がっているかわからないのが世の中である。
特にヴィヴィは王子とよく一緒にいる女子生徒として有名なので、注意が必要だった。
少しでも王子の話を仕入れられないかと、聞き耳を立てている女生徒は多い。
そのことに気付いたのはずいぶん前だが、ヴィヴィはジェレミアにかなり同情した。
同時に、ジェレミアを学園でも王子としてしか見ない相手は嫌いなのだ。
「私も最初は信じられなかったから、マリルが驚くのも仕方ないよね」
「ううん! 考えてみれば思い当たるというか……それで最近は上の空だったのね」
「うん……」
ヴィヴィが苦笑しながら言うと、マリルは慌てて首を振った。
そして身を乗り出して小声で訊いてくる。
「それで、相手を訊いてもいいの?」
「もちろんよ。えっと、生徒会副会長のランデルト先輩なの……」
「え……」
「マリル? 口が開いてるわよ。さっきより驚きすぎだって」
「あ、う、うん。ごめんなさい。あまりに予想外の人だったので……」
「あー、だよね。私もそう思う。だからこそ、魔力の相性で惹かれたのかなって」
照れながら言うヴィヴィを、マリルはじっと見つめた。
それからわずかにためらいながら、口を開く。
「それって……ジェレミア君も知っているの?」
「ええ。一昨日のお茶会の時に訊かれて……。あの時はマリルもありがとう。心配してくれてたんでしょう?」
「ううん。結局、私は何もできなかったから。様子がおかしいこともわかっていたのに、相談に乗ることもできなくて……。だからジェレミア君からお茶会に招待された時、ほっとしたの。ジェレミア君に任せておけば大丈夫だって。ごめんなさい。友達なのに卑怯でしょう?」
「そんなことないよ! 友達だからって何でも聞けるわけでもないし、何でもしてあげられるわけじゃないもの」
「ありがとう、ヴィヴィ。だからずっと聞かないでいてくれたのね? 私がフェランド君を好きなこと」
今度はヴィヴィが口をぽかんと開けた。
まさかこんなに簡単にマリルが自分の気持ちをさらけ出すとは思っていなかったのだ。
そんなヴィヴィを見て、マリルが苦笑する。
「ヴィヴィにはとっくに……たぶん、ジェレミア君にも気付かれていることは知ってたわ。だけどいつも私ばかり心配かけて迷惑かけて、ヴィヴィに助けてもらってるんですもの。私が打ち明けたら、ヴィヴィはどうにかしようとしてくれるでしょう? だからこれ以上負担をかけたくなくて、言えなかったの」
「迷惑なんて思ってないわよ。私とマリルは友達でしょう? 友達のために力になりたいって思うのは当たり前だわ。負担にも思わない。でも人の心ばかりはどうにもならないから……」
「そうね……」
ヴィヴィの言葉にマリルは感極まったのか、目を潤ませた。
それでもどうにか笑ってみせる。
「最初は何とも……思っていなかったの。それどころか苦手なタイプで、ヴィヴィといなかったら話もしなかったと思うわ」
「そっか……」
「たぶん好きだと告白すればフェランド君は受け入れてくれる。だから、告白はしない。このままこの恋は終わらせるつもりなの」
「そんな!」
「お互いの幸せのためには、それがいいの。フェランド君にはたくさんの好きな人がいて、でも……」
「大勢の中の一人じゃ嫌だよね?」
「ううん、そこまで高望みするつもりはないの。フェランド君はモテるから」
「ええ!?」
さすがと言うべきか、前世の記憶のあるヴィヴィには、マリルのこの発言には驚いた。
マリルは気にしていないのか、そのまま話し続ける。
「ただ、きっとフェランド君は……うん。とにかく、これからもこの恋は内緒。ほら、相性のいい人って一人に決まってるわけじゃないでしょう? いつか新しい人が現れるって信じてるから」
「もちろん、きっと現れるわ! フェランドなんかにマリルはもったいないもの!」
「ありがとう、ヴィヴィ。でも神様は意地悪だと思うわ。魔力の相性なんてものがあるのなら、必ず一対一にしてくれればいいのに。そうすれば、この世の中はもっと単純になるもの」
「それは私も思う。だから私は、お父様とお母様のような私だけを愛してくれる人と結婚するつもり」
