魔法学園13
「あら、気をつけてくださらない? 小さくて見えなかったわ」
「ご、ごめんなさい」
「――ちょっと! どうしてマリルが謝る必要があるのよ! ぶつかって来たのはそちらでしょう? そもそもマリルが見えないって、注意力が足りないんじゃない?」
「何ですって!?」
王宮のお茶会が終わり、一度屋敷に帰ってから寮へと戻ったヴィヴィは、マリルと一緒に食堂へと来ていた。
そしてヴィヴィが食器返却後に手を洗っている隙に、先に出口で待っていたマリルがジゼラたちにからまれていたのだ。
確かにマリルは小柄ではあるが、小さくて見えなかったというのは完全に因縁である。
ヴィヴィはどこの当り屋だと内心で突っ込みながら、マリルとジゼラたちの間に入ったのだった。
「ヴィ、ヴィヴィ。私は大丈夫だから……」
「マリルが大丈夫でも、私が大丈夫じゃないの! 私は友達が馬鹿にされたことにすごく傷ついたから、謝ってくださらない?」
「な、馬鹿馬鹿しい! 行きましょう!」
「え、ええ」
ジゼラたちはマリルを一人だと思っていたのか、ヴィヴィが現れると驚き、同じように因縁をつけるヴィヴィを前にして去っていく。
どうなることかと食堂の入り口付近に座っていた生徒たちはほっと胸を撫で下ろした。
たいていの女生徒は公爵令嬢であるジゼラに対して遠慮するのだが、伯爵令嬢であるヴィヴィは誰に対しても怯むことはない。
もちろん学園の大原則でもある生徒は皆平等の教えがあるので、本来はヴィヴィの態度こそ正しいのだが、やはりそう簡単に割り切れないのが人間の心理だろう。
そのため一本筋の通ったヴィヴィは女生徒の間――特に平民出身の者たちにとって憧れの存在でもあった。
もちろん嫌っている生徒もいるが、それはジェレミアとフェランドと仲がよいための嫉妬でもある。
「大丈夫、マリル?」
「ええ。ありがとう、ヴィヴィ。いつもごめんね」
「だから、マリルが謝る必要はないの。でもやっぱりフェランドと同じ委員になったことで目をつけられてしまったわね。確か、ジゼラさんの取り巻き――友人の……あの赤い髪の子、フェランドに本気らしいし」
「うん……」
「……ねえ、マリル。明日……は会議があるから、よかったら明後日の放課後、街へ出ない?」
「街へ?」
「そう。ミア情報でね、美味しいシフォンケーキのお店が新しくできたんですって。外出届や馬車の手配はミアにお願いしておくから、行きましょうよ。せっかく五回生になったんだもの」
「シフォンケーキ……行きたい」
「じゃあ、決まりね!」
学園では五回生になると外出届を提出すれば、保護者がいなくても自由に街へと出ることができる。
甘いものが大好きなマリルは、シフォンケーキにつられたようだ。
ヴィヴィは誰もいないところで、そろそろ女同士の本音をマリルと語りたかった。
明後日なら、自分のランデルトへの気持ちも確定しているだろう。
もちろん寮の部屋でもいいのだが、せっかくなのだから外出もしたい。
ヴィヴィはマリルの部屋の前で別れ、ご機嫌で自室に戻ると、さっそくミアに手配をお願いしたのだった。
翌朝――。
登校したヴィヴィは、ランデルトへの恋心をジェレミアに知られてしまったことで緊張していた。
だが、拍子抜けするくらいジェレミアはいつも通りで、フェランドも何も言ってこない。
(秘密にしてくれてるんだ……)
信用していなかったわけではないが、フェランドも詮索してこないことで、ヴィヴィは内心かなり安堵した。
とはいえ、顔を合わせて話すのはやはり恥ずかしい。
そのため、ついジェレミアのほうを向くことなくマリルとばかり話をして避けてしまったが、ジゼラがちょうどいい防波堤になってくれた。
そしていよいよ放課後になり、ヴィヴィはマリルと別れて教室を出ると、会議室に向かった。
今日は直近の仕事――新入生歓迎交流会の打ち合わせがあるのだ。
ところが、廊下に出て数歩進んだところで、背後から声をかけられた。
「ヴィヴィアナさん」
「……ジェレミア君。どうかしたの?」
「うん、ちょっといいかな?」
「少しだけなら……。この後、会議があるので」
「そんなに……時間は取らせないよ」
ジェレミアはそう言って、軽く手招きをした。
訝しがりながらもヴィヴィはジェレミアについて、廊下の隅へと移動する。
他の生徒たちがちらちらと視線を向けてくるのは、やはりジェレミアの存在が目立つからだろう。
ヴィヴィもジェレミアとよく一緒にいるのでかなり慣れたが、常にこの視線にさらされてしまうのはかなり気詰まりな気がする。
それとももう慣れてしまったのだろうか。
ジェレミアに気にした様子はなく、ただ周囲に聞こえないように声を潜めて話し始めた。
「いないそうだよ」
「え?」
「……先輩の」
「先輩の……え? ええっ? ほ、本当に!?」
ジェレミアは万が一を考えてか、唐突で曖昧な言葉だったために、ヴィヴィは最初理解できなかった。
だが、意味がわかった瞬間、ジェレミアの気遣いも無駄になるほどの声を上げてしまった。
途端に周囲の視線があからさまに二人へと向けられる。
しかし、もうヴィヴィには気にする余裕もなく、興奮のあまりジェレミアの手を握った。
「ジェレミア君、ありがとう! まさかこんなに早く調べてくれるなんて!」
「……いや、偶然なんだ」
「でも、ジェレミア君は偶然を必然にしてくれたんでしょう?」
「そんなことはないよ」
「じゃあ、そういうことにしておくわ。とにかく、本当にありがとう。どうなるかはわからないけど、精一杯頑張ってみるわ!」
「……うん。僕にできるのはこれくらいだけど……頑張って」
「ええ。今はまだ何もお礼ができないけど、私にできることなら何でも言ってね。力になるから!」
「そう、だね。いつか……お願いするかもしれない」
「もちろん任せて! じゃあ、もう行くわ。さよなら、また明日」
「ああ、また明日」
ヴィヴィはジェレミアから手を離し、腕に提げていた鞄を左手に持ち直すと、大きく手を振ってから駆けていった。
ジェレミアはいつもの笑顔を浮かべてその背を見送る。
だが、ヴィヴィが見えなくなると真顔に戻り、しばらくその場に立ち尽くしていたのだった。