魔法学園130
マリルとフェランドの婚約披露パーティーは、両家ともに名門であることを考えれば、かなり小規模なものだった。
どうやら二人とも盛大なものは望んでいなかったらしく、両親を懸命に説得した結果らしい。
「おめでとう、マリル。今日は一段と綺麗よ」
「ありがとう、ヴィヴィ。ヴィヴィだってとっても綺麗だわ。それに、元気そうになってよかった」
「その節は、大変ご心配をおかけいたしました。お陰さまで今はすっかりふっきれて、研究一筋でございます」
わざとらしい口調でヴィヴィが頭を下げると、マリルが楽しそうに笑った。
すると、隣にいたフェランドが不満げに口を挟む。
「あのさ、ヴィヴィ。さっきから俺もいるんだけど」
「知っているわよ。でも今さらおめでとうもいらないかと。昨日も言ったでしょう?」
「何度でも言えよ。めでたいことなんだから」
「じゃあ、おめでとう」
「気持ちがこもってねえ」
ヴィヴィとフェランドの変わらないやり取りに、またマリルが笑う。
そこにジェレミアがやって来た。
「マリルさん、ご婚約おめでとう。でも、本当にフェランドでいいの?」
「おい、ジェレミア。お前もかよ」
懐かしい二人のやり取りに、今度はヴィヴィも笑った。
ごく親しい人だけのパーティーだからこそ形式張らず、学生時代のように話ができるのだ。
ヴィヴィも最近は研究に熱を入れすぎていたが、そのことも忘れてリラックスできている。
こんな素敵な時間を過ごすことができて、ヴィヴィはマリルとフェランドに感謝した。
そして久しぶりに会うジェレミアに向き直る。
「ジェレミア君、お久しぶりね。それからおめでとう」
「本当に久しぶりだね、ヴィヴィアナさん。ジョアンナがよくお邪魔しているようで、すまないね。それから、ありがとう」
たった半年なのに、ジェレミアはずいぶん大人びて見えた。
やはり責任ある仕事を本格的に任されるようになってきているからかもしれない。
しかも、ジェレミアはついに王太子の座に就くことが決まったのだ。
そのことを昨日、フェランドはわざわざヴィヴィに教えにきたのだった。
フェランドはジェレミアの秘書官として働くようになるらしい。
正式には明日の発表になるので、ヴィヴィは何についての祝いかは言わなかったが、ジェレミアにはしっかり伝わったようだ。
もちろんフェランドには、いくら旧友でもそんな重大なことをヴィヴィに教えてはダメだと説教したが、まったく悪いとは思っていないようだった。
ただジェレミアも、ヴィヴィが知っていることを気にした様子はない。
「ジェレミア君、あなたの新しい秘書官は情報の扱いに問題があるわよ。気をつけたほうがいいんじゃない?」
「心配してくれてありがとう、ヴィヴィアナさん。だけど大丈夫だよ。フェランドは情報の選別と同時に人を見る目も確かだから」
「まあ、それは否定しないわ。マリルに求婚したんだから」
ヴィヴィの忠告にジェレミアが答えると、フェランドがドヤ顔になる。
本当にまだたったの半年なのに、学生時代が遠い昔のようで、ヴィヴィの胸はほんわり温かくなっていた。
そしてこの半年、自分が孤独を感じていたことに気付く。
(そういえば、社会人になった時もこんな気分だったな……)
その寂しさを紛らわすように、彼氏という存在にすがってしまっていた気がする。
だが、今世ではそんな過ちは犯さない。
距離はできてしまったけれど、みんな変わらずヴィヴィの友人でいてくれるのだ。
「マリル、フェランドさん、ご婚約おめでとうございます!」
「アルタ、リンダ、ありがとう」
「ありがとう、アルタさん、リンダさん」
続々とお祝いにやってくるマリルやフェランドの友人は、ヴィヴィの友人でもあり、久しぶりの再会を喜んだ。
ソニアはどうしても用事でくることができなかったらしいが、結婚式には必ず駆けつけるとリンダに手紙を託していたようだった。
「研究は進んでる?」
「もちろんよ。――と言いたいところだけれど、壁に当たっているわ。ちょっと焦ったりもしたけど、レンツォ様のアドバイスでどうにかやっていられる感じね」
「焦る必要なんてないよ。どんな研究だって簡単にいかないことは、みんな知っているからね」
「……ええ、ありがとう。ジェレミア君はいつも私に必要な言葉をくれるわね。まるで魔法使いみたい」
「魔法使いでもあるけどね」
「そうだったわね」
前世はただの知識。
そう思おうとしているのに、つい前世の癖が――言葉が出てきてしまう。
誤魔化しの笑みを浮かべたとろで別の同級生がジェレミアに話しかけ、ヴィヴィは挨拶をしてその場から離れた。
それからはアルタやリンダと会話を楽しみ、何人かとダンスをして久しぶりに社交を楽しんだ。
もちろん樹脂の発見についてはお祝いを言われたり、詳しく訊かれたりもしたが、素直に受け取って話せる範囲で質問に答えたりもしていた。
「――ヴィヴィ、そろそろ帰ろうか?」
「ええ、お兄様」
エスコート役だったヴァレリオはヴィヴィの楽しみを邪魔しないようにと、別室でカードをして待っていてくれた。
だが頃合いを見て迎えにきてくれたのだ。
ヴィヴィも疲れを感じてきていたのでヴァレリオに頷き、マリルとフェランドに挨拶をして会場を後にした。
途中、すれ違う友人にも挨拶をしてバレッツ侯爵邸を出る。
「ジェレミア殿下とは、挨拶しなくてよかったのかい?」
「……あの方は、他の方とお話されていたし、その前に十分話したから」
馬車に乗り込んでからヴァレリオに問いかけられてヴィヴィは答えたが、会場を出たことで、もう昔のような呼び方はしなかった。
ヴァレリオは少し沈黙し、重々しく頷く。
「そうだね。これからは特に、あの方とは距離を置かないといけないからね。もう聞いたんだろう?」
「ええ。王太子の位に就かれるそうね。ジェレミア殿下が将来この国を統べられるのだと思うと、とても……明るい気持ちになれるわ」
「うん。陛下はとても賢明な判断をされたよ。ただ今まで以上に……お妃をという声は高まるだろうな。こればっかりは、お気の毒だが仕方ないね」
ため息交じりのヴァレリオの言葉を、ヴィヴィは返事をすることなく聞いていた。