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魔法学園140

 

「ヴィヴィアナさん、僕は――」

「い、いいの! ジェレミア君は王太子様だし、初めからわかってたことだし、むしろなぜ告白したって感じなんだけど」

「いや、そうじゃなくて――」

「ジェレミア君の気持ちも知ることができてよかったわ。本当に自分勝手でごめんなさい。自己満足のために告白したんだから、怒っていいわよ」

「ヴィヴィアナさん」


 ほんのわずかな沈黙を破って、ジェレミアは何か言いかけたが、ヴィヴィは再びまくし立てて話を聞こうとしなかった。

 もう一度好きだと言われたら、受け入れてしまうかもしれない。

 自分の弱さをよく知っているヴィヴィはそれが怖かった。

 そして、ゆっくり後ずさる。

 ドアまであと少しなのだ。


「ありがとう、ジェレミア君。お仕事の邪魔してごめんね。じゃあ――」

「いいから聞けよ!」

「はい!」


 あのドアを開ければ、マリルがいるはず。

 そう思って、どうにか笑顔を浮かべたヴィヴィの言葉を、ジェレミアは厳しい声で鋭く遮った。

 反射的に、ヴィヴィはお行儀よく返事をして口を閉ざす。

 そんなヴィヴィとの距離を一気に詰めたジェレミアは、再び手を握って強引にソファへと引っ張っていった。

 そのままヴィヴィの両肩を押さえて座らせる。


「あ、あの……ジェレミア君?」

「うん、何?」

「は、話はちゃんと聞くわ。確かに一方的すぎたと思うし……。でも、その、近すぎない?」

「だけど離れたら、ヴィヴィアナさんはいつ逃げ出すかわからないよね?」

「そ、そんなことは……」


 ヴィヴィはソファにおとなしく座ったものの、まさかジェレミアがすぐ隣に座るとは思っていなかった。

 それだけでなく、ヴィヴィの膝の上で重ねた両手に、ジェレミアの大きな手が重ねられているのだ。


「ごめんね。ヴィヴィアナさんの気持ちを知った以上、僕はもう絶対に逃がすつもりはないんだ」

「そ、それは無理よ。先ほども言ったけど、私は――」

「うん、わかってる。だから、僕と結婚してくれないか?」

「……私はジゼラさんとは……他の誰とも一緒には無理なの。どうしてわかってくれないの?」

「そのことについては、誤解させてしまって本当にごめん。だけど、僕はヴィヴィアナさん以外とは結婚しないよ」


 はっきり言い切ったジェレミアの言葉に、ヴィヴィはぽかんと口を開けた。

 だがすぐに我に返ると、ジェレミアを睨みつける。


「ジゼラさんはどうするつもりなの?」

「どうもしないよ。まだ何も申し込んでいないから」

「でも、近々結婚する予定だって言ったわ」

「うん、そのつもりだからね。だけど相手が誰とは言っていないよ?」

「……騙したの?」

「ちょっと違う。騙したんじゃなくて、賭けたんだよ」


 ジェレミアの言葉がまるで理解できないのは、ヴィヴィの頭がきっとどうかしてしまったからに違いない。

 告白したことと、同じように好きだと言われて浮かれているのだろう。

 そう思ったヴィヴィは途端に警戒した。

 このままでは上手く言いくるめられてしまうのではと、前世のトラウマがよみがえってきたのだ。

 ヴィヴィはじっとジェレミアを見つめ、嘘はないかとその表情を探った。

 しかし、ジェレミアはヴィヴィの視線を真っ直ぐに受け止める。


「僕はずっとヴィヴィアナさんが好きだった。最初は傲慢にも、いつかヴィヴィアナさんも僕のことを好きになってくれると思っていたんだ」

「ずっと……?」

「一回生の頃――入学式の日に初めて話した時からずっとだよ」


 予想外の告白に、ヴィヴィは驚いた。

 十年以上も――少なくとも八年間一緒に過ごしてまったく気付かなかった自分は、どれだけ鈍感なんだと突っ込みたい。

 それともジェレミアが隠すのが上手すぎたのだろうか。

 確かに、思わせぶりな言葉や態度はあったが、絶対にからかわれているのだと思っていたのだ。


「そんなこと……思ってもいなくて……」

「言っただろう? 僕は捻くれているって。だから何度も何度も諦めようとしてもダメだった。ヴィヴィアナさんがランデルト先輩のことを好きになった時だって、ショックではあったけど、これでようやく諦められると思ったんだ。それなのに、ちっとも諦めさせてくれない。酷いよね、ヴィヴィアナさんは」