「……それがランデルト先輩?」
「残念ながら、まだ何とも。今は補助委員の一人ってくらいにしか認識されていないみたい。でも今度の新入生歓迎交流会の役割分担で一緒になったの。これから頑張るつもりよ」
「ヴィヴィが頑張るの?」
「そうよ。待ってるだけじゃ、運命なんて始まらないじゃない。幸い婚約者もいないし、好きな人もいないみたいだって、ジェレミア君が調べてくれたの」
「……ジェレミア君が?」
「ええ。あのお茶会の時に、力になるって言ってくれて。それで、せめて好きな人がいるかだけでも知りたいってお願いして……私、我が儘だった?」
マリルがまたぽかんと口を開けたため、ヴィヴィは慌てた。
やはりずうずうしいお願いだったのだろうかと不安になったのだ。
すると、マリルはすぐに否定する。
「う、ううん! そんなことはない。ただ……もう調べてくれたなんて……」
「そうなの。私も驚いたんだけど、偶然だって。でも、ジェレミア君のことだからきっとわざわざ訊いてくれたんだと思うわ。だから私もいつか、ジェレミア君の力になりたいんだけど、どうにも頼ってくれそうにないのよね……」
「それは……ジェレミア君の性格的に無理でしょうね。忍耐強い感じだもの」
「あ、やっぱりマリルもそう思う?」
「ええ。それで、どう頑張るつもりなの?」
これ以上ジェレミアの話をするよりも、これからヴィヴィがどうするのか、マリルは気になったらしい。
ヴィヴィはちょっと考えたが、結局は何も浮かばなかった。
「それがね、交流会のスタンプラリー担当になったんだけど、クイズは五年分くらいのを使いまわしているらしくて、当日までにやることと言えば、台紙の印刷とスタンプポイントの人員配置の時間体制を決めることくらいなの。これって簡単に終わるのよ。ちなみに人員は三回生以上の各クラス委員がするから、彼らの希望も訊かないといけないわね。それでも放課後に二回集まれば十分。そして前日の準備と当日で……思ったより全然一緒に仕事ができないの」
「学園生活で変わるのは、自分の学年と、先生くらいだものね。それで毎年ネタを考えるのって難しいのかも……。あら? そういえば今年は北棟校舎の改修工事で、特別棟を一、二回生も使うことになるのでは? もうすぐ北棟校舎は立入禁止になるのに、スタンプラリーだけするの?」
「そうよ! そうだったわ!」
改修工事のことは最初の会議で連絡事項として伝えられていたが、北棟校舎は一、二回生の特別授業にしか使われないためか簡単に終わっていた。
だがマリルの言う通り、交流会では毎年スタンプラリーだけ北棟校舎も使用するのだ。
工事は約一年間の予定で、来年にはまた一、二回生が使用するらしい。
二回生は去年一度回っているし、一回生は来年になって回ればいいので問題ないだろう。
「でも生徒会の人たちがそのことを忘れるとも思えないわね……」
「確かにそうかも。魔法祭で今年は使用できませんって、実行委員長が言っていたくらいだから……」
「ということは、もうすでに先輩たちは代案を考えているのかしら? 危うく明後日の会議で先輩たちにドヤ顔で提案するところだったわ」
「ドヤ顔?」
「あ、えっと自慢げな顔? と、とにかく代案があるのか、訊いてみることにする。明後日は普通の会議があるから」
思わず前世用語を使ってしまって訊き返され、ヴィヴィは急いで言い直した。
マリルはたまに出るヴィヴィ用語に慣れてしまったらしく、それ以上の追及はない。
それどころか、本来の真面目さからか、スタンプラリーについて真剣に考えているようだ。
「代案っていうより、ただ北棟校舎の部分を省くだけかも……」
「ああ、その可能性は大いにあるわね。ということは、特別棟を使用する案をこっそり用意しておくという手はどうかしら? そうすれば、ランデルト先輩も私のことを、しっかりした良い子だなーって、好感度上がったりとか!」
「う、うん。悪くはないと思う……かな?」
マリルは初めて見る脳内お花畑のヴィヴィに若干引きつつ、同意した。
それからはシフォンケーキを美味しく食べながらおしゃべりを楽しみ、二人だけの女子会は終了したのだった。