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魔法学園131

 

 マリルたちの婚約披露パーティーの翌日から、ヴィヴィはまた研究に取り組んだ。

 母は熱を入れすぎるヴィヴィを心配していたが、今は何かが掴めそうでもどかしくも楽しかったのだ。

 実は当初のヴィヴィは、ランデルトのことや、世間の煩わしさを忘れるために、研究に没頭しているふりをしていた。

 そのせいで家族やミアに心配をかけていたこともわかっている。


 ただ最近は家に帰っても、あれこれと研究内容を楽しそうに話すヴィヴィを見て、父やヴァレリオ、ミアは安心してくれていた。

 要するに、母の心配は『女の子なのに』というところが大きい。

 幸せな結婚をしている母は、早くランデルトのことは忘れて、ヴィヴィに新しい恋をしてほしいのだ。


(まあ、お母様の気持ちもわからないでもないけど……)


 父や兄は学園入学前から、一生嫁になどいかなくていいと言っており、どうやら本気発言だったと最近思う。

 母も自分たちの世間体を気にしているというよりは、ヴィヴィのために気にしているらしい。

 最近落ち着いた噂によると、ヴィヴィは研究に夢中になるあまり、怪我をした婚約者――ランデルトを蔑ろにしたために振られた、ということになっていた。


 振られたのは事実なのでその点についてはどうでもいいが、ランデルトはそんな狭量な人ではないと、ヴィヴィは抗議したい気持ちを抑えている。

 また、こんな理由が広く受け入れられるところに、男性優位社会だなとヴィヴィは思わずにはいられなかった。

 研究についても、先輩の研究者からのヴィヴィへ風当たりは強い。

 ヴィヴィがバンフィールド家の娘であるからこそ、直接的な嫌がらせはないが、ちょっとした助言を求めようとしてもはぐらかされてしまう。

 結局はレンツォに頼るしかないのだが、これがまた変な憶測を呼ぶのだから困っていた。


 そのことで一度、レンツォに謝罪したこともある。

 ところが、レンツォはそんな噂さえ知らず、しかも笑い飛ばしたどころか、それならもう結婚してしまえばいいんじゃないかとまで言い出した。

 驚くヴィヴィに、そうすればお互い家からも周囲の噂からも解放されて、思う存分研究に没頭できると。

 もちろん恋愛感情はない。

 この人は本当に研究以外に興味がないんだなと、苦笑いしたものだ。


(あ、ダメだ私。余計なことを考えて現実逃避しだしている……。うん、休憩しよう)


 ヴィヴィは椅子から立ち上がり、ゆっくりと窓辺へと近づいて庭を見下ろした。

 季節は秋。

 ヴィヴィがお願いして研究棟の庭の片隅に造ってもらった薬草園の中にも、秋咲きの花がちらちらと揺れている。

 学園を卒業してからもう一年と半年経ったのだ。


 ランデルトのことはヴァレリオから話をたまに聞く。

 どうやら変な噂としてヴィヴィの耳に入らないようにと、ヴァレリオは気を使っているらしい。

 さらにはその時のヴィヴィの反応を窺っているのだから、心配性というべきかお節介というべきか、とにかく愛する兄である。


 ランデルトの足は驚異的な回復をみせ、今は軽く走れるようにはなったらしく、まだ魔法騎士に叙任されてから三年も経っていないというのに、一つの班を任されているそうだ。

 もちろん実力的にも階級的にも問題はないので、上手くいっているらしい。


 それなのにヴィヴィの研究はやはり壁に当たったまま、前に進まない。

 ジェレミアは王太子としての力量もカリスマ性も申し分なく、最近は他国からも数多くの縁談が持ち込まれているようだ。

 正確には、王女や名のある令嬢――カンパニーレ公の伝手ではない女性たちからのインタルア王国訪問の許可を求められていた。

 これには外交官である兄が頭を悩ませている。


 無下に断るわけにはいかないので受け入れると、たいていの女性はジェレミアに惹かれるらしい。

 それなのに相性の問題でジェレミアの心が動くこともなく、こちらから断ることになるので返答は困難を極めるそうだ。

 もういっそのこと全て断ってしまいたいが、カンパニーレ公をはじめとしたジェレミア派がうるさく、受け入れることになってしまう。

 たった一年で何度もこの状況に陥ってしまっているので、この先どうなるのかと、外交官たちでさえも早くジェレミアに相手がみつからないかと祈っているとか。


(もうすぐ冬がくるわね……)


 去年の冬は、ヴィヴィの実験は失敗に終わった。

 寒冷地の薬草をどうにか保存しようと、取り寄せてあれこれと試してみたが上手くいかず、夏前には全て枯れてしまったのだ。

 今年は実際に寒冷地に行って実験をしたいのだが、これは家族からかなり反対されていて実行できそうにない。


 この夏はレンツォに協力してもらい、王宮近くに深い穴を掘り、氷室を作ってさらに奥に凍土を再現してみたが、この場合は数日に一度は氷結魔法を施さなければならなかった。

 そして残念ながら、氷結魔法を扱える魔法使いは限られている。

 たとえこの方法で〝トニロ草〟を各地で夏場に栽培できても、心臓発作が起きた時にすぐに処置しなければならないのに、薬師の手元になければ意味がない。


(各家庭とまではいかなくても、せめて薬師の元に冷凍庫があれば便利なんだけどね……)


 前世でも昔は氷を大きな箱に入れて冷蔵庫っぽいものにしていた映像を見たことはあるが、冷凍となると難しい。

 王宮では氷結魔法を扱える魔法使いが何人もいるので、王族や貴族たちは夏でも冷たいものが食べられるうえに、室内温度でさえも、風魔法も使ってある程度は調節しているようだ。

 当然、各地には氷室もあって、夏は氷売りも存在するらしい。


(私自身が恵まれた環境で育ってきたから実感がなかったけど、魔法があってもこの世界はまだまだ不便なのよね……)


 そういうわけで、ヴィヴィは薬草の研究から外れてしまっているが、今は冷凍庫を作れないかと研究を始めていた。

 残念ながら前世での知識では、冷凍庫――冷蔵庫の存在はわかっていても、構造まではわからない。

 さらには電気もないのだから、何か魔法やこの世界にあるもので代用しなければならないのだが、これが当然の如く難しかった。


(まあ、人間は想像することは、まず実現できるっていうし、いつか叶うはずよね)


 窓の外を眺め、気分転換ができたおかげか、ヴィヴィはちょっとだけ前向きになれた。

 この世界は不思議なことばかりで、まだまだヴィヴィの知らないことは多い。

 時間はかかるかもしれないが、きっと見つかるはずだ。

 そう思うことができたヴィヴィは、再び机に向かった。

 秋の豊穣祭が終わって、本格的な冬がくる前に、いよいよマリルとフェランドの結婚式が行われる。


 ここまで延びたのは、マリルの母が結婚式こそはと気合を入れすぎたせい――ということになっているが、マリルのマリッジブルーも関係もあった。

 しかし、フェランドは他の女性に心を移すことなく、辛抱強くマリルに寄り添っていたため、誰もが驚いたものだ。

 ヴィヴィも正直に言えば驚いてもいたが、当然かなり嬉しかった。

 もちろん、この先のことはわからない。

 だがマリルの幸せに、ヴィヴィも同じように幸せを感じていたのだった。




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