「え、っと……」

「気にしないで、今のは冗談だから。ただ……もう諦めることも諦めた頃になって、ヴィヴィアナさんとランデルト先輩が別れてしまったのは、さすがにきつかったな。ヴィヴィアナさんには完全に友達としか思われていないのに、また期待してしまいそうで……」


 困ったように笑うジェレミアに、ヴィヴィは何を言えばいいのかわからなかった。

 ランデルトのことではたくさんのろけたり、当たり散らしたりしたのだ。

 仕方なかったとはいえ、今は自分の鈍感さに腹が立つ。


「ジェレミア君、私……」

「いいよ、何も言わなくて。これは僕の勝手な想いだったんだから。それに告白しないと決めたのも僕だ。今までの関係を壊すのが怖くてね。そして学園を卒業してからは、お互いの立場もすっかり変わってしまった。最近では行き詰まり感がどうしようもなくなっていたんだけど、ヴィヴィアナさんはまたすごい発明をしただろう? あの時の堂々とした姿を目にして、もうダメだと思った。ヴィヴィアナさんがとても遠く感じてね」

「それは……私も同じよ。王太子として大勢の人に囲まれているジェレミア君を見るとすごく遠く感じて、ジェレミア君の評判がどんどん上がっていくと誇らしくも寂しく感じていたわ」


 まさかジェレミアが同じように感じていたなど思いもしなかった。

 自分だけではなかったとの安心から、ヴィヴィがずっと感じていた気持ちを伝えると、ジェレミアは驚いたようだったが、すぐに嬉しそうに微笑んだ。


「賭けに出てよかったよ」

「その賭けって何なの?」

「ヴィヴィアナさんを完全に諦めるための賭けだよ。だけど本当はこんなことをするべきじゃなかった。だから、さっきは謝ったんだ。誤解をさせて、嫌な思いをさせてしまったから」

「ひょっとして……ジゼラさんに結婚を申し込むのは噓だったの?」

「いや、本気だったよ。以前から……ブルネッティ公爵家からは縁談の申し込みがあったんだ。これは愛とか相性さえも関係なく、家同士の軋轢をなくすためだとね。だけど、ジュストが卒業してしばらくしたら僕は臣籍に下りるつもりだったから、結婚するつもりはなかった。その考えが変わったのは、ヴィヴィアナさんが夢を――みんなのためになる発明をしたいって夢を叶えていたからなんだ。僕もこの国を自分の手でもっとよくしたいと思った。それで、ジゼラさんが全てをわかった上で了承してくれるなら、強力な後見を得るために申し込もうと考えたんだ」

「じゃあ、ジゼラさんは愛のない結婚は拒否したのね?」


 申し込んでいないということは、それ以前に了承を得られなかったのだ。

 さすがにジゼラも愛のない結婚は嫌なのだろうと思ったヴィヴィだったが、ジェレミアは首を横に振った。


「ジゼラさんとはまだ話もしていないよ。実はあの時――祖父と話をしている時、隣の部屋でジョアンナが盗み聞きをしているのに気付いたんだ。いつもの如く、この話はすぐにヴィヴィアナさんに伝わると思った。だからジョアンナが去った時点で、祖父にはもう少しだけ待ってほしいと頼み、賭けをしたんだ。このままヴィヴィアナさんに何の変化もなければ、結婚の話を進めようと。もし何か……少しでも反応があれば、最後に告白しようって」

「最後に……」


 最後という言葉はヴィヴィの胸をついた。

 もしあのまま嘘で塗り固めて、平気なふりをして日々を過ごしていたら、ヴィヴィにはもうチャンスはなかったのだ。


「でも、私のしたことといえば、子供のように部屋に閉じこもっただけよ。マリルに無理やり背中を押されなかったら、また私は逃げていたと思うわ」


 ヴィヴィが情けない自分の行動を告白すると、ジェレミアは懐かしくも意地悪な、あの笑みを浮かべた。


「それは無理だったと思うよ」

「無理?」

「そうだよ。なぜなら、ジョアンナが会いに行った次の日から、ヴィヴィアナさんは研究室に来なくなってしまった。フェランドからの情報では、社交の場にも出ていないという。それで希望を持った僕は、本当なら今日、こっそり伯爵邸を訪問する予定だったんだ。そして少しでも望みがあるとわかったら、絶対に逃がさないつもりだった。まあ、マリルさんに先を越されてしまったけれどね」

「……絶対に?」

「さっきも言ったよね?」


 ジェレミアの言葉にどこか不穏な気配を感じて、ヴィヴィは確かめるように繰り返した。

 すると、ジェレミアの意地悪な笑みはさらに深まる。

 その笑顔を見たヴィヴィは、なぜかジェレミアに囚われてしまったような気がした。




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