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魔法学園132

 

「久しぶりだね、ヴィヴィアナさん」

「お久しぶりでございます、王太子殿下」

「やめてくれ、ヴィヴィアナさん。今まで通りで頼むよ。せめて今日くらいはね。一年ぶりなんだから」


 ジェレミアに声をかけられたヴィヴィは、正式な淑女の礼を取って挨拶をした。

 すると、懐かしい苦笑交じりの言葉が返ってくる。

 ヴィヴィも腰を上げると、悪戯っぽく微笑んだ。


「私は王宮で何度かお見かけしていたから、久しぶりとまでは思わないわ」

「なら、声をかけてくれればよかったのに」

「距離がずいぶんあったのに、大声で? もしそうしていれば、ジェレミア君が目にしたのは、警備兵に拘束された私の姿ね」

「残念。それは見たかったっ――!」


 ヴィヴィはいつも以上にドレープの入ったスカートで隠した足で、ジェレミアの足を踏んだ。

 それからとびっきりの笑顔を浮かべて促す。


「さあ、そろそろ席に着かないと」

「……今まで通りって言ったけど、昔より過激になっていないかな?」

「怒ってもいいって言ったじゃない。忘れたの?」

「まさか、怒り方が変わるとは思わなかったからね」

「人は変わるものよ」

「……そうだね」


 周囲からの注目を浴びていたのはわかっていたが、ヴィヴィもジェレミアも気にせず、参列席に並んで座った。


「それで、何か変わったことはあった?」

「その質問は研究に対して? それとも私の近況?」

「どちらでも。僕のことは省くよ。ジョアンナからしっかり聞いているみたいだからね」


 質問に質問で返したヴィヴィに、ジェレミアは笑顔で答えた。

 ヴィヴィも笑いながら、何か面白いことをと考え、思いつく。


「研究は相変わらず行き詰まっているけれど、私生活では……レンツォ様にプロポーズされたわ」

「え!?」


 せっかく声を潜めたのに、ジェレミアの驚きの声でまた注目を集めてしまった。

 ヴィヴィは責めるように軽く睨んだが、驚いたままのジェレミアの表情を見て小さく笑った。

 どうやら、ヴィヴィが思いついた悪戯は成功したらしい。


「レンツォ様と私の噂は知っているでしょう?」

「あ、うん……」

「それでレンツォ様は面倒だから結婚しようかって」

「え? それだけ?」

「そう、それだけ。だから、面倒だからって結婚することにしても、もっと面倒なことになりますよって答えたら、じゃあ、やめとこうかって。失礼よね?」

「でも、レンツォ殿らしい」

「本当にね」


 ヴィヴィの話に、ジェレミアは納得したようだった。

 わざと拗ねてヴィヴィが答えると、ジェレミアはくすくす笑い、それから周囲を見回した。


「今日はヴァレリオ殿のエスコート?」

「ええ、そうなの。でも、お兄様は久しぶりにお会いしたご友人とお話を始めてしまって、邪魔にならないように私は先に入ってきたの」

「そうなんだ。だけど、ちょっと遅いね?」

「さすがにもう入ってくるはずよ。……ジェレミア君は、お一人?」

「ご覧の通りね。ジョアンナも出席したがったんだけど、学園は試験期間だからね」

「そういえば、そんな時期ね。女の子は誰でも結婚式に憧れるものだし、ジョアンナさんにとっては残念だったわね」

「ヴィヴィアナさんは……憧れないの?」

「それはもちろん憧れはあるわ。でも今は、研究に夢中なの」

「……頼もしい言葉ではあるけど、無理はしないようにね」

「ありがとう」


 ジェレミアの相手について触れていいものかためらいつつ訊いたが、ジェレミアはあっさり答えてくれた。

 だが、それ以上はヴィヴィも踏み込めず、ありきたりな話題になる。


 王宮でジェレミアを見かけた時は、とてもではないが声をかけられる雰囲気ではなかった。

 冗談で誤魔化した物理的な距離は関係なく、二人の間に大きな距離ができたようで寂しく感じたものだ。


 しかし今、こうして話していれば、あの距離は錯覚だったのではないかと思える。

 学生時代と変わらない気安い距離。ほっとできる関係。

 今日が終われば、また二人の間には大きな距離が生まれ、こうして会話を楽しむこともできない。


