魔法学園128
「先輩がいらしてくださったら、お兄様も喜びます!」
「……それは光栄だけれど、残念ながら出席はできないわ」
「どうしてですか!?」
「私もジェレミア君も学園を卒業してしまったからよ。今はもう、第一王子のジェレミア殿下とバンフィールド伯爵家のヴィヴィアナという立場なの。そんな私たちがジョアンナさん主催のお茶会とはいえ、一緒にいれば様々な憶測を呼ぶわ。そうなると、多くの人に迷惑をかけてしまうの」
「そんなの……おかしいです。お二人はただのお友達なのに……」
「本当にね。普段ならそこまで過敏にならなくてもいいのでしょうけど、今はジェレミア君にとっても大切な時期だから。また落ち着いたら、お友達として付き合えると思うわ」
落ち込むジョアンナを慰めながら、ヴィヴィは本当にそうだろうかと自分で疑問を持っていた。
たとえジェレミアが何人の妃を娶ろうとも、ヴィヴィが別の相手と結婚しようとも、きっと二人が公の場で仲良くすれば何かと噂されるだろう。
そのたびに、ジェレミアの相手も、ヴィヴィの相手も(いるとは思えないが)、傷つくことになってしまうはずだ。
二人が周囲を気にせず再び仲良くできるのは、あと二十年は必要な気がする。
(そう考えると、寂しいわね……)
実はジェレミアとは卒業以来、一度も会っていない。
それはヴィヴィが夜会などに出席していないことも関係あるが、やはりジェレミアも立場上以前のようにレンツォの研究室にさえ顔を出さないのだ。
ちなみにフェランドは一度、ヴィヴィの研究室に遊びにきた。
そして散々にマリルのことを惚気ていったのだから驚きである。
ヴィヴィは、フェランドの去り際にヴィヴィがマリルを泣かせたら許さないと告げた時の意味深な言葉が忘れられないでいた。
『俺はバレッツ侯爵家の呪いを打ち破ってみせるつもりだよ』と。
もちろんヴィヴィは、マリルやアルタとは頻繁に会っているが、そのことについてマリルに言うことはなかった。
ただマリルが幸せそうなのは間違いない。
そして、羨ましいと思わないと言えば嘘になる。
ランデルトともあの日以来、当然だが会っていない。
先日、ヴァレリオからランデルトが第二部隊に向けて王都を発ったと聞いていた。
ヴィヴィはかなり心配ではあったが、無事を祈ることしかできないのがもどかしかった。
いつかせめて、手紙で近況くらいはやり取りできるようになれればいいなと思い、自分の未練に気付く。
「と、とにかく、心配しなくても大丈夫よ、ジョアンナさん。せっかくのジョアンナさんのお茶会なのに、別の目的に利用されるのは残念だけれど、ジェレミアく……ジェレミア殿下はご自分のことはご自分できちんと対処できる方だから。殿下のご意向を無視して、誰も無理に結婚なんてさせられないわ。畏れ多いかもしれないけれど、たとえ陛下がお相手でもね」
「そう、ですよね……。私、お兄様に申し訳なくて、どうにかできないか考えていたんですけど、その通りですよね! さすがはヴィヴィアナ先輩ですね! ジェレミアお兄様のことをよくわかっていらっしゃる!」
「……八年も一緒に過ごした友達ですもの。ジョアンナさんもきっと卒業する頃には、生涯の友達と言えるような子が何人もできているわよ」
「では、ヴィヴィアナ先輩とジェレミアお兄様は生涯のお友達なのですね?」
「そうね。なかなか会えなくても、お互いの生活が変わってしまっても、もし困っているならできるだけ力になるつもり。きっと他のみんなも私のために助けてくれるはずよ。だからどんなことがあっても、頑張れるの」
ジョアンナに言いながらも、ヴィヴィは自分への言葉だと気付いた。
この半年はあまりにも環境が変わりすぎて、自分を見失っていたと思う。
ランデルトのことを想わない日はなかったが、知らないうちに半年経っていたのだ。
会いたいと思う。
だが、以前ほど胸の痛みを感じない。
いつの間にか心は少しずつ癒えているらしい。
それなのに、ヴィヴィは少しも前に進んでいなかった。
(研究を頑張るって、先輩に約束したのに……)
ランデルトは確実に前に進んでいる。
きっと時間はかかっても、第五部隊に戻り、いつかは第三部隊にだって配属されるだろう。
その時にヴィヴィが足踏みしている姿を見せるわけにはいかない。
「では、ひとまず今日はこのへんにして、また後日いらしてはどう? それまでにはジョアンナさんも何が研究したいかはっきりしているかもしれないし、まだならまた一緒に考えましょう? ジョアンナさんなら、いつでも歓迎するわ」
「わかりました。ヴィヴィアナ先輩、今日は突然お邪魔して色々と我が儘を言って、すみませんでした。明日はちょっと憂鬱だけど、私もお兄様を守るために頑張ります!」
「……そうね。私はジョアンナさんがいらしてくださって楽しかったわ。ありがとう」
「こちらこそ、ありがとうございました。それでは、先輩も研究を頑張ってください!」
元気よく挨拶すると、ジョアンナはぺこりと頭を下げて、部屋から出ていった。
ジョアンナを見送った後の研究室はしんと静まりかえり、ヴィヴィはちょっとだけ寂しさを感じながらも、再び机に向かった。
ジョアンナに薬草のことを説明していてふと思いついたことがある。
薬草の中には乾燥などさせず、新鮮なままでなければ効果が得られないものがあるのだが、季節を問わず生えているものだけではない。
地域や季節限定の薬草が特効薬となり得ることもあり、そのため救えなかった命もあっただろう。
(一番オーソドックスな方法は、季節を問わず育てることができればいいのよね……)
前世で何かヒントがないかと考え、ビニールハウスを思いつき、すぐにがっくり肩を落とす。
考えるまでもなく、王宮にもすでにあるのだ。
広大な薬草園と、温室栽培されている薬草が。
もちろんその中で栽培されていない薬草もいくつかある。
新鮮でなければ効果がないとされる薬草――動悸、胸の痛みに効果がある〝トニロ草〟は北方地方の凍りついた大地にしか芽吹かないという。
ただし、冬の間は周囲を氷で覆っていれば長期保存が可能であると図鑑には書かれていた。
(あれ? ということは、氷漬けにしていれば夏でもいけるってこと?)
この薬草は心臓発作のようなものに効果があるらしく、また心臓発作も冬場に起こりやすいらしいので、冬季には北方地方から氷漬けにされたものが国中に出荷されるらしい。
ただ当たり前だが、夏場にだって心臓発作は起こる。
その場合、治癒師の出番になるわけだが、間に合わないこともあれば、金銭的問題で延命治療ができないこともあるのだ。
(うーん……冬の間は意外とそこら中に生えてくるみたいだから、そんなに高価なものじゃないみたいね。とはいえ、いつも思うけど、こういう効能があるって発見した人は、いったいどういうきっかけがあったんだろう……。って、そんな誰が最初にタコを食べたんだろうってくらいどうでもいいことを考えている場合じゃなくて……)
たいていの草花と同じで、寒い季節よりも暖かい季節のほうが栽培に適しているものが多い。
そのため、寒冷地に適しているもの以外は温室で年中採取できるようになっているのだ。
ということは、寒冷地を夏場でも再現できれば、〝トニロ草〟なども年中採取できるようになる。
(まあ、それが簡単にできれば、苦労はしないけどね)
ヴィヴィはため息を吐いて、図鑑を閉じた。