魔法学園136
初夏へと季節が移った頃。
ヴィヴィは父の後押しを得て、レンツォに協力してもらいながら、国王の前で冷凍庫の説明をすることになった。
その場には筆頭魔法使いや筆頭治癒師などの王宮の重鎮たちが数人、そしてジェレミア王太子も同席している。
ヴィヴィは緊張しながらもひと通りの説明を終えると、レンツォにその場で用意していた新鮮な肉と魚を氷結してもらい、冷凍庫へと入れた。
「先ほどご説明申し上げた結果を、また十日後にご覧になっていただきたいと思います。それまではどうかこの冷凍庫を、この場のどなたかが保管してくださいませんでしょうか?」
ヴィヴィは布を被せて隠した冷凍庫を抱え上げて問いかけた。
もちろんこの場にいる人たちに秘密保持のお願いをする必要はない。
ただヴィヴィが手を加えたと思われないように、別の誰かに保管していてほしかったのだ。
すると、手を上げたのはジェレミアだった。
「では、私が厳重に保管していよう」
「――ありがとうございます、殿下」
酷く他人行儀でお互い笑顔を交わすこともなく、事務的なやり取りをして、ヴィヴィはジェレミアへと冷凍庫を渡した。
少しくらいは笑ってくれるかと思っていたヴィヴィは、失望している自分に気付いて驚く。
しかも胸まで痛むのだ。
「それでは、十日後の同じ時刻に、また皆でここに集まろう」
「かしこまりました」
ヴィヴィがジェレミアへと冷凍庫を渡し終え離れると、国王の重々しい声が聞こえた。
その言葉に皆が頭を下げて了承の意を伝え、解散となる。
「ヴィヴィ、よく頑張ったな」
「お父様……」
「次は十日後だ。その時には陛下もあっと驚かれることになるぞ。もちろん皆もな」
誇らしげに言う父にヴィヴィは微笑んで応えた。
父には先に実験結果を見せ、氷結していた肉や魚、野菜も食べてもらっている。
樹脂の発見については未だに世界中で讃えられているのだが、レンツォが言うには今度の発明もそれに近いものがあるはずだと言っていた。
その意見には父も同意しており、またヴィヴィの周囲は騒がしくなるだろうと複雑な心境のようだった。
そして十日後。
ヴィヴィの冷凍庫は見事にその実力を発揮し、国王をはじめとしたその場の皆を驚かせた。
また新たな発明に国王からヴィヴィは褒美の言葉を賜り、ジェレミアからも同様に賞賛の言葉をかけられる。
それなのに、ヴィヴィの胸はしくしくと痛みが酷くなるだけだった。
自分でも薄々気付いている。
だが敢えて気付かないふりをしていたのだ。
ここ一年、以前はあれだけ心を占めていたランデルトのことが、いつのまにか思い出として仕舞われていることに。
その気持ちに代わるように、ヴィヴィの心の中で広がっているのは、ジェレミアに会えない寂しさ。
(ジェレミア君はとても仲がよかった友達だから……。それなのに一番に距離ができしまって寂しいだけ……)
ヴィヴィはそう自分に言い訳をして、日々をやり過ごしていた。
冷凍庫の発明は樹脂のように時期を待つ必要はなく、職人によって大量生産され、各国へ輸出されている。
〝ウルの木〟がインタルア王国の固有種であることから、ヴィヴィの発見・発明は、王国に莫大な富をもたらしていた。
そして今、ヴィヴィアナ・バンフィールドの名は世界中に知れ渡り、今まで以上に格式高い各国の王家からも招待状が届くようになっているのだ。
それなのに、ヴィヴィの心は晴れない。
冷凍庫発明の発表からふた月が過ぎ、もう季節は秋へと移り変わろうとしているのに、ヴィヴィは新しい研究にとりかかることができなかった。
先日、二十一歳になったヴィヴィは、改めて自分の人生について考えてしまうのだ。
母はヴィヴィの年齢の時にはもう長兄であるヴィエリを生んでいた。
そのヴィエリもすでに結婚し、義姉がひと月前に二人目の男子を出産したので、母は手伝いのために領地へ帰っている。
もう少し落ち着いたら、ヴィヴィも可愛い甥っ子たちに会いに領地へ初めて帰るつもりだった。
(虚しいな……)
手に職もあり、名誉まである立場なのに、最近はなぜか本当に今のままでいいのかと、心の中で声がする。
前世で浮気癖の酷い彼氏と付き合っていた時の苦しみはまだ覚えていて、何よりそれを許してしまっていた弱い自分が嫌いだった。
だから、一夫多妻制のこの世界では、唯一の妻になれないくらいなら、一生独身でいいと思っていたのだ。
その気持ちは変わっていないはずなのに、こんなに虚しく寂しく感じるのは、昨日マリルと会って教えてもらった秘密のせいかもしれない。
マリルが妊娠したのだ。
だがまだ安定していないので、フェランドと一部の者を除いて秘密にしているらしい。
ヴィヴィはその話を聞いた時、心から喜んだ。
もちろん今だって素直に嬉しい。
ただ、妬ましいとまでは思わなくても、羨ましいという気持ちがあるのは否定できないのだ。
妊娠・出産・子育ては、さすがに前世のヴィヴィでも経験がない。
子供を産むことこそが女性の絶対の幸せだとは、前世でも今でも思わないのに、何かが胸をちくちくと刺す。
窓の外を眺めながら深いため息を吐いた時、ヴィヴィの耳にも聞き慣れた足音が聞こえてきた。
この訪問者はいつも賑やかだ。
そして予想通り、ドアを開けて入ってきた瞬間から騒ぎは始まった。
「ヴィヴィアナ先輩、大変なんです!」
「こんにちは、ジョアンナさん。今日はどうしたの?」
ジョアンナに関しては、すぐに通していいと護衛に伝えているので、ノックさえほとんど意味を成さない。
侍女たちもすっかり慣れている様子で、さっとお茶の準備に取りかかる。
ヴィヴィは興奮した様子のジョアンナを落ち着かせるように、ゆっくり言葉を返しながらソファへと勧めた。
その一連の動きにジョアンナさえ慣れてしまっていて、無意識に定位置に座る。
ヴィヴィは先ほどまでの鬱々とした気持ちが軽くなってくるようで、ジョアンナに感謝しながら今回はどんな大事件なのかと返答を待った。
しかし、いつもと違ってジョアンナの顔色は悪いままだ。
「ジョアンナさん、大丈夫?」
「……大丈夫なんかじゃありません」
今までにないジョアンナに心配し、驚いたヴィヴィだったが、続けられた言葉はさらに衝撃的だった。
「ジェレミアお兄様のお妃様が、ついに決まったんです!」