 そこまで考えて、ヴィヴィは何かが胸につかえた。

 ジェレミアは友達だ。

 しかもフェランドが秘書官になったのならば、ヴィヴィの身分からも面会を申し込めば会うことはできる。


 だがそれは、周囲に誤解を与えることになり、バンフィールド伯爵家やカンパニーレ公爵家を巻き込むことになるだろう。

 だから、ジェレミアとは距離を置かなければならない。

 この胸に感じるものは、昔を――学生時代を懐かしむ気持ちから生まれたものだ。

 そう結論付けた時、ヴィヴィの隣にヴァレリオがそっと滑り込んで座った。


「ごめん、遅くなって。彼は式が終わったら祝宴には出席せず帰ると言うからつい……。ジェレミア殿下、失礼いたしました」

「いや、かまわないよ」


 遅くなったことを謝罪していたヴァレリオは、ジェレミアの存在に気付いて、さらに無礼を謝罪した。

 もちろんジェレミアは気にした様子もなく軽く手を振って許す。

 その時、厳かな曲が流れ始め、フェランドとマリルが入場してきた。

 そこからヴィヴィは式の間中ずっと感動してばかりいた。


 そして気がつけば、ジェレミアからハンカチを差し出されている。

 ヴィヴィのハンカチはすでに濡れて使い物にならず、ありがたく借りることにした。


「ありがとう、ジェレミア君」

「慣れているからね」


 小声でお礼を言うと、笑い交じりに返された。

 確かに、ジェレミアの前では泣いてばかりだと、ハンカチを受け取りながら思い出す。

 ヴァレリオは二人のやり取りをちらりと見ただけで、何も言わなかった。


 やがて式が終わると、ジェレミアとヴィヴィの周囲にはそれぞれ人だかりができ、自然と離れてしまっていた。

 誰も彼もがヴィヴィとヴァレリオに近づこうとする人たちばかりで、ヴィヴィはかろうじてマリルとフェランドにお祝いを言うことができたくらいだ。

 アルタやリンダ、ソニアとも満足に話すこともできず、新郎新婦のダンスを見届けると、ヴィヴィは早々に帰ることにした。

 どうやらジェレミアも同様らしい。

 結婚式の祝宴は新たな出会いの場でもあるが、皆があまりにもあからさまで、新郎新婦に迷惑をかけてしまうとの判断だった。


「お兄様、今日はお付き合いくださり、ありがとうございました」

「お礼を言われるようなことじゃないよ、ヴィヴィ。とてもいいお式だったね」

「はい。どの結婚式も素敵でしたけど、今日は特に素晴らしかったと思います。って、やっぱりマリルとフェランドの結婚式だったからですかね?」

「そうかもね」


 馬車に乗り込んでほっと息を吐いたヴィヴィがお礼を言うと、ヴァレリオは何でもないとばかりに答えた。

 そこから式の話になり、今まで何度か出席した結婚式を思い浮かべてヴィヴィは微笑んだ。

 すると、ヴァレリオは頷きながらもじっとヴィヴィを見つめた。


「ヴィヴィは……学園で泣くようなことが、何度もあったのかい?」

「え? まさか、ありませんよ」

「そうか……。それなら安心したよ。ヴィヴィは小さい頃からめったに泣かなかったからね。学園でそんなにつらいことがあったのかと心配してしまった」


 なぜいきなりヴァレリオがそんな心配をしたのか不思議に思ったヴィヴィだったが、続いた言葉にどきりとした。


「式の時、ジェレミア殿下がおっしゃっていただろう? ハンカチを貸してくださりながら『慣れている』って」

「あ、あれは……学生時代の殿下は意地悪で……。いえ、違うわね。殿下はわざと私を怒らせて、感情を発散させてくれていたんだと思うわ。ランデルト先輩のことで、色々あった時に」

「……優しい方だね」

「ええ、とても……素晴らしい友達よ。今もこれからも」

「うん。友達は大切にするべきだね」

「もちろんよ」


 あの頃のヴィヴィは自分勝手でジェレミアの思いやりにまったく気付いていなかった。

 今さらそのことに気付いて、ヴィヴィは恥ずかしくなると同時に、胸が痛んだ。

 ヴァレリオに笑顔で答えながらも、また遠く離れてしまったジェレミアを思い、ヴィヴィは寂しさを感じていた。




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